第265話 二人のA級冒険者

「こんなに早く騒ぎになるとは思わなかった……」


 思わずミナトが呟く。


 ミナトとシャーロットが冒険者を迎え撃った小さな広場には衛兵と冒険者達が集まっている。ミナトが堕ちる者デッドリードライブで冒険者達を完全に行動不能にし、シャーロットが周囲に巡らせていた結界を解除したところ、絶妙なタイミングで動けなくなった男達のことを知っている冒険者一行が広場を通りかかったのである。まだテンプレ的展開は続いているのかもしれない。


 冒険者の気配を感じとったミナトはシャーロットの手を取って【闇魔法】の絶対霊体化インビジブルレイスを発動、事の成り行きを観察するためもう少しその場に留まることを決めたのだった。


【闇魔法】絶対霊体化インビジブルレイス

 全ての音や生命反応を感知不能にする透明化に加えて霊体レイス化を施せる究極の隠蔽魔法。対象は発動者と発動者に触れておりかつ発動者が指定した存在。発動と解除は任意、ただし魔法攻撃の直撃でも解除される。追加効果として【物理攻撃無効】付き。ま、あると便利でしょ…。


 視線の先に広がる光景に驚いた冒険者は衛兵を呼ぶと共に冒険者ギルドへも一報を入れたらしい。すぐに衛兵と冒険者達が広場へと集まってきた。


 しかし集まった衛兵と冒険者達は異様な光景に言葉を失う。五人の内、三人はその身体を大きく欠損させながらも血液一滴流すことなくその場に転がっており、後の二人も完全に行動不能なのだ。我に返った衛兵と冒険者達は五人の男達の状況を確認する。


「な、なあ……、こいつら何をされたんだ……?」

「わ、わからねぇ……、誰かに……?いや何かに襲われたのか……?」

「こいつらC級だろ?普段から『地のダンジョン』で第三層や第四層までも潜っているような連中だぞ?街の中で何に襲われたらこんなことになるってんだ?」

「お、おれに聞くんじゃねぇよ!」

「こいつら目を開けているぞ?意識があるんじゃねぇか?」


 ミナトを襲ったことで身体的欠損からは逃れることができた影が薄かった斥候と長髪の弓使いには意識がある。しかし辛うじてまばたきができるだけで唸り声すら上げることができない。


「なんで何も話さない?なんで動かないんだ?そしてなんで……、なんで装備ごと下半身と両手を失っているのにこの辺りに血が一滴も流れていないんだよ!?なにが……、なにがあったんだよ!?」


 そう声を張り上げるのは五人の仲間だろうか……。とりあえずこの五人を神殿まで運ぶということになり全員がそのための行動を開始しようとしたところ、


「何があったのかを誰か説明してもらえるかな?」

「道を開けて頂けますか?」


 二人分の落ち着き払った声が聞こえ、全員の視線が声の主へと向けられる。そこには剣士の装いを纏った赤毛の若い男と、魔法使いを思わせるローブを纏ったこれまた若い金髪の女が立っていた。二人の登場に広場が騒然となる。


『有名人?』

『知らないわね』


 絶対霊体化インビジブルレイスにより絶賛霊体レイス化中の二人はそう言葉を交わす。この魔法は声を出した会話も完全に隠蔽できるのだ。


「『大穴のカラス』のジングとカトリナだ……」

「しっ!聞こえるぞ。『さん』をつけろ。後が怖い……」

「A級冒険者のお出ましだ……」

「そういえばあの連中『大穴のカラス』の手下か……」


 こそこそと話す冒険者の会話に耳を傾けるミナト。


『こいつらが『大穴のカラス』のA級冒険者か……。たしか四人いるって聞いたね?』

『ええ。その内の二人ってことかしら……?』


 ミナトとシャーロットがそんな会話をしていると、衛兵と冒険者が一人ずつ代表してジング、カトリナと呼ばれた二人に状況を説明する。


「ふーん……。でも彼等ってC級だったよね?襲われたって言っても……?何があったんだろう?カトリナ?何か分かるかい?」


 丁寧な物腰と言葉遣いだがミナトはこのジングという冒険者を好きにはなれなかった。どうも相手を見下しているような態度を感じる。周囲の冒険者も関わり合いを避けているようだ。A級冒険者は畏怖される存在かもしれないが、ルガリア王国の王都でA級冒険者であるティーニュが他の冒険者達から尊敬を集めている状況とはかなり異なる印象を受けたのである。


「調べます。失礼しますね……」


 カトリナと呼ばれた若い女性は盛んにまばたきを繰り返している長髪の弓使いの下へと移動し膝を着いた。頭に手を翳すとその手が微かに光を帯びる。長髪の弓使いは僅かに痙攣したかのような素振りを見せた。ミナトはその様子に気付いたが、それはほんの僅かな時間のため周囲の冒険者達は気付かなかったかもしれない。そして意識を失う長髪の弓使い。


『!』


 その様子を見たシャーロットが繋いでいる手に力を込め表情を歪める。


『シャーロット?』


 思わずシャーロットの方へと振り返るミナト。


『ミナト……、あれはロクな連中じゃない。あの魔法は間違いなく光魔法の一つ、支配ドミネイションよ!何があったのかを強制的に話させようとしたんだわ!』


 深く沈んだ声色で話すシャーロットの言葉にミナトは厳しい視線をA級冒険者の二人へと投げかけるのであった。

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