第514話 野営地での夕食
出来上がった三皿のペンネアラビアータ。ミナトは外套を持ってきたバッグに収納する……、とバッグの中から青いスライムが飛び出した。
正確には外套をバッグへ収納するフリをして、バッグの中でソフトボール大の青いスライムへと姿を変えたピエールが飛び出したのである。
「さっき魔法を使ったように見えたが、テイマーなのか?」
「でもテイムモンスターがスライムかよ……」
「あほ、さっきの言葉を忘れたのか?あのスライムもヤバいんじゃねえか?」
再び冒険者達が騒がしくしているが先ほどの先輩冒険者の言葉を思い出したのかあからさまにバカにしてくる者はいなかった。
商人達はどうやら気心の知れたもの達で集まって談笑するフリをしつつ視界の端にはしっかりとミナトたち一行を捉えている。
「うむ。では我らから熱いうちに頂くとしよう」
「ん。頂きます!」
『頂きマス〜』
デボラ、ミオ、ピエールがテーブルにつき夕食を始めた。いつのまにかワイングラスと赤ワインも用意さえている。ワインはいつものようにブルードラゴンの里で貰ってきた極上ものだ。
食事の順番は既にシャーロットが決めている。デボラたちもこのような場面では素直にシャーロットに従うのだ。揉めるのはもっぱらベッドの上で……、それはさておき、デボラとミオはフォークで、ピエールは皿の端から料理を吸収する形でペンネアラビアータを味わう。
「うむ!よく炒めたニンニクの深い味わいとトマトの旨味は素晴らしい組み合わせだ。そしてこの唐辛子の辛さが堪らない!」
「ん!まさに鮮烈な辛さ!とても美味しい!」
『辛くて旨みがあって美味しいデス〜』
美味しそうにトマトベースのパスタを味わう三人を視界に入れつつ、ミナトはペンネアラビアータをさらに二皿作り、シャーロットと共に取り敢えず食事の席に座る。
ティーニュも食べると思われるあと一皿のペンネアラビアータとカルボナーラ準備は既に終えていた。
「うーーーーん!美味しいわ。オイルを使ったパスタもクリームや卵を使ったパスタもいいけどトマトを使ったパスタも美味しいのよね!」
シャーロットも今日の出来には満足らしい。
「今日はタマネギも肉も使わなかったけどこれはこれで美味しいよね」
今日のペンネアラビアータの出来に満足しつつそう呟くミナト。
「ミナトの世界には本当に色々なパスタ料理があるのね」
シャーロットがそんなことを言ってくる。既に周囲には防音の結界が張られていた。
「うむ。パスタ料理がこのように美味いものだとはマスターに出会わなければ知ることが叶わなかったであろうな」
「ん。マスターのパスタは世界最高峰!」
「サイコ〜、デス〜」
デボラ、ミオ、ピエールそれに続く。
シャーロットによるとパスタはこの大陸の北方でよく食べられている食材らしい。だが調理は単調で肉や野菜と一緒に塩味で炒めるような食べ方が主流とのだ。
『塩焼きそば風かな?それはそれで美味しそう』
などと思うミナト。そして他のパスタ料理としてはルガリア王国の西にあるグランヴェスタ共和国において今から三百年前、建国の偉人の一人とされているヒロシというミナトと同じ日本からの転生者がナポリタンとペペロンチーノを広めていたりもする。
ルガリア王国の王都ではミナトが自身のBarでの軽食として時折パスタを提供している影響か、少しずつではあるがパスタ料理を扱う食堂が増えているように思えた。
パスタ料理も様々あるがシンプルなものは仕込みも作り方も簡単なのでいずれは日本のように爆発的に流行って欲しいと思っているミナトである。
「そういえばあの神殿騎士は放って置いたけどあれでよかったのかしら?」
シャーロットがそう聞いてきた。未だに防音の結界は効いている。
「ああ、きっと目を覚ましたらまたおれ達について来ると思うし、今は泳がせておこう。それに……」
ミナトがそう答えて視線をピエールに向けるとピエールが体の一部でサムズアップのような反応を返してくる。
「ピエールちゃんの分裂体が張り付いていれば問題ないわね」
「今回は長時間かつ遠距離を考慮して分裂した一体らしいけどね」
「うふふ……、なら問題ないわね」
ミナトの回答に笑顔になってそう返すシャーロット。
エンシェントスライムであるピエールは魔力による分裂体と、スキル『分裂』を用いた実態の二種類を区別して使用することができる。
魔力で創り出した分裂体はピエールが直接指揮し、各個体が得た情報も即座にピエールへとフィードバックが可能だ。だがその代わりに各個体の性能は本体よりも少し落ち、また魔力によって創り出されているため魔力が使えない場所では消滅してしまうという特徴がある。
一方、スキル『分裂』を用いた実態は魔石すらも等しく分裂させ、一体一体が本物のピエールとして独自に行動することができる。再度合体しない限り集めた情報の共有はできないが、各個の能力は巨大化を除いては全てピエールと同じであり、魔力が使えない場所でも活動することができた。
そんな分裂したもう一人のピエールがバルトロス教の神殿騎士であるブランディルのブーツの底に完全に同化していることはここにいる者達だけの秘密であった。
「申し訳ありません。遅れてしまいました。本日の夕食もご一緒させて頂けますか?」
そう声をかけてきたのはA級冒険者のティーニュである。最初からそのように設定してあったのか、シャーロットの結界はなんの抵抗もなく彼女を素通りさせた。
「もちろんですよ。これから作りますね」
そう言って立ち上がるミナト。
「それと先程までの打ち合わせの内容についても共有させて頂きます。あの神殿騎士についても色々と伺いましたので……」
『さすがはA級冒険者。頼りになる。今日のお代はその情報料で十分かな……』
心の中でそう呟きながら一皿のペンネアラビアータと六皿のカルボナーラに取り組み始めるミナトであった。
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