第527話 ミナトは辺境伯へ願い出る

 手元の地図を頼りに獣道という表現すら危ういくらいの道なき道を進みながらミナトはバウマン辺境伯の話を思い出す。


「『不死者達の霊廟』には近づくな、ですか?」


 バウマン辺境伯の言葉に思わずそう問い返していたミナト。その言葉に頷いて肯定したバウマン辺境伯が、


「全てを包み隠さずお伝えするために我が家の成り立ちからご説明しますね。そもそもの話なのですが……」


 として言葉を紡ぐ。


 辺境伯話によるとバウマン家というのは現当主であるフレデリック=バウマンが辺境伯に任ぜられる前はいわゆる異世界ファンタジーに登場する法衣貴族のようなものであったらしい。数代前の先祖が功を上げたことで領地を持たない貴族として王城での役職に取り立てられたのがその始まりとか。


 ルガリア王国でそういった法衣貴族は一代限りの場合も多いらしいがバウマン家は優秀な人材を排出し続け、現当主であるフレデリック=バウマンが当主となった際に不祥事を起こした当時の辺境伯と入れ替わる形でバウマン辺境伯になったとのことだ。


 そんなフレデリック=バウマンが辺境伯になった際に若き日のルガリア王……、ミナトにとってはBarの常連さんであるマティアスさんことマティアス=レメディオス=フォン=ルガリアから伝えられた事項が『不死者達の霊廟』には近づくなということだったそうだ。


 バウマン辺境伯の話は続く。


「ミナト殿は魔王が起こした二千年前の大戦をご存知でしょうか?そうですか、ご存じであれば話が早いです。ルガリア王国は二千年前の大戦から数百年後に建国されたと推測されています……」


 バウマン辺境伯によるとルガリア王国は歴代の王や王国に関する記録はなかなかに残っているのだが、建国については千二百年以上前であることが確定しているのみで、具体的にいつなのかは未だはっきりとは分かっていないらしい。


 なぜかというと初代国王から数代にかけてルガリア王国が独自の年号を採用していたらしく、その年号による一年が現在の一年の長さと異なっていたことが原因だとか。


「そんな厳密な年代の分からない初期に書かれたと思われる王国の史料の中に『不死者達の霊廟』に関する記載があるのです」


 バウマン辺境伯がそう教えてくれた。


「その記録は二千年前の大戦時からの記録であり、当時クラレンツ山脈が想像を絶するほどに強力なアンデッドの巣窟であったと報告しています。アンデッドと立ち込める強力な瘴気は人族や亜人にとっては脅威そのものであり、誤って迷い込んだ者が出た際は伝説の竜にその救助を願ったとか……。アンデッドの件を含めてこの辺りの真偽は不明ですがね」


 そんな話を聞いてミナトは瞬時にシャーロット、

 デボラ、ミオとの会話を思い出した。


『私が王都に来る時、あの山脈は迂回しから現状は分からないけど、二千年前くらいだとあの辺りは強力なアンデッドのナワバリだったのよね』

『うむ。面倒な連中であった。魔王の影響を受け凶暴化してしまいあの山脈の周囲は人族や亜人は立ち入り禁止になったのを覚えているな』

『ん。ボク達の里が近かったから迷い込んだ人族の救助に行ったのを覚えている!』


 その場にいたミオは知らないふりを決め込んでいたが王家の記録に残っている大戦時に救助をしたのはミオ本人らしかった。


「そしてそのアンデッドによる脅威は大戦終結後もしばらく続いたと記録されています。現在のように入念に準備さえ整えれば商隊であっても越えることができるクラレンツ山脈とは全く状況が異なっていたのでしょう」


 そう言われたミナトはシャーロットの言葉を思い返していた。


『魔王が消滅した後はいろいろと混乱が続いたからよく分からないのよね。二千年前を知っている者ならあの山脈を越えて人族や亜人が行き交っているって言っても信じてくれないと思うわ』


 シャーロットはそう言っていたがどうやら魔王が消滅した後もクラレンツ山脈は危険な場所であったらしい。


「そのアンデッドたちと『不死者達の霊廟』に関係が?」


 そう問いかけたミナトにバウマン辺境伯は頷くことで肯定の意思を示した。


「はい。その記録によるとアンデッドたちは大戦の後、平和と穏やかな暮らしを望み自ら眠りについたと……、そして彼らが眠りについた場所を『不死者達の霊廟』を呼びようになったと、その霊廟の場所を示した地図と共に記されていました。そうしてアンデッドと山脈に立ち込める瘴気が消えたことで、クラレンツ山脈は豊かな自然に包まれたと。そして『何人たりともその眠りを妨げることなかれ、禁を破りし者には大いなる厄災をもってその愚行に報いよう』といった言葉が残されたと……」


 そう言ってバウマン辺境伯はミナトに向き直った。


「これはルガリア王家と我が辺境伯家の秘匿事項です。ですがこの情報をかのブランディルという神殿騎士がどこからか入手した可能性があります。魔物は自身を脅かす存在があれば住処を移動するものです。大半は私の憶測ですが、私は辺境伯として最悪な事態を想定します。未だ瘴気は観測されていません。しかしクラレンツ山脈から魔物が降りてくるという今回の異常現象は山脈内に魔物達を脅かす何かが出現しようとしている兆候と私は判断しました」


「あの神殿騎士が王国に何らかの不害を与えるために『不死者達の霊廟』に眠るアンデッドたちを眠りから覚まそうとしていると?」


 ミナトの言葉にバウマン辺境伯が三度頷く。


『シャーロット?どうしよう?』


 とりあえずミナトは念話でシャーロットに聞いてみた。


『もしあのアンデッドたちが本当に復活するのであれば人族や亜人では太刀打ちできないわ。それに何とかしないと今回の依頼の遂行も難しいわね。私たちはともかくカーラやティーニュたちに瘴気の中での行動は危険よ』


『うむ。久しぶりに暴れるか!』


『ん。二千年ぶりの強敵との闘い!滾る!』


 デボラミオが好戦的な念話を飛ばしてくるが、とりあえず依頼を遂行したいミナトにとってもここは自分たちが行動を起こすことが最適であると考えた。


 ただミナトには一つだけ気になることがあった。


『あのブランディルとかいった神殿騎士には分裂したピエールが一体張り付いていたよね……。そんなヤバそうな行為を見逃すとは思えないけど……?』


『きっとあっちのピエールはあっちのピエールとしての考えがあるのでショ〜』


『行ってみたらその辺も明らかになるわよ!』


 ピエールとシャーロットの明るい言葉に背中を押されつつミナトはバウマン辺境伯に自分たちによる『不死者達の霊廟』調査……、という名目で脅威の討伐を願い出るのであった。

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