第214話 面倒そうな相手

 グランヴェスタ共和国の首都ヴェスタニアから見える秋の夕日は西の山々へと沈みかけている。そんな時刻、ヴェスタニアにある冒険者ギルドはなかなかの喧騒に包まれる。依頼達成の報告に来る者、狩った素材を換金する者、初めての受けた依頼なのか薬草の束を持っている少年、依頼が達成できなかったのか一様に悔し気な表情を浮かべるパーティ、ギルドに併設されている酒場で今日の活躍を労い明日への英気を養う者達、そんな様々な境遇の冒険者達によって形作られた喧騒がしばらく続くのだ。


 そんな冒険者ギルドの入り口付近。二日後の待ち合わせ場所となる工房の場所を教えるためミナトたち一行を先導する形で冒険者ギルドを出たアイリスは二人の男に呼び止められる。ドワーフと人族でどちらもアイリスと同世代か少し上と思えるくらいには若い。


「アイリスさんが冒険者ギルドにいるということは依頼の件ですか?」


 と言ってくるのはドワーフの男。ドワーフには気風のよい豪快な職人が多いと思っていたミナトだがこの男の言葉遣いは妙に丁寧だ。そしてその丁寧な言葉遣いに付随してくるニヤついた表情が気に入らないミナト。


「ゴウバルさん。アイリスさんも大変なのでしょう……」


 顔に張り付けたような笑顔でそんなことを言っているのが人族の若い男。どうやらドワーフの若者はゴウバルというらしいが、この人族の男にしても言葉遣いは丁寧だがその慇懃無礼な態度がどうにも好きになれないミナトである。


『こいつらがアイリスさんの邪魔をしたっていう連中かな?』


 ミナトはそんな念話をシャーロットたちに飛ばしてみる。


『大きなグループを作ったって言っていたからそのメンバーなのかもしれないわね?』


 シャーロットがミナトの予想を肯定するかのような念話で応える。


『こ奴らの態度……、ニヤついているが何が面白いのか……』


『ん~。ちょっとイヤ……』


 デボラとミオはミナトと同じ印象を受けたらしい。不快感が念話からも伝わってくる。


「ゴウバルさん、オレオンさん。いつもお世話になっています」


 ペコリと頭を下げてアイリスが挨拶する。人族の男はオレオンというらしかった。


「先日の私の提案についてはご検討頂けましたか?」


 アイリスの背後にはミナトたちがいるのだがそれを無視してゴウバルなる若者がアイリスに問いかける。


「えっと……、あの件に関しては……」


 アイリスが何かを言いかけるが、


「こんな条件の良い提案はないですよ?我々のグループにアイリスさんが加わればこの大会で他に敵はいないでしょう。もちろん作品は我々の方針に沿って頂く必要はありますがね。そしてこれを機会として私の実家の工房と業務提携を結んで頂ければ将来的にも安泰というものです」


 彼女の言葉を待たずに持論をぶち上げるゴウバル。かなり傲慢な物言いだった。


「ゴウバルさん!アイリスさんのお話も聞かなくてはいけませんよ?ご検討頂けましたかアイリスさん?ゴウバルさんの工房と提携すれば私の家で経営している商会からも資金の援助ができますよ?お父様がご病気になられて資金繰りが苦しいと伺っております。このような素晴らしい機会を逃すのは愚かというものだと思うのですが……」


 芝居がかった様子でオレオンもそんなことを言ってくる。こちらはその慇懃無礼な態度がイヤらしい。


『職人の息子に商会の息子って感じかな……?大体分かってきた……』


 念話を通してミナトが呟く。


『ミナト?』


 シャーロットがその呟きに反応する。


『確か親父さんが病気になったことでアイリスさんの大会への対応が遅れたってグドーバルさんが言っていたよね……。親父さんが病気になったことで実家の工房は注文が捌ききれなくなってきてるんじゃないかな?多分、資金繰りにも影響が出始めているくらいに……。この連中はそこに付け込んで才能のあるアイリスさんを狙った。この大会で優秀な成績を修めれば国のバックアップが得られるって聞いたしね。アイリスさんにそれをさせないようにしているとしか思えないな……』


『……クズね……』


 シャーロットがそう断定する。その念話は世界が凍り付きそうなほどの迫力がこもっていた。


『うむ。いつの時代もこのような輩はいるものだが……。全くもって不愉快だ……』


 シャーロットの言葉にデボラが同意の意思を示した。


『ん?滅ぼす?』


 何故かミオの台詞がちょっと飛躍して物騒になっている。


『こいつらは冒険者じゃないしおれ達に絡んできたわけでもないから、今ここでこっちが何かするとアイリスさんの立場を悪くしかねない。ここは……』


 ミオを宥めつつそう念話を飛ばし、


「アイリスさん。これからのこともあるのでそろそろ行きませんか?」


 ゴウバルとオレオンの存在を全く気にしない調子でアイリスの背後からそう声をかけた。


「ミ、ミナトさん……。そうですね……。ゴウバルさん、オレオンさん、私はこの方たちを工房までご案内しなくてはいけないので今日のところは失礼させて頂きます」


 頭を下げるアイリス。そんなアイリスの様子にあからさまに表情を歪めるゴウバル。オレオンとやらはそこは商会の息子だからなのか表情を変えてはいない。


「あ、あなたは……?」


 こみ上げる不快感を押し殺すようにしてようやく認識したであろうミナトへと問いかけるゴウバル。


「私ですか?私はミナト。アイリスさんの依頼を受けた冒険者ですよ?」


 しれっとそう答えるミナト。ゴウバルの表情に不快と怒りの感情が現れる。それをしっかりと認識するミナトであった。

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