第513話 ミナトは一品目のパスタに取り掛かる

 食材と調理器具を揃えたミナトは設置されている二口ある竈に火をつける。


 当然の如く使用されるのは【眷属魔法】である火竜の息吹ファイアブレス。焚べられている薪に火をつけるのは簡単だ。


【眷属魔法】火竜の息吹ファイアブレス

 極めて高位の眷属を従えるという類稀な偉業を達成したことによって獲得された眷属魔法。レッドドラゴンを眷属化したため取得。火竜の息吹ファイアブレスが放てます。口だけではなく任意の場所から発動可。普通の炎も出せると便利でしょ?


 竈の中に【闇魔法】の冥獄炎呪ヘルファイアで漆黒の炎を灯した方が火力の調整が自由自在で便利ではあるのだが、一応、そこは自重するミナト。


【闇魔法】冥獄炎呪ヘルファイア

 全てを燃やし尽くす地獄の業火を呼び出します。着火と消火は発動者のみ可。火力の調節は自由自在。ホットカクテル作りやバゲットの温め直しなど多岐にわたって利用できます。素敵なアイリッシュコーヒーがお客様を待っている!?


 そして一つ目の竈には汲んできた飲むことができる水を満たしたフライパンを置く。これでパスタを茹でようという心づもりのようだ。


『さすがに水を水竜の息吹アクアブレスで出現させるのはダメだと思う……』


【眷属魔法】水竜の息吹アクアブレス

 極めて高位の眷属を従えるという類稀な偉業を達成したことによって獲得された眷属魔法。ブルードラゴンを眷属化したため取得。水竜の息吹アクアブレスが放てます。口だけではなく任意の場所から発動可。もちろん生活用水としても使用できます。ちなみに水質は極上です。やっぱり水は必要でしょ?


 そんなことを考えて漆黒の炎と水に関しては自重したミナトだが周囲はそれどころではない。


「いまアイツはどこから種火を取り出した?」

「種火なんて見えなかったぞ?」

「おいおい……、まさか……」

「魔法か?魔法が使えるのか?」


 ほんの小さな種火であったが冒険者達がざわつき、


「あのような才があってF級とは……?」

「王都に何かありそうですね……」

「これは私どもに王都の情報が足りていない……?」

「直ぐに書状を認めます。急ぎ王都へ連絡を……」


 商人達もその目の色を変えるのであった。


 この世界において魔法は貴重な才能として知られている。この世界にはマッチもライターも存在しない。


 火を起こせる技術は旅をする上で必要不可欠である。種火を保存する魔道具というものはあるが高価であり、雨天の場合などでの使用は難しいということもあり普及はしていなかった。


 小さい灯火であっても天候に左右されることなく炎を生じさせるだけでもそれは破格の能力と言えるのである。漆黒の炎や極上の飲料水はもはやどこかに監禁されるレベルに代物である。


 だが既に王都の冒険者界隈や一部の高位貴族、それに王家ではミナトたちの実力は全てではないが知られている。


 この程度の周囲の騒めきなど気にしないミナトは冷静にニンニクの皮を取り外しにかかる。つまり、


「一品目はアラビアータ。ペンネっぽいパスタがあったからペンネアラビアータだ。それにしてもニンニクの皮剥きをナイフと手でやるなんてちょっと久しぶりだね……」


 ここがミナトのお城か、自身のBarであれば極細に展開した【闇魔法】悪夢の監獄ナイトメアジェイルの漆黒の鎖をピーラーのように使用して一気に皮剥きを終わらせることができるのだが……。ここも自重して普通にニンニクの皮を剥き、ナイフの腹で潰すミナト。


【闇魔法】悪夢の監獄ナイトメアジェイル

 ありとあらゆるものが拘束可能である漆黒の鎖を呼び出します。拘束時の追加効果として【スキル無効】【魔法行使不可】付き。飲んで暴れる高位冒険者もこれがあれば一発確保!


 今日のパスタはミナト、シャーロット、デボラ、ミオ、ピエール、そしておそらくティーニュも食べるので最低六人前が必要である。


 六人前強のニンニクを用意するのに少し時間を要したミナト。見れば先ほど火にかけたフライパンで水が沸き始めている。乾燥させた唐辛子を手で細かく裂いたところでパスタを茹でる頃合いだ。


 それを確認したミナトはそこフライパンに塩を投入しペンネを茹で始める。そこそこのサイズのフライパンだが六人前は難しい。


「取り敢えず三人分作るとしようか……」


 そう呟いたミナトは火のついているもう一つの竈にからのフライパンをセットする。そこに多めのオリーブオイル、つぶしたたっぷりのニンニクと細かく裂いた乾燥唐辛子を種ごとこちらもたっぷりと投入する。


「ここで唐辛子をケチってはいけない。鮮烈な唐辛子の辛さこそアラビアータの真の姿……」


 などと呟きつつ、竈の炎の調整を怠ることなく木ベラを使ってニンニクと唐辛子を炒めるミナト。その表情は真剣だ。シャーロット、デボラ、ミオの三人も期待のこもった眼差しをミナトへと向けている。


『マスター!ガンバッてクダサイ〜』


 未だ外套モードのピエールからもそんな念話が届いてきた。


 そうしてミナトはしっかりとじっくりとニンニクに火を通してゆく。乾燥唐辛子には水分が殆どないため高温のオリーブオイルの中にあってもその様子はほとんど変わらないがニンニクはそうはいかない。


 じっくりと火を入れられたことで白かったその実は徐々に褐色へと変化を遂げてゆく。


『まだだ!まだ!』


 どこかの神父様の後任者のような台詞を心の中で発しつつ、ミナトはニンニクへと火を入れる。


『これこそがアラビアータがアラビアータであるための重要なポイントだ。ペペロンチーノではニンニクには殆ど色をつけない。ニンニクの味と香りが唐辛子と共にオリーブオイルに乗ってパスタ全体に行き渡ることが重要だからだ。だけどアラビアータは違う。アラビアータには香ばしさが必要になる。ニンニクは狐色のその先……、多少オーバーに香ばしさを出すのがポイントで……』


 これは東京にいた頃、知り合いのイタリアンのシェフから教えて貰った秘伝である。焦がすと味に影響が出るが焦げる一歩手前くらいがアラビアータには最適なのだ。


 そうしてニンニクがなかなかに狐色の先の色合いになったところでトマトの水煮を投入しその実を潰しながら混ぜ合わせる。


 トマトの鮮烈な赤が褐色のニンニクの色と混ざり合い深い赤へと変貌しようとするところで塩で味付けだ。イタリアンらしい塩のみでの味付け。今回は肉もタマネギも使わない。ニンニクの香ばしさと味わい、トマトの旨味と唐辛子の鮮烈な辛味で勝負するシンプルなパスタである。


 そうしてペンネが茹で上がったことを確認しソースで満たされたフライパンへと投入、ざっと混ぜ合わせて皿に盛り付け、軽くオリーブオイルを回しかければ最初のパスタが完成する。


 『調理台は広い。今日はここで夕食をとって問題ないだろう』


ということでマジックバッグを装って収納レポノの亜空間からイスを取り出しセットした。そうした上で、


「はい。ペンネアラビアータです。すぐにあと三人前くらい作るから熱々のうちに食べてくれると嬉しいかな?」


 笑顔でそう言うミナトによる一品目の完成をとびっきりの笑顔で歓迎する美女たちであった。

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