第511話 今はささやかな反撃だけど……

「バカな!この私が魔力の制御を誤っただと……?そんなことが……」


 空中で役目を終えることなく無惨に爆散した火球ファイア・ボールがあった虚空を見つめながらそう呟いたブランディルが呆然と前に一歩を踏み出した時、ほんの僅かにミオの指が青く輝く……。


「!?…………ガハッ!!」


 真冬の凍った道でこれでもかと豪快に足を滑らせた人と同じリアクションで宙を舞ったブランディルが仰向け状態で後頭部をカチコチに凍らされた地面へ激しく打ち付ける形で転倒した。足元の氷も硬い地面も出現したのは一瞬で既にその存在は消滅している。赤い騎士服の女性神殿騎士が慌てた様子で駆け寄る。


『うわ、痛そう……。子供が一人で過ごしている家に盗みに入ろうとしたドロボウよりも激しくすっ転んでる……、後頭部はダイジョウブカナ?』


 そんなことを思っているとブランディルに集められたルガリア王国の住人達が次々に地面へと蹲る。


「あれ?俺はどうして……、ここは……?」

「……どこだここ?」

「村にいたはずなのに……?母ちゃんは……?」

「たしか村に来た騎士様から話を……?」


 どうやら正気を取り戻したらしい。


『ミナト!かけられていた支配ドミネイションは解除したわ!魔法をかけられてからそう時間も経っていなかったみたいね。後遺症がありそうな人はいないと思う。もう大丈夫よ』


 シャーロットからの年話が届く。


「カーラさん!皆さんが先ほどの魔法にショックを受けています!この人達を野営地で休ませてあげられませんか?」


 カーラ=ベオーザがどうやら雰囲気から大体の事態を把握したらしいティーニュに耳打ちされているのを視界の端に捉えたミナトがそう声を上げる。


「そ、それがいいだろうな……。先ほどの爆発の影響かブラックスライムの姿も今は見えぬ。ロバネス殿?いかがだろうか?ショックを受けている彼等をこの野営地で保護し騎士団に助力を願い送り届けてあげるのは?」


 そう話しかけられたロバネス。カーラ=ベオーザのという言葉と住民達の反応でブランディルから何かをされていたことを察したらしいロバネスはその定案を快諾した。


 盛大にすっ転んで意識を失っているブランディルをよそに連れてこられた住民達へここがウッドヴィル公爵領とバウマン辺境伯領との領境にある野営地だと説明し、混乱している住民達に責任を持って各自の家まで送り届けることを約束し一先ず野営地で過ごしてもらうためとして移動を開始させる。


『はー。ま、これくらいで済んでよかったと思ってほしいくらいだよ……』


 醜態をさらすブランディルへチラリと視線を送りつつ心の中で溜め息と共にそう呟くミナト。【闇魔法】の堕ちる者デッドリードライブで意識を失ったままにしているのは秘密である。明日の朝には意識を取り戻すだろう。


【闇魔法】堕ちる者デッドリードライブ

 至高のデバフ魔法。対象の能力を一時的に低下させます。低下の度合いは発動者任意。追加効果として【リラックス極大】【アルコール志向】付き。お客様に究極のリラックス空間を提供できます。


 ブラックスライムの怒りを買ったというストーリーでこの世界から退場してほしいとミナトも考えた。だがいまバルトロス教の敬虔な信者である神殿騎士がルガリア王国内で死ぬのはちょっとマズい。このブランディルは明らかにミナトたちの一行の後をつけていた。住民の不法な勧誘は恐らく目的のついでに過ぎず、本来の目的はカーラ=ベオーザが率いる一団の偵察ではないかとミナトは考えたのである。


 ただルガリア王国の住民にここまでされてなにもやり返さないのは違うとミナトは考えた。だからといって面と向かってことを構えるのは時期尚早である。そこでミオに頼んでささやかな仕返しを仕組んだ。今はこれで我慢である。


『もし帰りの道中でこれ以上の変なことを仕掛けてきたらその時は全員を喚んで全力だ……』


 などとも考えているが、


『今はもうどうでもいいや。シャーロット、デボラ、ミオ、ピエール。みんな手伝ってくれてありがとう!今日は美味しいものを食べよう!リクエストはある?』


『ミナト!私パスタが食べたいわ!あのカルボナーラが最高なのよね!』

『うむ。あれは美味い!マスター!我も期待してしまうぞ?』

『ん。もう一品。カルボナーラは最高!でもボクはアラビアータも食べたい!あの辛味は最高!』

『どちらも美味しいですヨネ〜』


 そんな返答が返ってくる。頑張ってくれたみんなのため笑顔になったミナトは美味しいパスタを作ること決定するのであった。

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