第498話 ちょっと久しぶりな水の都

「この街に来るにはちょっと久しぶりだ!」


 丘の上に立っているミナトの眼下には美しい湖に隣接し無数の水路が張り巡らされた広大な街並みが広がっていた。春の陽気に照らされるこの美しい街こそミルドガルム公爵ウッドヴィル家の領都アクアパレスである。


 冒険者ギルドの資料ではルガリア王国の二大公爵家の一つであるミルドガルム公爵ウッドヴィル家の領都アクアパレスはエルト湖と呼ばれる広大な湖沿いに造られた街であり水の都と呼ばれていると記載されていた。その資料では街の歴史は古く二代目ルガリア王国国王オルドス=ルガリアの第二皇子であったサイラス=ルガリアがミルドガルム地方の統治を任されウッドヴィル家を興したことに始まるとされている。


 しかしシャーロットたちの話ではこの地にはもっと昔から街が存在していたらしい。その街の名前が古都ガーライ、街の象徴である湖の名は神秘の湖ヴィナスハートレアと呼ばれていたそうだ。


 王都を出発してから十二日、ウッドヴィル公爵領に入ってから五日目の本日、一行はアクアパレスに到着したのであった。


 今回もウッドヴィル家の隊列ということで簡単な確認を終えた後、貴族用の門から街に入ると水路と穏やかな街並みが出迎えてくれる。


 そうして大きな通りを進むと広大な敷地を持つ大きな屋敷……、ウッドヴィル公爵邸の門前へと到着する。


「かねてよりの打ち合わせの通り、我ら騎士とガラトナ殿、そしてポーターは公爵邸に入る。ティーニュ殿とミナト殿のパーティは宿で待機、出立は明後日の正午となる。門番には話を通しておく」


 今回の旅路で騎士団のまとめ役を務めるカーラ=ベオーザがそう確認してこの日は解散となる。依頼内容によると野営以外のルガリア王国内にある街での滞在時、冒険者は各自で宿を押さえることとされていた。今更、ティーニュやミナトが蒸発する理由などないし宿泊費込みで報酬は貰えている。自由を好む冒険者に配慮した、依頼主の好意と考えられるものである。


『待機と言っても自由時間だしね』


 待機とは……、明日一日、アクアパレスを楽しんで構わない、つまりそういう意味であった。


「ではわたくしも失礼します。二日後にまた……。うう、その間マスターのお料理を頂けないことが残念ですが仕方ありません」


 そう言いつつA級冒険者のティーニュが一礼して何やら未練のある様子のまま去っていく。昨日の夜に作ったナポリタンをかなり気に入っていたようでそれが原因かと思いつつ背中を見送るミナト。ちなみに道中におけるミナトの料理はティーニュや騎士や執事やポーターの方々にとても人気があった。ミナトがパーティメンバー以外には法外な値段を設定したため躊躇する者も多かったがティーニュだけは毎食きっちり支払って食事を堪能したのである。


「さてと……、おれ達はどうしようか?」


 シャーロット、デボラ、ミオにそう聞いてみる。この街で宿を探しても良いし、王都やミナトのお城、なんならグランヴェスタ共和国の温泉街に行くことだって可能だったりする。


 するとトテトテと駆け寄ってきたミオがミナトの……、というかピエールであるミナトの外套の裾を引っ張ってきて、


「ん。マスター!ボクの里に行こう!新しいお酒があるみたい!」


 ミオのその言葉に瞳を輝かせるミナトであった。

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