第41話

 時は少し遡り、ザインが屋敷でシセロと話し込んでいる最中。


 エンデル王国、西側戦線は騎士団側に優勢が傾いていた。


「はぁ、くぅ、はぁっ!」


「『断空剣テンペストルーツ序ノ型レベルC』!」


 キャロルと相対する魔法兵を嵐の剣が蹂躙する。


 西側戦線はレオナを中心に圧倒していた。


 ザインから貰った指輪に籠められていた魔法、『断空剣』の力によって。


 付与を得意とするレオナにとって、ザインが与えたのも当然の如く付与魔法だった。


 剣と名付けられていながら、本質事態は結界魔法のソレに近い。空間事態に風の魔力を付与し、常にレオナを強化する結界擬きを形成する。剣を振るえば風の斬撃が追従し、回避を行おうとすれば風に押される。敵の行動すら阻害が可能だというのに、驚くほど魔力を消耗しない。


 市販で売られている魔法がいかに非効率的な魔力運用だったのかとレオナは息を吐き戦慄する。既存の魔法を自身が用いるのに最適な状態へと改変するという話は有名な所だ。だが全く新しい魔法で、それも他人が用いるのに最適な状態へと調整されているなんて神業は神格に並ばなければ体得出来ないだろう。


 一体どれだけ魔法に向き合って来たのかと関心を抱きながら、すぐに脱ぎ捨て敵を蹂躙する。


「大丈夫、キャロル」


「はぁ……はぁ……え、ええ……ありがとうございます、レオナ」


 冒険者ギルドが、レオナが増援にやって来てから物の数分で西側戦線は鎮圧した。二つ名の魔法使いには敵わないとしても、今のレオナは王国で比較しても上位の実力に踏み込めるだろう。一度冥府に触れ掛けた人間は何処までも強くなれるのだ。


「アタシは他に行くから、キャロルは休んでなよ。酷い顔してる、もう戦えないでしょ?」


「い、いえ……! まだ戦えますわ……! こんな所で寝ていられません!」


「でもボロボロじゃん……お城の近くで休んでた方が良いってば」


「戦えますわ! 戦え……ますから……!」


 確かにキャロルの外傷は少ない。それでも、戦場の圧に当てられて精神の方が擦り切れ始めている。初めての戦場、初めての死体、初めての殺意。明確な死の近さに、キャロルの心は追いつけないまま戸惑ってしまう。


「それに、ザインさんが付いていますもの……! もしもの時は……ザインさんが助けて――――」


 自分の言葉が歯痒くなり、キャロルは唇を強く噛む。守るべき市民であるザインの力に、土壇場の状況で頼ってしまうなんてと。


「キャロル……」


 彼女が嘆いている間にも、戦場は揺れ動いている。それを自覚しているのに、この程度で足を止めている自分自身に更なる追い打ちをかけてしまう。


「キャロルッ!」


「うぷぅ――――!?」


 頭を下げ、自身で心を虐め始めたキャロルの頬をレオナが両手で挟み込む様に叩く。


「悩むぐらいなら、行こうか! 何とかなるって! アタシ達で皆を助けてやろう!」


「ふぇ、ふぇおふぁ……」


「うんうん、良い顔してる! アイドルにだってなれそう……ぷっ!」


「は、離しなさいな! 何時までも掴んでいるんじゃありませんっ!」


「ぷぷっ……はははっ、ごめんってば! いやぁ、可愛い顔するんだからさぁー! デートの時にもすればいいのに!」


「うるさいですわっ! さあ、行きますわよ! モタモタしていると置いていきますからねっ!」


 友の粋な計らいによりキャロルはギリギリの所で持ち直す。しっかりと重心を定め、視線を前へ向けながら増援の為に駆ける。


 現在最大規模の戦場である、須王達也が待つ東側戦線へ。




――――


 東側、エイプリルが戦死し、トートが心臓を再生している最中。剣と拳がぶつかっているだけだというのに、音が波濤となって周囲の建物を傷付ける。


「ハハッ、ギャハハハハハッ!! 良いじゃねえか、オマエ!! やりゃあ出来るじゃねえかよォッ!!」


「フッ、フッ、フッ――――フッ!!」


 邪悪さを覗かせる須王の叫びとは相対的に、シルヴィアは規則的に息を吐くばかり。だが、今この瞬間、シルヴィアは確実に須王へと喰らいついている。勝負になっているのだ。


 ――――『ヴォイド・ヴェルトール』


 シルヴィアが発動した魔法。三分間の時間制限付きではあるが、発動者の身体能力を飛躍的に上昇させる魔法。


 発動後は極度の疲労により一歩も動けなくなり、三日はベッドに縛り付けられる程のデメリットを孕む。それに加え習得も難しいとなれば、こんな魔法を好んで使う人間はそう居ない。


 だが、その魔法を習得していたのが功を奏した。こんな絶望的な状況でありながら、戦える力を手に入れる事が出来たのだから。


「オーケー分かった! オマエの期待に応えてやろう、もう一速上げるぞォ! ついて来やがれェェェッ!!!」


「フッ、フッ、ズッ――――アアァァァッ!!」


 痛みで神経が鈍る。一挙手動かすだけで筋肉の筋が切れていくのが分かる。シルヴィアの肉体は、確実に死へと近づいていく。


 強力な身体能力を発揮するための肉体が限界だと警鐘を鳴らし始めた。そもそも、須王に腹を貫かれた時点で死に体であったにも関わらず、回復魔法により生き永らえただけなのだ。


