第231話 踏破されたダンジョンに残るもの

 グランヴェスタ共和国の首都ヴェスタニア、その北にあるダンジョン『カエルの大穴』。その第一階層で目当ての魔物であるブルー・フロッグどころか一匹の魔物にも遭遇しなかったミナトはダンジョンがされていることを疑う。その時、現れた七人の男女。


「あいつはゴウバル。他の六人は……、斥候、大盾持ち、剣士、弓使い、僧侶、魔導士……、ゴウバルに雇われた冒険者……?今日はオレオンって人族と一緒じゃないのか……」


 ミナトが小さくそう呟く。するとゴウバル達がこちらへと近づいてくる。通常、冒険者はこういったダンジョン内の探索において他の冒険者とは積極的に関わらない。これは余計なトラブルを避けるためだ。しかしゴウバルと冒険者達はそんな冒険者の暗黙了解などお構いなしに距離を詰めてきた。その表情にはニヤニヤと下品な笑みが浮いている。


「何か用でしょうか?」


 そう言いつつミナトがシャーロットを伴いつつアイリスを背後に庇う形で前に出た。


「これはアイリスさん。こんなところでお会いするとは奇遇ですな!アイリスさんも大会の素材集めですか?」


 下品なニヤケ顔を隠すこともなく芝居がかった様子でゴウバルがそう言ってくる。やっぱり口調が職人のドワーフとは全く思えないミナト。


「あ、あの……、ゴウバルさん?」


 アイリスもどう対応してよいのか困惑しているらしい。


「冒険者ギルドで依頼票を拝見したと思ったのですが……、確か……、アイリスさんの目当ては……、そう!ブルー・フロッグでしたね?」


 大げさな身振り手振りを加えつつそう問いかけるゴウバル。そのふざけたニヤケ顔に少しだけイラっとしてくるミナト。


「え、ええ……」


 とりあえずそう返すアイリス。するとゴウバルはそのふざけたニヤケ面のまま頭を下げた。


「申し訳ありません。実は今日、私も素材集めのためにこのダンジョンの最下層を目指しました。そこでちょっとした事故が起こってしまったんです。そこでやむなくこのダンジョンの主を討伐してしまいました!」


 聞けば謝罪の文章だがその明るい声色に謝罪の感情は一切込められていない。それどころか周囲の冒険者達は必死に笑いを堪えている。


「つまりこのダンジョンはされた?」


 ミナトの言葉に下品な笑顔はそのままに顔を上げるゴウバル。


「F級冒険者でもそれくらいの知識はありますか。その通りです。このダンジョンの休眠期間は二週間!」


 そう高らかに歌い上げるかのごとく宣うゴウバル。何がこの男の気分を高揚させているのかをどうにも理解できていないミナトだが、その休眠時間では大会に間に合わないことは理解できた。アイリスの表情が悔し気に歪む。


『ひどい妨害方法もあるもんだ……』


『全くね……』


『うむ。マスター!許可を!ここで全て燃やし尽くす!』


『ん!ここはボクに任せてほしい!魂の欠片すらも残さない!』


 念話のため表情には出してはいないがミナトの想像以上にデボラとミオの怒りが大きい。流石にアイリスの目の前ではマズいと説得を試みていると、


「こちらの事情でこのような事態になってしまい本当に申し訳ないのですが、現状においてあなた達の打開策はしかないでしょう?ですがあなた方は運がいい。私たちの工房で保存しているブルー・フロッグの魔石を……」


 ゴウバルの得意げな話は続いている。しかしミナトの耳が聞き覚えのない一つの言葉を捉えた。一応、魔力はその身体から噴き出してこそいないがもう少しで本来の姿に戻ってしまいそうなくらいに敵意剝き出しの二匹のドラゴンへの説得を中断して、


「重水の部屋!?アイリスさんそれって何?」


 そんなアイリスへの問いかけをもってバッサリとゴウバルによる話の腰を折るミナト。邪魔をされたゴウバルが憮然とするがそんなことは気にしない。


「え、えっと……、このダンジョンにはそう呼ばれている一角が最下層にあります。そのマップの最後のページの裏に記載があるかと……」


「はい?最後のページの裏……?ああ、これね……、気付かなかったよ。なになに……」


 マップの記載を読み込むミナト。そこにはこのようなことが記載されていた。


『注意事項:重水の部屋への進入、重水の部屋はこのダンジョンにおける特異な一角です。この一角はダンジョンの活動期、休眠期に限らず夥しい数の高レベルなブルー・フロッグが跋扈しており大変危険な一角となっています。かつてA級冒険者パーティがこの部屋で全滅したこと鑑み冒険者ギルドではこの一角への立ち入りを原則禁止とします。入るのでしたら自己責任で。救助隊は出しません』


 念話を飛ばしてシャーロット、デボラ、ミオに聞こえるように読んだミナト。


「何の問題も……、ない?」


「そうね。それに夥しい数っていうぐらいだから狩り放題じゃない?ミナトはたくさん狩るんでしょ?むしろ行きと返りに魔物がいなくなってラッキーだわ!」


 ミナトの言葉を肯定するシャーロット。


「うむ。解決策が用意されているのだな。問題ない!」


「ん。問題なし」


 デボラとミオもゴウバル達への敵意を引っ込めてそんなことを言ってくる。そんな四人には黒い笑みが浮かんでいた。ミナトはアイリスへと向き直ると、


「アイリスさん!何も問題ないです。さ、ブルー・フロッグ狩りに行きましょう!おー!」


「「「おー!」」」


 ミナトの声にシャーロット、デボラ、ミオが呼応し、シャーロットがアイリスの手を引いた。


「あ、あの……、重水の部屋は危険なのでは……」


 状況がよく分からずそう言ってくるアイリスだが、


「大丈夫!大丈夫!他の魔物はいないしアイリスさんの疑問にも後できちんと答えるから、いまはしゅっぱーーーーつ!!」


 そう答えるミナト。突然テンションの上がったミナトたちの一行に呆然としているゴウバル達の脇をすり抜けるようにして第二層への移動を開始する。


 そしてシャーロットを先頭にして四人を先に行かせるミナト。自身は最後尾に残り先行するシャーロットたち四人との距離をとる。そうしてミナトは振り返った。その全身からふわりと魔力が湧き上がる。魔力による威圧だ。ミナトほどの使い手になるとその威圧は魔力を持たない者にも強力に作用する。どう考えてもF級冒険者が発する威圧ではない。ゴウバルは自身に向けられたその圧力に震え上がり、冒険者達は竦み上がって声も出ない。


「次に邪魔をしたらお前らの命は保証できない。分かったな?」


 そう言い残して踵を返す。背後で何人か気絶したようだがそんなことは気しない。ミナトはシャーロットたちを追いかけるのだった。

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