第391話 今宵の料理はフレンチで
「さてと……、始めますか……」
キッチンへと立つミナトはそう呟いて気合を入れる。ここはBarの二階にある大きなキッチン。今夜の夕食の準備に取り掛かるところだ。
冒険者ギルドでカレンさんに簡単な報告と王家と二大公爵家への連絡をお願いして本日のところは一旦帰宅ということになった。ちなみにあのダンジョンの状況に関して虚偽の報告をしていた職員はミオの協力もあり無事捕縛に成功している。冒険者ギルドで取り調べが行われるらしい。王都近郊に現れたダンジョンはその辺りの調査が終了するまで封鎖されることになるそうだ。
既に王都には夜の帳が降りている。季節は十分に冬だが、そこはルガリア王国の王都なだけあり各通りに開かれるマルシェといわれる市場や歓楽街で夜を楽しむ人々は決して少なくない。
そんなマルシェで買い求め準備した食材は……、
「えっと……、自家製のパイ生地……、ちょっと寝かせる時間が短い気もするけど、ま、大丈夫と思いたい。それにベーコンに酷似したこの肉、卵、生クリーム、牛乳、コンテ・チーズによく似たセミハードなチーズ、そしてナツメグ的なスパイスも補充しておいた。さらにはレンズ豆そのものの形状をしている豆、太めの腸詰、タマネギとニンジンにタイムっぽいやつローリエっぽいもの。あとはたまたま手に入ったマスタード的調味料……。こんな感じかな?」
既にダイニングルームにあるテーブルではシャーロット、デボラ、ミオ、ナタリア、オリヴィア、小さなスライムの姿をしているピエール、そしてロビンの総勢七人がチーズをつまみに白ワインに興じている。
チーズはミナトがマルシェで探してきたもので白ワインはブルードラゴンの里産である極上品だ。以前も紹介したような気がするが、ミナトのBarにおけるグラスワインは四杯取りが基本である。グラスワインを一杯一五〇ccとすれば七二〇mLのボトルで五杯はできない。七五〇mLのボトルでも微妙なのだ。グラスワインは四杯取り、これは日本にいたときからのミナトの強いこだわりである。
「このような食べ物があるとは……、そしてこれが美味いという感覚……。そしてこれがワイン……、おお、これはなんという感動的な感覚なのだ!?」
チーズとワインを口にして感動しているのは漆黒のドレスを纏った黒髪の美女。ロビンである。どうやら随分とチーズとワインがお気に召したらしい。
「やっぱりこのチーズと白ワインの取り合わせって美味しいわ!」
「うむ。冬でも王都のマルシェは美味いものが集まるのだな。この青カビのチーズとミオのところで造ったワインがあればもう他にいうことなどない」
「ん。ミオ的には白かびのチーズ最高!」
「あらあら~?このオレンジ色で固いチーズは味わい深くて素敵ですね~」
「私はやはりこのトマトと一緒に食べる水牛のチーズが好みですね」
「ワインもチーズも美味しいでス~」
シャーロット、デボラ、ミオ、ナタリア、オリヴィア、ピエールの六人もチーズとワインの組み合わせを楽しんでいる。
フランスなどでチーズは食後に出てくるのだがここは異世界ということで誰も気にしないのをいいことに冷たい前菜扱いしているミナトであった。
楽しそうなシャーロットたちの様子を視界の端で確認しつつ、ミナトはさらなる料理に取り掛かる。
先ずは鍋を用意する。今日は人数が多いから寸胴的な大鍋だ。コロコロに切ったベーコン、みじん切りのタマネギ、小さめに切ったニンジンを鍋でしばらく炒め、洗ったレンズ豆そのものの形状をしている豆を入れる。ご飯を炊くときよりは多めの水を張り、塩少々と胡椒、それにタイムっぽいやつローリエっぽいものを投入したらフタをして中火にかける。この漆黒の炎なら簡単に温度を上げることが可能だから加減を調整しつつ熱を加える。
【闇魔法】
全てを燃やし尽くす地獄の業火を呼び出します。着火と消火は発動者のみ可。火力の調節は自由自在。ホットカクテル作りやバゲットの温め直しなど多岐にわたって利用できます。素敵なアイリッシュコーヒーがお客様を待っている!?
『あとは沸騰したら腸詰を加えて三十分くらいかな……、煮込むだけ……』
それを確認してもう一品へと取り掛かるミナト。
帰宅直後から急いで仕込んだちょっと寝かせる時間が短いかもしれない自家製のパイ生地を軽く打ち粉をした台の上で、漆黒の麺棒で四ミリほどの厚さに伸ばし、バターを薄く塗った直径三十センチ、深さは四センチ程に調整した漆黒の型におさめる。ちなみに表面が極めて滑らかな漆黒の麺棒もパイの型もミナトの【闇魔法】
【闇魔法】
ありとあらゆるものが拘束可能である漆黒の鎖を呼び出します。拘束時の追加効果として【スキル無効】【魔法行使不可】付き。飲んで暴れる高位冒険者もこれがあれば一発確保!
「麺棒どころかパイの型までできる。この闇魔法はやっぱり便利だ」
そう呟きながらボウルに生卵十個を漆黒の泡だて器でよく溶き、生クリームに牛乳を加える。そこに賽の目に切ったベーコンとこれまた漆黒のチーズおろし器でおろしたコンテ・チーズによく似たセミハードなチーズを、
『チーズに入れすぎという概念は存在しないんだっけ……』
そんなことを思いつつたっぷりと投入した。そこに塩、胡椒、ナツメグ少々でさらによく混ぜると、漆黒の型におさめられたパイ生地へと静かに流し込む。スプーンの背をクッションにしてゆっくりと注ぐのがパイ生地を破らないコツだと聞いたことがある気がするミナト。卵十個分なのでこれが二つ。これらをオーブンに入れ漆黒の炎で三十分ほど……、アツアツに焼き上げれば完成となる。
そうして二つの料理が出来上がる。会心の笑みが浮かんでくる。
「どうぞ!これはフランス料理定番中の定番の一つでベーコンとチーズのキッシュって料理!アッツアツを食べてほしい!もう一つのこっちはフランスのオーヴェルヌ地方の伝統料理にしてもはやパリの定番料理といってもいいソーセージとレンズマメの煮込みです!」
そう言いつつダイニングのテーブルに料理を並べるミナトであった。
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