 そんな骸の体を、気合一つで動かし抜いて見せる。


「これでも――――戦えるなんてなァ!! 最高だ、シルヴィアッ!! オマエの様な人間がもう少し増えたならば、世界はこんな事にはならなかったっていうのにッ!!」


 打ち合った衝撃と膨れ続ける筋肉により左手の爪が全て零れ落ちる。斬った瞬間から回復を始める須王に、歯噛みせざるを得ない。


「愛する世界を取り戻す為に、神格共を血で染め上げなくちゃならないんだ! こんな程度で、満足しちゃあダメなんだよォ!!」


 久しぶりの好敵手に須王の精神はハイになる。心から褒め称えたいと思うからこそ、必ず踏み越えるのだと気合を爆発させる。


「出来る癖にやらない塵屑! やりたい癖にやらない腰抜け! 奪って殺して犯し尽くしたい筈なのに……満足しているフリだけが上手くなりやがってッ!!」


「ハァ……ガァッ!!」


「口開けて、上を向いてりゃ甘い汁が零れてくるとでも思ってんのかァッ! 努力のドの字も知らねえ癖に、貶す事ばかりが上手くなりやがって――――舐めてんじゃねえぞ、人生ってヤツをよォッ!!!」


 須王が常に抱えている怒りが露わになる。何かが出来る癖に、何もやらない人種を毛嫌いし、もっと奮い立てと鼓舞を続けるばかり。前へ、前へ、前へ、前へ、駆け続ける事こそが人の本懐だと説く。


「ソコじゃ無い筈だろうッ!! もっとやれるって思ってんなら足を踏み出せェッ!! 夢も思想も金も無い、顔の無い誰かで満足するなァッ!! 名前を持った、何処かの誰かになってみやがれッ!!」


 語気が強くなる程に、須王の速度は無限に上昇を続ける。どうしても魔法の上限値にぶち当たり、シルヴィアは徐々に押し切られ、やがては攻撃すらままならない。


「糞みてえに胡坐かいて、蓋をしてくる神格共を――――一匹残らず根絶やしにするんだよ! だって……そうだろ!? どれだけ頑張ろうと奴らが蓋をして、はみ出した奴らは飼い殺される!! そこまでじゃ無い人間まで……もっと上へと行ける人間まで、頭を抑え付けるなんて……許せねえだろうが、違うかシルヴィアァッ!!!」


「…………違うだろう」


 静かに、それでいて何よりも重く響く言葉を総身に受け須王は震えあがる。気合の炎がもっと燃え上がってしまう事など気にもせずに、シルヴィアは須王を煽るのだ。


「神格と人、かつては争っていたのだろうが……最早神話の時代へと過ぎ去った。神格に必要な物を人々が持っていて、人々に必要な物を神格は持っていた。最適を求めあって、互いに手を取り合ったのだろうさ」


 互いの身を削りながら、シルヴィアのみが消耗し続けながら、それでも言葉は止まらない。


「適材適所だよ、当然だ。出来る事は、出来る人に任せただけだ。欲も、詭弁もあったのだろうが、それでも世界は回っている。これが人と神格の摂理なのだと納得し、手を取り合って生きている。確かに人を虐げる神格も居るのだろうが、全てではない。いずれ淘汰されていく。究極だけを見ず、貴様は世界をもっと見るべきなのだ」


 世界は境界線の上に成り立っている。だからこそ、それを踏み越え、他者の領域を荒らす須王を、決して許す事が出来ない。


「それにな――――どうして努力をして、今の生活から抜け出さねばならんのだ。今の生活に満足している者達に、何故、貴様はもっと頑張れなどと激励を送れる? 違うだろう、お門違いだ。空気が読めていないんだよ」


 一閃、須王の左腕を切り飛ばし更に前進する。音の壁すら超えて、肉体すら置き去りにしながらシルヴィアは剣を振るい続けた。血反吐の混ざった言葉には、確かに須王を揺れ動かす何かが籠っていたのだ。


「気合を入れて……究極を目指して、その先には誰しもの幸福が待ち望んでいると何故思う。人には人の数だけ幸せがあるのだから、満足する箇所など当人にしか解らない。貴様はただ――――自分が気持ちいいから気合を出しているに過ぎないのだろう?」


「クハッ――――――――」


 歓喜と狂気と落胆が一斉に襲い掛かり、それらの全てが気合の炎を更なる高みへと燃焼させた。これ程までに、気合が湧き出る敵がいただろうか。力で無く、彼女の様な素晴らしく高潔な人間にこそ、相応しい末路を送って欲しいと心から願わずにいられない。


「最高だ――――。ならば、オマエは何処の誰なんだッ! 気合の魔法使い、須王達也の敵として立ちはだかり、冥府へと墜ちながらも戦い続けるオマエは――――どうして満足してるんだァッ!!」


 やがて、三分間という枷に縛られてシルヴィアの体は完全に停止する。人間の限界を超越する魔法を限界まで酷使し、一歩でさえ、一言でさえ動けない。


 だが、須王は待っている。必ずオマエなら、この攻撃にも反撃をしてくる筈だと。今までの人生に於いて最速最強の拳を動きが止まったシルヴィアに放つ。


 ――――『ヴォイド・ヴェルトール』。


「アストナーク騎士団、団長。シルヴィア・クロフト――――皆に安心を与える為に……剣を手に取った女だ」


 回復魔法を何度も肉体に掛けながら、破れた血管を塞いだ瞬間にもう一度破れる。再生と崩壊の激痛の中でさえ、シルヴィアは最善なまでに冴え渡っていた。


「誰しもが変わらぬ明日へ行ける為に――――戦う事を選んだのだッ!!」

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