第五章 春の訪れは嵐の予感?
第482話 春の到来を感じる王都
遠く西にある山脈へと本日の夕日が消えてゆく。先程まで夕日に照らされていた王都だがそろそろ夜の姿へと変貌を遂げる頃である。
王都に残っている雪は既にごく僅かであり、あれほど冷たかった夜の風からは新しい季節を予感させる確かな暖かみを感じることができた。
そんな王都の歓楽街……、その端にある一本奥に入った落ち着いた場所……、工房が連なる職人街、大店として店を構える商会が多く集まる商業地区、各種の研究所や教育施設が集中する学生街からもほど近い一画に一軒のBarがある。
「いらっしゃいませ!」
「最近は随分と暖かくなって来たものじゃな?」
「街道の雪も無くなったということで今日もたくさんの商隊が王都から旅立っておった。工房の注文も増えてきたしの」
優しい口調で今日最初のお客を迎え入れるバーテンダーにそう話しかけるのはそっくりな容姿をした二人のドワーフ。
首から肩にかけて筋肉はもりあがり、胸板は肩幅とほぼ同じ厚みがある。彫りの深い顔は恐ろしいほどのぎょろ目で鼻の下から白い炎のような口髭が八の字に噴き出しているところまでそっくりだ。
ガラス工芸家でこのBarのグラスの製作を請け負っているアルカンと、アルカンの弟でこのBarで使用されている道具類を製作している金属加工の工房を営んでいるバルカンである。二人とも開店当初からのこの店の常連だ。
「確かに冒険者ギルドにも商隊の護衛って依頼が増えているみたいです?」
二人をカウンターの席へと案内しながらそう答えるバーテンダー。ここが異世界であるためバーコートを纏ってはいないが黒と白を基調としたスーツのような衣服身のバーテンダーこそこの店の主……、ミナトである。
お客には熱いおしぼりなどを渡したいのだが、タオル生地の布はこの世界にはないらしい。紡績系統の進化を願うミナトであった。
「今日は何から召し上がりますか?」
「ブラッディメアリーを頂こうかな?」
「一杯目は兄者に合わせるわい。儂も同じやつにしてくれんか?」
最近は締めのブラッディメアリーを好むアルカンが一杯目にこのカクテルをオーダーするのはちょっと珍しい。ミナトに出会う前からウォッカ好きとしてドワーフの中では変わり者とされていたバルカンはウォッカベースであるブラッディメアリーも好物のようでときおりオーダーする。
使うグラスはタンブラー。そして冷蔵庫として使用している棚から取り出したのはトマト。これまでの冬場ではマルシェや商店から姿を消していたトマトであるがこの冬からはファーマーさん
洗ったトマトを陶器で作られたおろし器でゆっくりとすり下ろす。日本での修業時代はトマトジュースを使用していたミナトであるが、この世界にトマトジュースは販売されていなかった。フレッシュ(ジュースではなく果実や野菜をそのまま扱うこと)で作るBarは日本にも多くあったのでミナトはそれに倣うことにした。
先ずはタンブラーに氷を入れバースプーンで軽く回す。タンブラーを用意したうえで、シェイカーに冷凍庫でよく冷やされたウォッカ。今回の銘柄は
『そしてこれだ……』
入手できたことが今でも嬉しく思わず心の中でそう呟いてしまう。小瓶に入った赤い液体。馴染となったマルシェに出店している商人から仕入れたものである。彼が言うにはルガリア王国の南にあるという岩塩の採掘で有名な国から入ってきたものらしい。かの国では料理に辛みを加えるときに使うということだった。そんなこのカクテル最後の調味料、前の世界でタバスコと呼ばれていたものを数滴垂らす。バースプーンでかき混ぜ味を確認する。
シェイク用の氷を冷凍庫から取り出す。シェイカーに氷を入れストレーナーとトップを被せる。流れるような所作で構えると素早くシェイク。しっかり混ぜ合わせつつ適温まで冷やす。
「相変わらず見事な所作じゃな……」
「この店で何杯のカクテルを飲んだかもはや分からぬが、ミナト殿が手抜きをしたことは一度たりともない。正に職人の仕事よな……」
シェイクが終りシェイカーからトップを外すと出来上がったカクテルをタンブラーへと静かに注ぐ。これを二杯分。
「どうぞ!ブラッディメアリーです……」
そう言いつつ二人の前にタンブラーを差し出すミナト。
「頂こう!」
「頂くぞ?」
そう言って二人のドワーフがタンブラーを口へと運ぶ。その様子から満足してもらえているようで嬉しいミナト。
「そういえばミナト殿?今日は一人なのじゃな?」
アルカンがそう問いかけてくる。
この世界の曜日は基本的に前の世界と変わらない。火、水、風、土、光、闇、無の七日で一週間となる。つまりこの世界を構築する属性が曜日として割り当てられていた。王都は無の日が日曜に該当し、一般的な職業の者達は休息日に当てている。ちなみに月は元の世界と同じく十二ヶ月で一年。一月から十二月まであるのは変わらない。
王都の冬祭りが終わった後、ミナトは冒険者稼業は行わず無の日のみを休業日として休まずBarを営業していた。なぜ冒険者稼業を休んだかといえば自身のお城の探索に思った以上に時間を取られたせいである。居城に詳細はおいおいだがそれでもあの浴場は完璧だった……、美女たちと温泉を楽しむ毎日は……、とりあえず極上の日々であったと記載するに留めておく。
そしてBarは基本的に従業員はミナトも含めて原則四人体制であった。
冬祭り以降、はフェンリルであり一人目の愛人であるオリヴィアがカクテルを覚えたいと言ってきたので指導を続けているミナト。まだお客にカクテルを造ってはいないが、エールを注いだりなどは任せ始めている。執事のような佇まいの中性的な魅力に溢れるオリヴィアのバーテンダー姿は一定の人気を博していた。
だが今日はワンオペ……、一人営業である。普通のスライムに擬態したピエールすらもいない。冬祭りの後はずっと誰かは傍にいたので少し新鮮な感じすらある。
「冒険者ギルドから連絡がありましてね。カレンさんにみんな呼ばれたみたいです。たまには女性同士で話がしたいとか……?」
ミナトがそう返すと、アルカンとバルカンがニヤリと笑う。
「ほう……、春が始まったと思ったら冒険者ギルドも動き出したか……」
「また何かと忙しくなるのかの?店を休む時は予め知らせて欲しいものじゃて……」
この二人はミナトたちの実力をある程度理解している。
『面倒なことではありませんように……、あ!これってダメなヤツじゃない!?』
盛大にフラグを立ててしまうミナトであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます