第510話 ミナトの策と暴発する火球

 ブランディルというバルトロス教の神殿騎士によるブラックスライムへの反応を確認し、敬虔なバルトロス教徒をどうしようもない奴に認定したミナト。


 そんなミナトの目の前でブランディルが掲げる右手に大きな火の玉が生み出される。


火球ファイア・ボール!?何を考えているのだブランディル卿!?そんなものでブラックスライムは倒せん!さらにここは背後に森林のある野営地だぞ!もし草木に燃え移ったらここの施設や物資が……」


 至極真っ当な内容を指摘するのはロバネス。


「ブランディル卿!魔法を解除するのだ!ロバネス殿の言う通りブラックスライムはその魔法では倒せない!」


 そんな言葉と共にカーラ=ベオーザがブランディルを止めようと彼に近づくが、


「離れなさい!魔力を持たない下賤の者などはブランディル様のご決断にその身を任せて従えばよいのです」


 無表情であった赤い騎士服の神殿騎士と思われる女性がカーラ=ベオーザを制するように立ち塞がる。既に彼女の腰にある長剣の柄には手がかかっていた。その姿にA級冒険者のティーニュもウッドヴィル家の騎士達も素早く反応し武器を構えた。


『何この状況……?』


 眼前で繰り広げられるカオスな展開に心の中で思わずそう呟くミナト。それにしてもブランディルなる神殿騎士による魔法の発動が遅い気がする。あの程度の火球ファイア・ボールであれば【眷属魔法】である火竜の息吹ファイアブレスが使えるミナトなら瞬き一つかからない程の時間で放つことが可能である。


【眷属魔法】火竜の息吹ファイアブレス

 極めて高位の眷属を従えるという類稀な偉業を達成したことによって獲得された眷属魔法。レッドドラゴンを眷属化したため取得。火竜の息吹ファイアブレスが放てます。口だけではなく任意の場所から発動可。普通の炎も出せると便利でしょ?


『あのサイズの火球ファイア・ボールを人族がコントロールするにはあれくらいの時間は必要なのよ』


 シャーロットが念話で教えてくれる。


『でも火球ファイア・ボールは当たると大きく弾ける魔法だから火の玉を大きくするよりも数を増やして衝撃の範囲を広げる方が戦闘では役に立つわ。それに大きくするくらいなら同じ大きさに魔力を込めた方が威力が上がる。あれだと範囲攻撃魔法と変わらない。範囲攻撃であればもっと使いやすい魔法が他にあるから……。対人戦は分からないけど魔物との実戦経験は少ないのかもしれないわね』


 ブランディルの火球ファイア・ボールはさらに大きくなってゆくが放つまではもう少しかかりそうである。


『どうしよう……。まさかブラックスライム複数体を目の当たりにした状況で躊躇なく攻撃を仕掛けるなんて完全に予想の範囲外だった……。このままピエールの分裂体に魔法を受けてもらって反撃して二人とも斃してもらう……?』


 つい物騒な解決法を考えてしまうミナト。ミナトの当初の計画としてはブラックスライムを恐れて背後の住民を見捨てて逃げてもらうというものだった。そうなれば簡単であったのだが現実は少し複雑な展開になっている。


『マスター?ご命令を頂けたら秒殺デスヨ〜?』


 ミナトの心の中の物騒な呟きにピエールがそう返してくるが、


『ダメだ!ピエール!待ってくれ!ここで神殿騎士が二人も死んだら神聖帝国側にルガリア王国の治安を指摘する口実を与えてしまう。ここは……、デボラ!』


 そう思い直してミナトはデボラに念話で話しかける。


『うむ!我はどうしたらよい?』


『あの火球ファイア・ボールを乗っ取ってデボラのものにすることはできる?』


『うむ。簡単なことだ!』


『じゃあ、乗っ取って暴発に見せかけて空中で爆発させてほしい!』


『うむ。それは面白そうだ。任されたぞ!』


 攻撃的な笑みを浮かべたデボラがその視線をブランディルの火球ファイア・ボールへと向ける。


『シャーロット!火球ファイア・ボールが爆発するタイミングで支配ドミネイションの解除を!』


『任してちょうだい!』


 シャーロットがニヤリと笑う。すると、


『ん。マスター!ボクにも何か役目を!』


 そんなミオからの念和が届く。ほんの少し考えたミナトは多少のダメージをブランディルに与えることを思いつく。


『ミオにはちょっとお願いを……、あいつの足下を凍らせることってできるかな?』


 その説明でミオには全て伝わったらしい。


『ん!ボクに任せる!』


 ミオが気合を入れた。


 そうして得意気に火球ファイア・ボールを発動していたブランディルに異変が生じる。


「なに……?なんだこの魔力は?これはどういうことだ!?いったい何が起こっている!?この私の火球ファイア・ボールが……」


 突然、困惑した表情となりそんなことを呟きながら頭上にある火球ファイア・ボールを見つめる神殿騎士。すると火球ファイア・ボールから鋭い光が放たれる。そして凄まじい熱量と共に火球ファイア・ボールがぐんぐんと巨大化を始めた。


「ブランディル卿?」

「なんという巨大な……」


 ロバネスとカーラ=ベオーザが呆然とそう呟き、周囲にいる騎士達は呆気にとられたかのようにその光景の前に立ち尽くしている。そんな中、状況をミナトの想定通りに把握してくれる者がいた。


「魔力が暴走しています!制御を誤りましたね!?火球ファイア・ボールが爆発しますから伏せて!!」


 A級冒険者であるティーニュがそう叫び、彼女の言葉を信じる者達が地面へと伏せた。その瞬間、火球ファイア・ボールが空へ向かって大爆発を起こすのであった。

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