第42話

 須王達也は恵まれていた。


 現代日本に近しい世界から異世界という環境に転生した。転生者特有の加護を持ちながら、本人の性格も至って前向きと来たならば、当たり前の様に成長を続けていった。


 与えられた加護の名は『急速成長』。何をするにしても即座に習得出来る、誰もが欲しがる努力の短縮。剣を習えば即座に師を超え、魔法の本は目を通しただけで完璧に理解出来る。


 成長の最中、生まれ落ちた瞬間から彼の脳裏には違和感が生じていた。何かが違う、俺はこうでは無い筈だ。言い知れぬ息苦しさを抱きながら須王は静かに成長を続けていった。


 裕福な家庭に育ち、両親と兄弟に恵まれ、人生の勝利者と言っても過言では無いだろう。誰もが羨む地平へと須王は若くして到達していたのだ。


 それ故、須王は人間の限界値へと誰よりも早く踏み入れた。魔法使いとして二つ名を授かり、彼を知る者達からは更なる躍進と活躍を期待されていた。


 そこで彼はぶち当たったのだ、この世界の上限に。


 神格という存在が国を裏から牛耳り、自身の赴くままに国を運営している。軍や武器の管理、魔法を司る魔法協会、ひいては魔法学院にすら頂点には神格が居座っている。


 最高戦力として名が挙がるのは常に神格ばかり。戦場で名を馳せるのはいつだって神格だ。英雄という称号と共に、多くの信仰を稼いでいった。どれだけ命を散らしても、人間が活躍する場は存在していないのだ。機械の部品の様に嵌め込まれ、頭を出せば稲刈りが如く刈られ尽くす。


 今までの違和感はコレだ。誰もが与えられた役割に満足させられている。お前達はそこまでだと、見えない手で抑え付けられている。


 そこからは早かった。何も迷う事無く今まで築いた全てを捨てて、神格殺しに赴いた。この世に蔓延る異形の尽くを、人類を縛る天下無双の者共を、地平の全てから浄滅させる為に。


 須王達也は恵まれていた。だが、彼は満足出来なかった。




――――


「わっ、中々慣れませんわね……」


「あはは、こっちじゃ調整難しいから頑張って慣れてねー」


 レオナの『断空剣』により付与された風に運ばれる様にして地を滑る二人。定期的に目の前に現れる風に加速を苦戦させられながらも、東側戦線は目の前に迫っていた。


「先程から聞こえるこの音は……一体……」


 金属と岩が何度も衝突し、互いを擦り切れさせている様な轟音が聞こえてくる。近付けば近づく程、建造物の損耗率が増していき、戦場が激化しているのだと二人は認識する。


「ねえ、先生に声掛けといた方が良いんじゃ無い……?」


「ええ……ですが――――っ!?」


 曲がり角に差し掛かった瞬間、二人の間を何かが通過する。建造物を貫きながら、人型のソレは折り返す様にして、もう一度二人の間を駆け抜けた。


 音を超えながら移動するソレに足元を掬われない様にレオナはキャロルを庇い立つ。


「あれは……」


「団……長……?」


 過ぎ去る瞬間に見えた青い髪と銀の鎧は紛れも無く彼女の物だ。しかし身体能力が異常過ぎる。獣の様に地を躍動し、剛力を以てして外敵に剣を振るう。


「グガッ――――『ヴォイド・ヴェルトール』ゥゥッ!!!」


「オラァッ!! これで三度目の時間切れだなァッ!! 頑張れ頑張れ! 全ては気合で解決するんだ! もっともっと、まだまだだ、もうちょい気張れやシルヴィアァッ!!!」


 神話の再来――――二人の脳裏に浮かんだのはそんな言葉だった。魔力と血肉が飛び散りながら、再生をしあいながら、必ず敵を打ち滅ぼすと各々の最強を振るっている。肉の弾丸と岩の砲弾が街中を駆け回り一つの嵐と化す。


「――――ッ! 『岩堅來アオスガルム序ノ型レベルC』!!」


 キャロルに嵌められた指輪から発せられる琥珀色の輝き。ザインから授かった魔法、キャロルが持ちうる中で最高硬度の防御魔法。


 大地に籠められている自然エネルギーを用い、琥珀色の防御シールドで対象を防護する防御魔法。利点としては瓦礫からもエネルギーを持って来る事ができ、好きな分量だけ分配出来る事である。


 全てのシールドをシルヴィアに被せ、そこに須王の拳が突き刺さる。


「オッ、ラァッ!! ハハッ、いいじゃねえか! テメェらも来いよ!! まとめて相手してやるよォ!!」


「グッ――――退け、馬鹿者ッ!! 誰もッ、近付けるなァ!!」


 たったの一撃。キャロルの放った全力は須王を少しだけ仰け反らせる程度に留まった。当たれば即死の攻撃が繰り出され続けるこの戦場に於いて、防御魔法の居場所は無い。


「先生っ! ……先生っ! 聞こえないんですかっ!?」


 戦場の風圧により二人は気圧され、空間に付与された風により瓦礫を跳ね除けながらシルヴィアを見守る。


 何も出来ない、嵐を前に見守る事すら不可能だ。レオナとキャロルはただ助けの叫びを上げるしか残されていなかった。


「助けて下さい――――ザインさんっ!!」




――――


 シルヴィア・クロフトは恵まれていなかった。


 父は蒸発し、女手一つで育てられてきた。裕福では無く、本人自体にも大した才能も無い。普通に友人を作り交友関係を広げながら、自分を磨く事でしか生きていけない、何処にでもいる一般人が彼女だった。


