第499話 その名はマールかグラッパか?

「うん……、やっぱり転移テレポっていうのは便利……、最初に来た時は大変だった……」


 噛み締めるようにそう呟くミナト。少し遠い目をしているのはここ……、ミナトの眼前に広がるブルードラゴンの里に初めて来た時のことを思い出したからのようである。魚介類やワインを手に入れるため何度も来ているミナトだが全て転移テレポによって移動している。


「ミナト!あの方法が転移テレポを使えない者にとっては最速で最短で一番簡単な方法なのよ?」


「うむ。なかなかに楽しかったではないか?」


「ん?マスターたちは第十層から落ちてきた?だったらそれが正解!」


 ミナトの心を読んだかのように昔話を話すシャーロットとデボラの言葉にミオがブイっとサインを出して肯定する。


 ミナトたちが転移テレポで到着したこのブルードラゴンの里は世界最難関とされているダンジョンの一つ『水のダンジョン』の最下層にある。六つあるとされる世界を統べる属性の名を冠するダンジョンは世界最難関のダンジョンとされており、どのダンジョンもそう簡単に最下層へ行けるようにはできていない。


 実際、『水のダンジョン』は第百五十階層まである巨大なダンジョンであり各階層には夥しい数の水棲系の魔物が待ち構えている。初めてこのダンジョンに潜った時、ミナトはシャーロット、デボラと共に第十層階層までは普通に魔物を倒して到達した。だが、まだまだ序盤である第九階層の魔物であっても人族や亜人では到底太刀打ちできない質と量の魔物と遭遇していたのである。


 最下層付近になれば地上の人族や亜人から厄災と呼ばれるほどの強大な魔物も生息しているらしいが、初めて潜ったミナトは第十階層にある地底湖に開いた巨大な穴から命懸けのショートカットで一気に最下層に到達したのである。ジェットコースターを人生で最も苦手なものとしているミナトにとってはトラウマ級のダンジョン攻略法であった。


 そんな過去の辛い記憶のフラッシュバックが終了したところで、青い民族衣装風の装いを纏ったミオによく似た少女達がトテトテとこちらに駆けてくる。


「マスター!シャーロット様!ようこそブルードラゴンの里へ!デボラ様もお久しぶりです!」


 まだあどけない可愛らしい少女の姿ではあるがしっかりした口調でそう言ってくるのはミオの不在時を任されているという一人のブルードラゴン。ミナトによってテイムされてはいるが名前は与えられてはいない。彼女はこの里の頼れるナンバーツーという存在らしい。ミオがいた時からしっかり者である彼女がブルードラゴンの里を管理していたそうだ。


「ミオから聞いたのだけど、新しいお酒造ったって?」


 そんなミナトの問いに、にっこりと笑って、


「はい。マスターのお話を聞いて蒸留に取り組みました。ジーニ……、マスターの世界におけるジンですね……、そのジンなどの製法で人族や亜人の皆様が使用されている技術ということは知っていたのですがワインのために私達が育てている葡萄にその手法を用いるという発想はこれまでなかったのです。マスターのご助言で今回その蒸留を用いて新たなお酒を造りました。是非ともお味見をお願いします」


 試飲の会場に移動しつつ詳しい話を聞くと、蒸留機はアースドラゴンと相談し彼女達からも助力を得て魔道具として完成させたらしい。そうして、


「これが新しいお酒……」


 以前、ミナトがブルードラゴン達にマティーニを造ったのと同じ場所でミナトが出会ったのは、ショットグラスほどのグラスに満たされた透明なお酒であった。香りを確かめるとよく知っている香りがする。


「マスターのご助言に従い、これはワインを造る際に出る葡萄の搾りかすを再発酵させ蒸留したものです」


 その香りとこの説明でミナトには十分である。一口含むと強いアルコールと同時に葡萄の芳醇な香りと甘みのある奥深く力強い味わいが口腔内に広がった。


「これはマール……、いやこの力強さはグラッパって呼んだ方がいいかな?ま、ここは異世界だからフランス産かイタリア産かは気にしない方針で……、ついにマールを手に入れた……、これがあるということは……?」


 そう言ってブルードラゴン達に視線を向けるミナト。その瞳には期待感が現れている。


「はい、白ワインの蒸留も行いました!」


 その言葉に最高に笑顔を浮かべるミナトであった。

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