第278話 そうして二人は姿を消した

 クラン『大穴のカラス』の三人を前にして流れるような仕草でミオがその右手の指を振るうと二つの水球ウォーター・ボールが放たれた。凄まじい速度でリーダー格の両脇へと控える二人へと向かった拳大の水球ウォーター・ボールは張り巡らされた氷像の罠アイス・カーヴ・スネアによって迂闊には動けない二人に直撃する。


「ぐはっ!?」

「ごへっ!?」


 そんな変な音を残しつつ拳大の水球ウォーター・ボールが二人の男を弾き飛ばす。


『ミオよ……。先ほど氷像を貫通した時にも思ったのだが、その水球ウォーター・ボール……、硬くないか?』


 遠い目をしたデボラからそんな念話が飛んでくる。


『ん。これはヴェスタニアに行く途中でマスターが使った水球ウォーター・ボール。ボクも使ってみた』


 そうだったのかと納得するデボラ。今回の旅でミナトたち一行がグランヴェスタ共和国の首都ヴェスタニアを目指した際、グドーバル、ケイヴォン、リーファンを護衛する依頼を受ける形で首都ヴェスタニアへと向かった。その道中での魔物との戦闘でミナトが見せたのが、鉄球のごとく重くて硬い物理攻撃ができる水球ウォーター・ボールであった。ミオはそれを真似たらしい。


 吹っ飛ばされた二人の冒険者は当然の如く氷像の罠アイス・カーヴ・スネアの効果範囲に引っかかる。


 パキィイイイイーーーーーーーーーーーーン……。


 本日四度目の美しい高音が響き渡り、氷像が二体追加される。そうして空中で造り上げられた氷像は地面との衝突で粉々に砕け散った。


「ん。あとは……」


 ミオがリーダー格の男を氷点下の視線で見据える。


「ひ、ひい……」


 手下の末路を目の当りにして心を折られたのか、先ほどのような魔法攻撃を行う意思はどこへやら……、情けない声を上げつつ腰が引け今にも逃げ出しそうなリーダー格。逃げ出されるのは困るミオ。氷像の罠アイス・カーヴ・スネアの効果範囲に引っかかってしまうと後が面倒くさい。


「ん。動かないで!」


 ミオがパチン……、そう指を鳴らすとリーダー格の周囲に大量の水が生み出される。


「な、なんだ?この水は……、あ、あ、あば、あばば、ごぼぼぼぼぼ……」


 一瞬にして大量の水が男に纏わりつきその全身を激しく揉み洗いする。呼吸も何もあったものではないその様子をデボラは気の毒そうに見つめ、エレナはその魔法に驚愕している。


 そうしてそこには洗われた筈なのにボロ雑巾よりもボロボロになって意識を失うリーダー格の男が残された。それとミオたちの周囲にはすっかり怯えて動けなくなったC級とD級の冒険者達。


 くるりとミオがエレナに向き直る。


「ん。その魔道具の信号弾をあっちで打ち上げた方がいい」


 そう言ってミスリル鉱脈の影響が少ない方を指し示す。


「うむ。冒険者ギルドの暗部とやらは他の脱落した冒険者達も見張っているのだろう?我らと同じ目に遭っていては危ないからな」


 ミオとデボラの言葉にはっと我に返るエレナ。


「わ、わかりました!」


 そう言って懐から魔道具を取り出し駆け出すエレナ。そうして信号弾が打ち出され冒険者ギルドの暗部と呼ばれる者達が動き出す。程なくして第四層に残った『大穴のカラス』のメンバー全員が拘束された。この層に残ったメンバーは全員がどうしようもない冒険者だったらしい。


 襲ってきた冒険者達の拘束や移送を暗部の者達に任せたデボラ、ミオはエレナや他の脱落した冒険者達と共に第四層の一角にいる。ギルドの補給部隊が水や食べ物をここに持ってきてくれていて彼らは一息ついているところだ。この辺りは魔物が出現しないらしい。ちなみに第四層で魔物が増えているというのは脱落者を出し襲うためのデマであったといういうことだった。


「愚かにも襲ってきたあの者達は結局どうなるのだ?」


 ふと思いついたかのようなデボラの問いに、


「冒険者ギルドは話した内容の真偽を判定する魔道具を所持しています。この事態の中心となった者達の死は免れないと思いますが、正直に全てを話し捜査の役に立つ証言をした者は鉱山などで奴隷として生きることになるかと……」


 そうか……、と答えるデボラ。その辺りが妥当だと彼女も思ったようだ。


「デボラさん、ミオさん、私はこれから第五層を目指そうと思います。お二人はF級ということでしたが……、ミオさんの魔法とかそのあたりにいろいろとお聞きしたいことがあるのですが……」


 エレナはそう言ってギルドの補給部隊が運んできた物資から必要なものを集め出立の準備を始める。


「うむ。協力することはやぶさかではないのだが我らも行くところがあるのだ……」


「ん。もうそろそろその時間……」


 デボラとミオの返答に首を傾げるエレナ。


「あ、あの……、どちらに……?」


 エレナがそう問いかけた瞬間、デボラとミオの足元に光り輝く魔法陣が浮かび上がる。周囲にいた他の冒険者達は驚いて声も出ないようだ。


「あの娘がそなたの仲間か……。我らが護るのであればそなたの仲間は安全だ。そこは安心するがよい!そなたが第五層を目指すというのであれば再び我らと会うこともあるかもしれぬな……」


「ん。ばいばい!」


 デボラがそう言い、ミオが軽い感じで手を振る。


「あ、あの……」


『何が起こっているのですか?』とエレナが言いかけるよりも早いタイミングでデボラとミオの姿がその場からかき消える。それがミナトの【転移魔法】である眷属転移テレポであることなどエレナには知る由もなかった。


【転移魔法】眷属転移テレポ

 眷属の獲得という通常とは異なる特異な経緯から獲得された転移魔法。魔法陣を使用することなく眷属を召喚することが可能。当然、送り返すことも可。建造物等がある場合しっかりと避けて召喚・送喚するのでそういった点は心配無用。

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