 将来の事など大して考えていない。何となく販売や飲食関係にでも進むのかな、冒険者もアリだな。人並みの欲望を持つシルヴィアは目標を持たずに、現実を見据えながら人生を歩んでいた。


 そんなある日――――変態に出会った。


「そこの君――――筋肉は良いぞ」


 テラテラとした二の腕の筋肉を覗かせる白タンクトップの金髪男。堀の深い目鼻立は整ってはいるのだろうが状況が状況だ、変態以外の二文字で簡単に片付けられてしまう。


 幼いシルヴィアはひたすらに走った。お使いを頼まれていたが、知った事かと反対方向へと駆け出した。こんな人通りの少ない場所で幼女に筋肉の是非を問う大人などどう考えてもまともでは無い。


「ハッハッハッ!! 筋肉が有れば逃げられても余裕で追いつけるのだぞぅっ!!」


 大の大人が子供を追い掛ければ筋肉など関係無いだろうと叫ぶが、筋肉お化けは耳を貸さない。瞬時に距離は詰められて、襟首を抓まれて顔と顔を正対させられる。


「我輩は『筋肉の神』エロースッ!! 人民に筋肉の尊さを問う為に生まれた存在だッ!!!」


 白いタンクトップの下からでも伺える鍛え抜かれた胸筋をひくひくと躍動させながらエロースは大きな声で笑う。


 鍛え抜かれた心身には神が宿ると言うが、こんな神なら宿って欲しく無いとシルヴィアは切に願う。


「我輩は絶賛信者募集中でなッ! どうだ少女よ、筋肉教に入信せぬかッ! 君も筋肉を育てて行こうじゃないかッ!」


 語尾に一々『ッ』を付けないで欲しい。暑苦しい人なのは分かったからと少し鬱陶しそうに顔を顰めるシルヴィア。


 そもそも鍛えてどうするのか。若くして健康面に配慮しろとでも言うのかこの男神はと問うもエロースの笑い声に掻き消されるばかり。


「意味など無いさッ! 本当に、健康維持でも良いッ! これからの仕事に役立てても構わんッ! 冒険者になるならば今の内に鍛えておくのが吉だッ!!」


 何て眩しい存在だろう。神格の放つ存在感に気圧されるシルヴィアはそれでも首を縦に振らない。自分はこれから、平坦な生涯を生きるのだからと。


「ガッハッハッ! だがな少女よ、有るのと無いのとでは話が違うぞッ! 人を助けたいとなってから鍛えては遅すぎるからなッ!」


「はぁ…………」


 幼くして半端に現実的なシルヴィアは溜息を吐く。人生の不条理さと、自分に配られたカードを認識しているのだ。人助けなど、何のメリットがあるのかと問うと、それでもエロースは笑い飛ばす。


「自分の鍛えた肉体で人々を救うッ! 確かに意味は薄い、称賛されるやも知れんし貶されるやも知れんッ! だがな――――気持ちが良いのだ、誰かを助けたその時はッ!!!」


 何て奴だ、眩し過ぎる。非効率的だ、人を助けて気持ちが良いなんて。今までのシルヴィアなら真っ直ぐな言葉を多少は捻くれて返していたのだろうが、何故かこの時は違った。


 今までの日常の中で、誰かに褒められたりする時に感じた心の温かさは、そういう事だったのだろうかと自身に問い掛ける。


「うむ、どうだ少女よッ! 我輩の筋肉教に――――」


「見つけたっ! 今度は女の子を抱えているぞっ!!」


「エロース様をひっ捕らえろ!!」


「お下がり下さいエロース様ッ! 近隣住民から苦情が出ていますッ!!」


「ガッハッハッ!! ではな少女よッ!! 筋肉は良いぞッ!!!」


 嵐の様に過ぎ去ったエロースを前に、シルヴィアは何となく自身の手を見下ろした。


 それからだ、彼女が今の様に歩き始めたのは。人を助け、そんな笑顔で胸が満たされたのだ。絶対的な自分の居場所を確立しながら、今まで人を助けながら生きてきた。


 シルヴィア・クロフトは恵まれていなかった。だが、彼女は満足していた。


 ――――だが、鍛え過ぎた筋肉が女らしく無いというのが最近の悩みではある。こんな可笑しな話でこれからの人生が定まってしまったと、将来の夫に笑い話として聞かせてやろう。




――――


「あっ――――」


「ごめん…………本当に……ごめんっ!!」


 暴風に狂った嵐は台風の目に通り掛かった様な静けさを見せていた。ただの男の懺悔だけが響き、相対していた須王さえキョトンと表情を落とす。


 倒れ掛けたシルヴィアの肩を強く抱き締め、人間の原型を留めているだけの彼女の頬をそっと撫でる。


「本当に……本当に……」


 良く頑張った、もう大丈夫だ。そんなありきたりな言葉を吐き出すのに相応しく無いと、今までの言葉の全てを飲み込んだ。


「すぐに――――終わらせる……!」


 敵対者を見据えぬまま、視線だけで須王を睨む。そこにあるのは自身への憎悪だけ。どうして自分はこんな生き方をという悩みを振り切り、人を助けるシステム未満のザインは魔法を振るう。

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