第197話 ハリケーン完成

 ホビットの薬草店で購入したホワイトミントリキュールを【収納魔法】の収納レポノで異空間に放り込んだミナトは満面の笑顔で宿泊先の宿へと帰還する。


「お帰りなさい!ミナト!何か良い物が買えた?」


 そう言いながら寄ってきたのはシャーロット一人。どうやら他の面々はまだベッドの中にいるようだ。


「ああ。今日の遅い朝食に期待しててほしいな……」


 そう答えるミナトだが、


『奇麗だ……』


 心の中でそう呟いてしまう。寝起きのシャーロットは、黒の下着に透けて肌の色合いが分かってしまいそうな薄く細かいレース地の上着を纏っているだけである。ブラは付けていないようだ。スレンダーと表現されるその透き通った肌感の肢体は美しいの一言である。実に目のやり場に困る状態だ。


 少しの間、無言になりまじまじと見てしまうミナト。


「?」


 シャーロットはミナトの様子に首を傾げてみせる。その仕草もまた魅力的であるのは言うまでもない。


「じゃ、じゃあ!ご飯作ってくる。出来る頃にはみんなも起きてくるだろうから……」


 我に返ったミナトは慌てるかのようにキッチンへと移動する。


「別に見たければ好きなだけ見ればいいのに……」


 背後からのシャーロットの呟きは聞こえないことにした。


「さ!料理料理!」


 ミナトは【収納魔法】の収納レポノで異空間から焼く直前の状態でキチンと薄い丸型になっているマフィンの生地を取り出す。これは王都にいるときに余分に作ってストックしていたものだ。オーブンを予熱して焼く準備を整える。


 そしてバター、ベーコン、卵、レモン、塩、胡椒、王都で見つけたカイエンペッパーとビネガーを用意する。


 オーブンにマフィンの生地を投入しつつ、鍋に入れたバターを火にかけよく溶かす。数分間そのままにして上澄みの澄ましバターを作り出しす。


 それとは別に小さめの鍋に卵黄とレモン汁を投入しそれを泡立てるべく右手に魔力を集める。この世界には泡だて器なる物がまだないが【闇魔法】の悪夢の監獄ナイトメアジェイルを使い電動泡だて器さながらの勢いで回転する細い漆黒の鎖が卵黄とレモン汁の混合物を勢いよく泡立てる。


 混合物がふわふわになってきたのを見計らい少しずつ澄ましバターを投入する。固くなってきたのを感じたので少量の水を加え残りのバターを追加する。塩、胡椒、これまたマルシェで見つけたカイエンペッパー、そしてレモン汁を投入しよく混ぜ合わせると濃厚で絹のようになめらかに乳化したソースが完成した。


「オランデーズソースの完成だ!」


 そうして次の工程へと取り掛かる。


 鍋に水、塩、ビネガーを投入して加熱する。またまた【闇魔法】の悪夢の監獄ナイトメアジェイルを使用して鍋にゆっくりと動く渦を作り出す。小さな容器に一つずつ割った十個の生卵を順に鍋へと投入しポーチドエッグを作成する。


「ふふ…。完璧だ…」


 不敵な笑みと呟きを漏らすミナト。ベーコンを焼くのも忘れない。ベーコンが焼き上がった絶妙なタイミングでマフィンが焼き上がる。


 そこで起きてきたデボラ、ミオ、オリヴィアがシャーロットと共にキッチンへと現れた。


「おはよう!マスター!とてもよい香りがしてきたので起きてしまったぞ?」


「ん!マスターおはよう!そしてごはん!楽しみ!」


「ミナト様、おはようございます」


 そんな三人に『おはよう!』と返しつつ、ミナトは料理を続ける。


「エッグベネディクトね……、あの日以来だから楽しみだわ!」


 シャーロットもそんなことを言ってくれる。


 焼きたてのマフィンを二つに割って両面をフライパンで軽く焼きあげる。これで準備は整った。あとはそんな二つに割ったマフィンを皿へと並べ。いい具合に焼き上げたベーコン、ポーチドエッグ二つを順に盛り、上からたっぷりとオランデーズソースを回しかけ、仕上げに胡椒を少々……。それを五人前用意すればよい。


 そこまで用意したミナトは異空間から白いボトルを取り出した。


「ミナト?それは何?」


 シャーロットが問いかける。


「これはホビットの薬草店で買ってきたミントのお酒で、ホビットの秘伝で色を透明に調節したものなんだ」


 ミナトの説明にシャーロットが興味を示す。


「そういえばホビットの技術にそんなのがあったわね。確か果汁に少し入れて飲む……、だったかしら?」


「それか紅茶に入れるってのが主な使い方みたい。そしてこれはおれのいた世界でホワイトミントリキュールって言っていたものと同じなんだ。これを使ったカクテルがあってね。エッグベネディクトを食べる前の食前酒として今日はそれをみんなに飲んでほしい!」


 ミナトのその言葉に全員が笑顔で反応する。


「おお!ミントか……、それを使ったカクテルはどのような味になるのか実に興味深いな!」


「ん!楽しみが増えた!」


「私も頂いてみたいです」


 ミナトは笑顔で応えつつ、


「これはおれのいた世界のアメリカっていう国にあるニューオリンズって街の定番の組み合わせなんだ。ニューオリンズの有名なレストランのブランチ……、遅めの朝食のことだけどそこでアイオープナー……、目覚まし代わりというか、食前酒というか、そういったニュアンスでこのカクテルは飲まれることがある。そしてその後にエッグベネディクトを食べる。これがあの街の王道な朝食だと思う」


 日本人にとってはなかなか強烈なアイオープナーだがアメリカ人は好きらしい。当然、ミナトも大好きである。


 そんな説明をしつつ、ミナトは燻り酒ことウイスキーとジンのボトルを取り出す。このカクテルはウイスキーとの指定はあるがスコッチなのかバーボンなのかといったことが決められていない。生み出された街であるニューオリンズに由来するならバーボンなのだが、残念ながらバーボンはまだ手に入れていないミナト。ここはスコッチに近い燻り酒を使うことにした。


 それにホワイトミントリキュールの白いボトル。そしてレモン果汁を用意した。


 カクテルグラス五つをシャーロットに冷たくしてもらいつつ、シェイカーとジガーとも呼ばれるメジャーカップを用意する。基本的なレシピはウイスキー、ジン、ホワイトミントリキュール、レモン果汁を全て同量で十五mL使うのだが、ここはミナトの好みが出て、ホワイトミントリキュールとレモンが減って、ジンとウイスキーが少し多めになる。


 材料をシェイカーへと注ぎ、シャーロットからシェイク用の氷を水魔法で作ってもらいシェイカーに入れストレーナーとトップを被せる。流れるような所作で構えると素早くシェイク。しっかり混ぜ合わせつつ適温まで冷やす。


 相変わらずその所作は美しい。


 シェイクが終りシェイカーからトップを外すと出来上がったカクテルをカクテルグラスへと静かに注ぐ。それを四杯分。


「ハリケーンと言います。どうぞ!」


 そう言ってミナトは静かにグラスをシャーロットたちへと差し出すのであった。

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