第496話 昼食は各自でということなので

 春の陽光が降り注ぐ街道をミナトたちはウッドヴィル家の領都であるアクアパレスを目指していた。


 今回の旅程は王都から東へと延びる街道を使用し、ウッドヴィル公爵領を通り、そしてさらに東にあるバウマン辺境伯領から国境を越え、東の国境としているクラレンツ山脈を越えることになっている。


 馬車の速度や休憩時間を考えると一日に進む距離は五十キロメートルほどだ。


 以前、アクアパレスを訪れたときは、王都からウッドヴィル公爵領まで七日、そこから領都であるアクアパレスまでさらに五日といったところであったことを思い出すミナト。カレンさんから聞いた話ではアクアパレスからバウマン辺境伯領の領都であるイースタニアという街までが約十日、そこから国境にあるというマルトンの砦までは五日ほどとのことだ。


 辺境伯というと武力に秀でた国防の要といったイメージだが、周辺国との武力衝突がない最近では辺境伯といえども社交性が大切なのだとか……。特に、クラレンツ山脈を挟んでいるとはいえ神聖帝国ミュロンドのような主義・思想を大きく異にする国と国境を接する辺境伯には武力以上に政治・文化の知識と共に交渉力が求められるという。そして現辺境伯であるバウマン卿はかなりのの切れ者らしいと、これもカレンさんからの情報である。


 そして予定通りに行けばクラレンツ山脈を七日で越え、神聖帝国ミュロンドの国境の街に到着するらしい。


 宰相さんの話ではクラレンツ山脈には剣呑な魔物多いということだったので依頼は帰路の護衛だが戦闘は発生するだろうとミナトは予想していた。


 騎士が三十人、ポーター十人、三台の馬車それぞれに御者、そして要人用の馬車を操っている御者に隣に執事が一人、ティーニュ、ミナト(ピエール装着中)、シャーロット、デボラ、ミオという総勢五十人(ピエール含む)の隊列は街道を東へと進む。


「止まれ!ここで昼食としよう!」


 先頭を行くカーラ=ベオーザの声が届く。


「前回もこの辺りで休んだよね?」


 見たことのある景色だと思いながらミナトが言ってくる。街道沿いの開けた一画だ。ミナトたちに隊列が一番大きいが彼等以外にも旅人を運ぶ駅馬車らしきものや、商人とその護衛であろう冒険者といった者たちが集まっていた。


「そうね。あの時はまだミオもいなくて私とデボラしかいなかったのよね」


「うむ。懐かしいと感じるが我は今のような賑やかな方が楽しいと思うぞ?」


 シャーロットとデボラは初めてアクアパレスへ行った旅を思い出しているようだ。


「ん!今回はボクもいる!」


『ワタシもいますヨ〜』


 そんな賑やかなミナトたちパーティも昼食の準備に取り掛かる。今回の依頼では食事の費用としてミナトたちには一日当たり一人一枚のディルス金貨が支払われており、食事は各自が用意するという取り決めとなっていた。


 ちなみに、『ディルス貨幣』はこの世界で主要かつ最も信頼されている通貨の一つであり、日本の通貨に換算すると下記のような価値となる。


 ディルス鉄貨一枚:十円

 ディルス銅貨一枚:百円

 ディルス銀貨一枚:千円

 ディルス金貨一枚:一万円

 ディルス白金貨一枚:十万円


 食費が一日一万円とはなかなかに美味しい依頼といえるだろう。


 ミナトはコソコソと収納レポノの亜空間から人数分のサンドイッチを取り出す。当然、ピエールの分もある。


『ふっふっふ。これぞ特製のクラブサンドイッチなのだ……』


 ニヤニヤとしながらそんなことを心の中で呟くミナト。このサンドイッチは信頼できるパン、ファーマーさんじるしのトマト、レタス、玉ねぎ、ベーコン、ハム、アボカド。そしてマルシェで素材を購入した薄切りの茹で卵、厚めにスライスしたチーズ、それに塩、胡椒とマヨネーズで作り上げた子供の頭くらいはある大きな逸品。そして飲み物はグランヴェスタ共和国で買ってきた瓶入りのよく冷えたコーラ。


 どれもミナトの【収納魔法】があるからこそ可能となる現代日本と比べても遜色ない豪華な昼食である。


【収納魔法】収納レポノ

 時空間に作用し、アイテムの収納、保存を可能にする術者が管理できる亜空間を作り出します。アイテムを出し入れするゲートは術者を中心とした半径二メートル以内で任意の場所に複数を設置可能。時間経過なし。意思・意識のある生物に関しては収納に本人の同意が必要、ただし亜空間内は快適ではないのでご注意を。亜空間はとても大きいのでご自身でのご確認をお願いします。ちなみにゲートから武器を射出するような運用も可能だったりします。かなりの威力です。攻撃もできた方がカッコいいでしょ?


「では、頂きます!」

「頂くわ!このサンドイッチって最高なのよね!」

「うむ。頂こう!この青空の下で食べるのがまた格別である!」

「ん。頂きます!」

『頂きまス〜』


 とっとと準備を済ませて大きなサンドイッチにかぶりつくミナトたち。


 騎士達や同行している面々だけでなく、硬そうな干し肉をもそもそと齧っていた周囲も商人や冒険者達もその美味しそうな昼食を前に固まってしまうのであった。

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