第438話 その言い分とは……

「私は侯爵家の次男としてこの国のためを思い『みどりの煉獄』へと潜ったのだ。なんら恥じることなどない!この英雄的行為の意味を理解しない者達が愚かなのだ!」


 それがカレンさんの尋問に対するトリリグル侯爵オーバス家の次男であるザイオン=オーバスによる回答の全貌だった。現在のザイオンは騎士に囲まれる形で尋問を受けている。ちなみになぜカレンさんが尋問を担当しているかは謎だ。そうしてこの王国法を犯した愚か者の主張によると……、


 一つ、『みどりの煉獄』は魔物のドロップ品として高品質の野菜を入手することが可能であり、深層で出現する魔物に関してはかなり貴重な薬草のたぐいもドロップすることが記録から知られている。

 一つ、野菜や薬草といった素材の流通が滞る冬の時期に『みどりの煉獄』を攻略する、もしくは攻略の道筋を作るといったことはこのルガリア王国にとって有益に他ならない。


 つまり、これは違法行為などではなく英雄的な行いなのだと主張したのだ。


 それを聞いていた立会人であるウッドヴィル公爵家の先代当主であるモーリアン=ウッドヴィルさんとこの国の宰相を務めるハウレット=フィルグレイさんは酷い頭痛がしているのか二人で眉間に手を当て項垂れている。


『確かに野菜類は少なくなっているけど、大河ナブールから運河を使って南から野菜類を仕入れているし冬を乗り越えることに関しては国がしっかりと対策しているんじゃないの?』


『そうね。ギルドでも薬草は魔道具である保管庫で管理しているってカレンさんから聞いたことがあるわ。冬に物流が滞ることは随分と昔からそれぞれの国の課題だったし、国同士の争いのない最近は国の政策と貴族や商会がしっかりと対策をしていればそうそう物資が足りなくなったりはしないわよ』


『ただ踏破されていないダンジョンに潜って英雄になりたかったとか?』


『そんな理由で禁忌とされているダンジョンを選ぶっていうのはどうかしている者の発想よ?』


『ですよねー』


 ダンジョンでドロップした高品質の野菜というのは気になるが、現状における冬の王都の物流対策のお陰でミナトたちは十分に野菜などを確保できている。だから魔物の氾濫というリスクを冒してまで禁忌とされているダンジョンに潜るメリットなどないと思われるのだが、会議室で胸を張っている貴族の子息にはそのことが分からないのか、ミナトも彼の言う内容をそのまま受け止めてよいのかよく分からない。


「お主……、本気でそんなことを主張するのか?ここにいるハウレットが……、いやハウレットだけではない。陛下も……、そして歴代の陛下も含めこの国の舵を取るものがどれほど苦心して現在の物流を造り上げたと思っておる。既に冬の王都は民を安堵させることができるほどの食料を備蓄することができる環境が整っておる。それを理解していないのか?さらに『みどりの煉獄』は冒険者の侵入が魔物の氾濫を招いた歴史があり王国法でその探索が禁じられておる。もしも……、もしもじゃ、もしも『みどりの煉獄』の攻略が本当にこの国のためになるというのであれば、ハウレットや陛下にお主の父の名で献策を行い国の中枢で検討するのが正当であろう?そして探索するにしても依頼する冒険者はお主などではなく信頼のおける他の冒険者に任せることになるじゃろうて」


 ゆっくりと……、だが力強い声色で先代公爵であるモーリアン=ウッドヴィルが淡々とそう話す。Barでは見せないその厳格な佇まいはまさに先代公爵が纏う威厳というものだろう。


「数年前のお主であればそんな行動は決して取らなかったはずじゃ。じゃが最近のお主には目に余る行動が多すぎる……。何があったのじゃ?」


「成果とリスクである魔物の氾濫との釣り合いが全く取れていません。本当にそのような戯言を理由に『みどりの煉獄』に潜ったのですか?」


 先代公爵のモーリアンもこの国の宰相であるハウレットもどうやらザイオンの理由に疑念があるらしい。しかしザイオンはこれ以上の発言を拒むかのように沈黙している。


「より正確な内容は今後の王城での尋問で明らかになるでしょう。カレンさん続きをお願いしますね」


 宰相に促されてカレンさんが再びザイオンに、


「ではもう一つ、これが最後の質問です。あなたは『みどりの煉獄』で何をしましたか?」


 そう問いかけるがザイオンは口を開こうとしない。それどころか虚空を見つめて放心状態になっているようだ。


『言いたいことを全部言った後は……?どうしたんだろう?』


 ミナトがそんなことを思っていると、


『マスター、シャーロット様……』


 ピエールから念話が届く。


『ピエール?』

『ピエールちゃん?どうしたの?』


 少女状態のピエールに視線を移すとピエールがその美しくも白い指でザイオンを指差しながら、


『あの人族からもの凄いイヤな魔力を感じまス。床に擬態した分裂体をスゴく近づけてようやく感じるくらいのホントに僅かな反応ですガ……。とてもとてもイヤな感じ……』


 ピエールにそう言われてハッとしたシャーロットが再び視線をザイオンへと移す。そして注意深くその様子を観察し始めた。


『シャーロットの目に魔力が集まっている?あ、ハウレットさんが気付いたっぽいこっちをちらちら見ているね』


 ミナトがそんなことを思っていると、


「英雄、英雄、英雄、そう私は英雄なのだ……、私こそが英雄なのだ……、だから私は英雄的な行動を……、英雄の、英雄らしく、英雄に……」


 唐突にザイオンが虚空を見つめながらそんなことを口走り始める。


 その瞬間、シャーロットが飛び跳ねるようにして席を立ち騎士の間をすり抜けザイオンの前へと移動した。そして目にも止まらぬ早業ザイオンの首元から見えない何かを引き千切る。


「これをどこで手に入れたのかしら?」


 ゾッとするほどの冷酷な声でそう問いかけるシャーロット。施されている隠蔽が解除されたのか美しいエルフの手には一つのネックレスらしきもの握られているのであった。

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