第571話 第一王子の一手
「なんだ?何が起こったというのだ?」
一瞬にして三人の部下を失った神殿騎士ボニハーツ=アーべラインが呆然とそう呟く。背後にいる残りの神殿騎士も信じられないといった様子で真っ青なって立ち尽くしていた。
つい先程まで自分達の中に満ち溢れていた誇り……、次代の皇帝であるバルナバス第一王子直属であり皇帝へ仇なす者を駆逐する最高戦力である、という幻想は脆くも粉砕されたのである。
「だからちゃんと言ったじゃない?それ以上近付いたら死ぬわよって。私はそこまで無慈悲じゃないのよ?」
落ち着き払ってそう言ってみせるシャーロット。
「うむ。シャーロット様の
「ん。上手!名付けて
「うむ。お主の使った
「ん。帰ったらかっこいい名前を考える!」
こちらは神殿騎士のことなど眼中にないかのように魔法談義をするデボラとミオ。
そんな三人の美女に怒りと怯えが混在した視線を向けるボニハーツとその部下たち。
ちなみにこの三人にはウッドヴィル公爵家の騎士達も生暖かい視線を送っている。
「ベオーザ副隊長からヤバいって話は聞いていたんだ……。でもここまでってのは……」
「あのミオって子までかよ……、エルフの嬢ちゃんだけじゃないってのは本当だったんだな……」
「ここまで何もしなかった俺は正しかったんだ……」
「なんだ?狙ってたのかよ?冒険者ギルドの噂をベオーザさんから聞いただろうが?」
「いやいや、あんなの聞かされても信じられんって」
「生きているうちに信じるチャンスがあってよかったな!」
そんな呟きが聞こえてくる。
「さてと……、私たちはあなた達を皆殺しにするような下品な趣味は持ち合わせていないわ。さっさと騎士達を下がらせなさい。そうすれば偶然にも現れたエンシェントスライムは偶然にもいなくなるかもしれないし、偶然にも国境の街ファナザを襲ったアンデッドの軍団は偶然にも撤退するかもしれないわよ?ま、第一王子の発言はなかったことにできなそうだからルガリア王国へのよい言い訳を考えるのね」
そう言ってバルコニーの上で真っ青になっている第一王子のバルナバスをキッと睨みつけるシャーロット。そんなキツい視線を送る彼女もかなり魅力的だったりする。そっち方面が好みの方々にはたまらなさそうだと思うミナト。一応、ミナトとしてはいつもの笑顔でいるシャーロットの方が好みである。
どうやらバルナバスの下へ国境の街ファナザの現状が伝えられたらしい。ガタガタと震え始める第一王子。
『次期皇帝の器ではないのかもね……』
ミナトがそんな感想を思っていると、
「ふざけるな!神殿騎士を一瞬で消し飛ばす魔法など存在するわけがない!私は信じない!そんな魔法を使える者が冒険者など、ましてやF級冒険者にそんな者がいるものか!」
激昂してそう叫ぶのは神殿騎士のボニハーツ=アーべライン。登場時の余裕はもはやかけらも持ち合わせていないようだ。
「そんなこと言ったって
「うむ。我が使用したのは暫定的には
「ん。ボクのは
しれっとそう答える三人に、
「私達を愚弄するか!?」
三人の言葉が信じられなかったのかさらなる挑発と捉えたのかボニハーツさらに声を荒げる。
『はあ……』シャーロットの美しい唇からため息が漏れる。
「別に私たちはお前と魔法について語り合いたいわけじゃないの!騎士達を引かせるの?それとも全滅するまで戦うの?私はどっちでも構わない」
瞳に力を込めてシャーロットがそう言い切る。歯噛みするボニハーツだが次の瞬間その視線を第一王子のバルナバスへと向けた。
「バルナバス様!本来であれば王国を落とすための用意でしたが致し方ありません!バルナバス様のお考えを知ったこの者達を王国へと返すわけにはいきません!ご決断を!」
ボニハーツからそう促されたバルナバスが思い出したかのように勝ち誇った笑みを取り戻す。
「そうだ!その手があったではないか!ボニハーツよ!そなたに任せる!一人も生かして返すな!」
先ほどまで憔悴状態から一気にハイになったバルナバスに呼応するかのようにボニハーツが懐から水晶のような球体を取り出し空に掲げる。
球体が眩いばかりの光を放つ。
「なんだ!?」
「ミナト!何かの魔道具よ。光に害はなさそうだけど気をつけて!」
シャーロットがミナトを庇うように前に出て結界を展開する。デボラとミオはミナトの両脇に素早く移動していた。
「総員!不測の事態に備えろ!」
カーラ=ベオーザの号令でウッドヴィル家の騎士達も体勢を整える。まだ武器は抜いていない。そのことは後になって意味を持つとカーラ=ベオーザは考えていた……。
するとボニハーツの背後に新たな神殿騎士が出現する。まるで虚空からいきなり現れたその様子は、
「召喚の魔道具?」
「私も見たことがない種類の魔道具ね」
「うむ。我も初めて見る現象だ」
「ん。人族はときどき面白いことをする」
ふよふよ。
魔道具は起動してしまったらしい。とりあえずことの成り行きを見守るミナト達であった。
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