第656話 冒険者登場

「何という技量……、最後にお会いしてから二千年近く……、まさかさらに腕を上げていらっしゃるとは……」


 心底驚いたという様子でマリアベルがそう呟く。マリアベルも底なし沼マレ・サンス・フォンという魔法は知っていた。これは水魔法と土魔法の応用だ。本来は耕作地などの土壌の調査や調整のために使用される魔法であるが、地面に深めのぬかるみを作ることができるので部隊の足止め用の魔法として二千年前の大戦時にも使用されていたのである。


 しかしシャーロットは爆発寸前の巨大なゴーレムを地中深くに沈めるために使用した。魔法はそこに込められる魔力で威力と効果が変化する。このようなことをするにはどれ程の魔力が必要か……。闇属性以外の全ての魔法がレベル八というシャーロットだからこそ可能にできる現象であった。


「マリアベルさん、皆さんご無事ですね?」


 マリアベルと未だ驚愕の表情を浮かべている星みの方々にもう一人の人物が話しかけてきた。当然だがミナトである。どうやらリオル君も意識を取り戻したようで全員の無事を確認する。しかしそんなミナトとは対照的に里の者が無事であることを喜べないほどにマリアベルはミナトの魔法に脅威を感じていた。


 レベル四近い威力があったはずの風刃斬ウインドカッターを苦もなく受け止めてみせた漆黒の鎖。初めて遭遇した時の戦闘でも全員が拘束されたあの鎖の恐るべき操作性と威力を改めて感じずにはいられなかったのである。人族と聞いているがとても人族にできる芸当ではないのだ。


 そんなマリアベルの心境などお構いなしにミナトがマリアベル以下星みの方々に笑顔を向ける。ただしその笑顔は普通の笑顔ではない。確かに笑みを浮かべてはいるのだがそれと同時にその全身から膨大な闇の魔力が溢れ出す。


「皆さんお願いがあるのです。無用な混乱は避けたいので……。ゴーレムなど見ていない。王都までの道中は何事もなく平和で安全なものであった……。いいですか?」


 そう言われたマリアベルの脳は強制的に二千年前の記憶をフラッシュバックさせた。それは二千年前の戦場の記憶……、まだ魔王の影響下にあったファーマーが仲間であるはずの魔物の群れごとこちらを極大魔法で屠ろうと狂気に駆られつつ高らかに笑っている光景で……。


「はい……?」


 その時に感じたものと同じサイズ感の絶望が眼前に迫っていることを理解するのをマリアベルの脳は拒否したらしい。間抜けな声だけが口をついて出た。


「良い返事です。皆さんはゴーレムなど見なかった。それいいですね?」


 ニコッ……、のつもりミナトだが闇の魔力に覆われたその笑みに相応しい効果音はおそらく『ニチャァ』。


 そこにはどこかの人形のように首を激しく上下に振ってミナトの言葉を肯定するマリアベルと里の者達の姿があった。


「ミナトって契約魔法は使えないはずなんだけど……、なんか約束しているわね……」

「二千年前の魔王が子猫のように見えるほどの圧倒的な感じです〜」

「あの魔力こそ私達のような魔を統べるに相応しい存在であることの証。さすがはマスターです」


 傍でシャーロットが首を傾げ、ナタリアが笑顔のまま額に汗をし、オリヴィアが感激している。


 ちょうどそのタイミングで、


「もう大丈夫だ!俺達は王都で依頼を受けたB級冒険者パーティ『鉄の意志アイアン・ウィル』!はぐれゴーレムの討伐に来た!」


 そう声を上げつつゴーレムが現れた雑木林の奥から四人の冒険者が姿を現した。


 それはミナトもよく知っている王都を拠点にしている冒険者パーティ。


 リーダーのウィル、そしてメンバーのケルノス、ブラック、アルバンの四人からなるパーティ、鉄の意志アイアン・ウィルの登場であった。

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