第196話 ホビットの薬草店(ホワイトミントリキュール)
「ふぅ……、もう少しあのベッドでゴロゴロしていてもよかったんだけど……」
朝日とは言えないくらい高い位置から降り注ぐ陽光を浴びながらそう呟くミナト。完全に目覚めているグトラの街は既に活気に包まれていた。
現在、ミナトは遅い朝食、もう昼食かもしれないがその食事のため使える食材を探して市場を探しで歩いている。ミオからのリクエストでエッグベネディクトを作ることは決定なのだが、せっかく異国の街に滞在しているので新たな食材を探してみたかったのだ。
今頃、宿のベッドでは美人のエルフと人の姿となっている美しいレッドドラゴンと可愛らしいブルードラゴンが大きな真っ白のオオカミのお腹のモフモフに包まれて眠っているだろう。居心地が最高であるベッドから気合と根性で抜け出してきたミナトである。
『さて市場は……』
少し歩くとすぐに多くの屋台型の店舗が居並ぶ区画に到着する。朝市といえばいいのだろうか、王都のそれよりは規模が小さいとは思うが活気では負けていない。多くの住民が買い物をしているようだ。
肉、野菜、香辛料、乳製品らしいもの、食材を扱う店が多い。内陸だからだろうか魚を扱っている店は見当たらなかった。そこに雑貨のようなものを売る店が混じっている形だ。
『エッグベネディクトの材料は揃っているから、付け合わせのサラダの材料を探そうかな……?』
心の中でそう呟きつつ店を見て回るミナト。ジャガイモ、ニンジン、ゴボウっぽい野菜に見たこともない野菜を扱っている店の次……、ふと視線を落とすと何やら液体の入った白い瓶が売られている。視線を上げるとハーブによく似た様々な植物が生や乾燥状態で吊るされ売られていた。
「ハーブ屋さん?」
思わず首を傾げてしまうミナト。
「いらっしゃい!」
その言葉と共に現れたのが小柄な老人……、ではなかった。ドワーフよりも小柄な体に長い鉤鼻、飛び出した耳。皮膚は皺だらけだが、肩の肉は盛り上がり胸板も厚い。それに対して足は短く縮こまっていた。その足で履いている大きな靴が不格好で目立っている。そして人のものではない独特の魔力を感じる。ミナトは初めて会ったがシャーロットからその種族のことは聞いていた。
「ホビット……?」
思わず呟きが漏れた。
「うん?ホビットを見るのは初めてかい?」
くりくりとよく動く目がミナトを見据える。
「すいません。ルガリア王国から来たのですがあちらではあまり……」
「そらそうだろう。うちらの多くはグランヴェスタ共和国とそこから西の地方にいるからね。それでお客さんなのかい?」
そう言われたミナトは、
「こちらはハーブ屋さんですか?」
そう聞いてみる。
「いやいや、ハーブの類も扱っちゃいるがうちの専門は薬草さ。だからうちは薬草店だよ」
そう聞いて王都にもそういった店があったことを思い出すミナト。薬草はそのまま使う用途の他にポーションの原料となる。回復魔法の使い手がいない(それが普通ではあるが)冒険者パーティやポーションを作成する錬金術師が薬草を買い求めるとミナトは聞いている。怪我を殆ど負わず、シャーロットやミオという卓越した回復魔法の使い手が傍らに控えるミナトにはあまり縁がない店であった。
つまりはこの吊るされている植物はハーブもあるが大半は薬草の
「あの?この瓶に入った液体は何でしょうか?ポーション?」
そう言ってミナトは先刻気になった白い瓶を手に取る。
「ああ、そいつはミントの酒だな。この辺りではミントは薬草の部類になる。そのミントをウオッカに漬けて置いたものさ」
その言葉にミナトは反応する。
「お酒……?使い方は果汁で割るとかですか?」
「そうだね。柑橘系の果汁で割って飲むのはいい飲み方さ。あとは紅茶かな?少したらすといい風味が付くんだよ。ちなみにこいつは透明に造った特別製ってやつさ。普通に造ると酒に色がついてしまうものだがホビットの技ってやつで透明に仕上げている。何に入れても色で邪魔することなくミントの香りをつけてくれるって感じかな」
「味見ってできたりします?」
店主の説明を聞くなりミナトはそう問いかける。このお酒にも心当たりがあった。もしこれがミナトの知っているお酒と同じものであったなら……。
「できるよ。こいつでやってくれ……」
その言葉と共にどこから取り出したものか手渡されたものは透明の液体が入った小さな小瓶だった。これはミナトも見たことがある。
『オレンジ・ビターズに出会った時、ウッドヴィル家に伝わる気付けの小瓶と同じ構造……』
使い方は知っていたのでミナトは蓋を開けると数滴を口へと放り込んだ。そうしてカッと目を開く。
「お客さん。その使い方を知っているってことはお貴族とも付き合いのあるひとかどの冒険者ってところかい?」
「これ売ってください!」
ホビットである店主の話をスルーしてそう言ったミナトが凄い気迫と共に詰め寄る。幸いにも【闇魔法】の魔力は漏れなかったらしい。もし漏れていたら魔力を感知できるこの店主は卒倒していたことだろう。
「おお……、売ることは問題ないが……、ちょ、ちょっと落ち着いてくれ!何本いるんだい?」
「もし買ってもいいなら全部!」
その言葉に店主が目を白黒させる。ミナトとしては希望が通るのであればこれは全て購入したい。
『この世界にペパーミントがあるかは分からないけど、これはホワイトミントリキュールだ。この香り…、そして同じ味がする。今日の朝食はエッグベネディクト……、ホワイトミントリキュールがあるとなれば食前酒はこれを使ったあのカクテル!まさにニューオリンズの味!これにしよう!君に決めた!』
居心地が最高であるベッドを抜け出し食材の買い出しに来た自身の判断にとてもとても満足するミナトであった。
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