第512話 野営地にて夕食の準備

 ここはウッドビル公爵領とバウマン辺境伯領の領境に設けられた両家が公式に運営している野営地。


 ブラックスライムの出現やバルトロス教の神殿騎士による違法スレスレの勧誘行為や魔力の暴走といった騒ぎがあったが夕日の落ちかけた野営地は十分に落ち着きを取り戻していた。


 この野営地を使用する商人や護衛の冒険者、この近くにあるというダンジョンに潜る冒険者といった者達は魔物は跋扈する命が決して重くないこの世界であえて街から離れて生きるための活動をする、謂わば肝の座った者達だ。彼等にとって先程の出来事など気に留めるほどのものではない。


 それどころか目敏い商人達はこれもまた何かの商機に繋がるのではと支配ドミネイションから解放され保護された者達やカーラ=ベオーザが率いる騎士やポーター、この野営地を管理している元騎士であるらしいロバネスやその部下たちを注意深く観察していた。


 そんな状況下で、カーラ=ベオーザとA級冒険者のティーニュはロバネスと今回の結果と今後の方針について打ち合わせをするとのことでロバネスが詰めている建物へと移動している。


 ちなみに騒動の後、ミナト達が把握しているブランディルの行為はミオによって秘密の部分は多少の脚色で隠しているがほぼティーニュに伝えられている。この二人、ミオがティーニュに超硬質の水球ウォーター・ボールを教えるくらい仲がよかったりする。休日は王都のスイーツを二人で探求したりしているらしい。


 残された騎士達やポーター達、そしてウッドヴィル家の執事でありきっと元暗殺者であるガラトナさんが割り当てられた区画で野営の準備をしている横で、ミナトたちもすぐ側の区画で早々にテントの設営を終えた。


 今回の依頼は神聖帝国ミュロンドの第三王子であるジョーナス=イグリシアス=ミュロンドの護衛である。そのためまだ彼のいない行きの道中での行動にはほとんど制限がない。


 一応、男女で分けるため設営した二つのテントにシャーロットが触れた者がきっと大変な目に遭う結界を設置し安全を確保した後、ミナト一行が向かうのは少し離れたところにある区画……、


「本日の夕食はイタリアンです!」


 調理台らしきテーブルと竈が並ぶ一画でミナトがそう宣言する。


「ミナト!最高よ!」

「うむ。美味いパスタを所望する!」

「ん。カルボナーラとアラビアータ!」

 ふよふよ〜。


 パチパチパチ……。三人の美女から歓声と拍手が届く。ピエールはまだミナトの外套のままだ。


 この野営地では食事はどこでもできるが、食材を調理できるのは屋根付きのこの区画だけと決まっていた。そちらに移動してきたわけである。


 本来は物盗りへの対策などでテントに見張りを立てるものだがシャーロットの結界を破ることができる者などこの辺りにはいない。商人やシャーロットたちの美貌に釣られた冒険者達から不思議な視線が送られているがそんなことは気にしないミナトたちである。


 そうしてミナトは調理台へと食材と道具を並べる。冒険者がよく使用する小さな袋から乾燥させたペンネとちょっと太めなリングイーネ的パスタ。ニンニク、唐辛子、水煮トマトの瓶詰め、ベーコン、卵、下ろしておいたハード系チーズ、瓶に入ったオリーブオイル、それぞれミルに入れた塩と胡椒、まな板、包丁、ボウル、フライパン複数に木ベラまで……、そんなものが次々と出現する。


「マジックバッグ持ち……?」

「だがチラリと見えた冒険者証は赤……」

「F級の冒険者がマジックバッグなど持てるはずが……」

「あれはA級のティーニュ殿でした……。F級冒険者がとA級冒険者と共にウッドヴィル家の隊列に……?」


 周囲の商人達がそんなことを呟き始める。少し状況が飲み込めていないようだ。それもそのはずで物を収納できるマジックバッグは極めて高価な品で簡単に手に入れることができるものではない。高位の冒険者であればいざ知らずF級の冒険者風情が所持できる品ではないのだ。


『マジックバッグじゃなくて収納レポノだけどね』


 そう心の中で呟くミナト。ミナトたちもマジックバッグはシャーロットが一つ所持しているが最近はミナトの収納レポノにお任せであった。一応、能力を隠すため小袋に手を突っ込んでマジックバッグ風に取り出すことで周囲はマジックバッグと誤認してくれたようである。


「おい……、F級でマジックバッグ持ちだとよ……」

「すげえイイ女を連れてるじゃねえか?」

「エルフだぜ……」

「ひひ……、どうする?今夜あたり……」


 などという不届な会話をする駆け出しらしい冒険者もいるが、


「やめておけ……」


 周囲にいたベテランらしい先輩格の冒険者が睨みを効かせて黙らせる。首から下げる冒険者証の色は銅、上位冒険者とされるC級冒険者だ。


「アイツはヤバい……。ちょっと前に王都から来たC級の連中に聞いた話を思い出した……。エルフを含む複数のとんでもない美人を連れたF級冒険者に遭遇したら絶対に絡むな、だそうだ。どうしても絡むのなら男にしろ、そうすれ死ぬことはない、女の方に絡んだら命の保障はできないそうだ。あの冒険者がそうかは分からんが俺にその話をした冒険者は信頼できる。忠告はしたからな?」


 先輩冒険者の言葉にすくみ上がる若い冒険者達。


 どうやらシャーロットやデボラが王都の冒険者達を再教育した話はバウマン辺境伯領まで届いているらしい。


 そんな周囲の状況を気にすることなくミナトはパスタの準備に取り掛かるのだった。

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