第187話 美味なる牡蠣は南部の味

 ミナトたちの前には大皿に盛られた生牡蠣と小皿に取られた赤いソース。その傍らにはカットされたレモンがある。


「生牡蠣はレモンで食べる者だと思っていたけど……、この赤いソースは何かしら?」


「我もレモン以外を使ったことがないな……」


「ん。初めての経験!」


 不思議そうにしている三人の美女。ミナトは少しだけ赤いソースを味見してみることにした。


「!」


 予想通りそれはミナトの知っている味がした。


「トマト風味、酸味、ピリ辛……。たぶんトマトケチャップとホースラディッシュの味……。これはもうアメリア版カクテルソースだ!」


 興奮気味にミナトが話す。


「ミナト?この料理を知っているの?」


「マスターの居た世界の料理に近いのか?」


「ん?」


 三人がそう言ってくる。


「ああ。この食べ方はおれのいた世界にあるアメリカって国の南部にあるニューオリンズって街の食べ方にそっくりだよ」


 ミナトの言葉にシャーロットとデボラが反応する。


「確かこの前作ってくれたベイクドアップルとエッグベネディクトもニューオリンズって街の料理じゃなかった?」


「あの料理は見事だった。たしかニューオリンズにある大きなレストランの伝統的なレシピだったか?」


 二人に向かってミナトが頷く。


「あの街は美味しい料理が有名な街だからね。そこにある別のレストランでこんな感じで生牡蠣を食べたんだ。エールにも合う筈だよ」


 ミナトの説明にシャーロットとデボラが嬉しそうにする。しかし、


「ん!ボクの知らない料理を二人は食べたことがある。ズルい!」


 ミオがジト目でそう言ってきた。ミナトは王都に帰ったらベイクドアップルとエッグベネディクトを作ることをミオと約束するのであった。


 そうして気を取り直し皆で生牡蠣を食べることにする。先ずはミナトが代表して食べ方を披露する。


 ピリ辛の赤いソースをころんと丸い大ぶりな生牡蠣へと落とし、レモンをチーッと絞ってツルンと一口で食べる。生臭みなど全く感じない。新鮮な牡蠣の純粋な旨味とほんのりした甘味がピリ辛なソースによってグッと引き立てられる。そうして生牡蠣を味わったところに程よく冷えた琥珀色のアンバーエールを流し込む。


まい……」


 感動してそう呟いてしまうミナト。とても美味しそうに食べているミナトの様子を確認した三人も同じ手順で生牡蠣を口へと運び、味わってからエールを飲む。


「これは……。美味しい……。素晴らしい相性だわ!」


「うーん。これはたまらないな!エールが飲めてしまう!」


「ん!美味!」


 生牡蠣にはレモンと白ワイン。それは一つの真実ではあると思われる。だがピリ辛のカクテルソースを垂らした生牡蠣は何よりもビールに合う。全員が、エールを飲む、生牡蠣を食べる、エールを飲む、生牡蠣を食べる、エールを飲む、生牡蠣を食べる、といった具合となり一晩中食べていられるような勢いで食べ進める。


「すいません!エールのお代わりを!」


「私も頂くわ!」


「我も頂こう!」


「ん!ボクもお願い!」


 ミナトたちの様子にニコニコ顔のおばちゃんが追加のエールを運んでくれる。追加のエールを頼みつつ盛んに飲み食いをしていると生牡蠣はあっという間に消えてしまった。


「ふぅ。もう一皿料理はあるって話だったけど、生牡蠣ももっと食べたい気がする」


「その気持ちよく分かるわミナト!」


 ミナトの言葉にシャーロットが同意を示す。


「どうしよう……、もうすぐ次の料理が来るはずだから、それを食べた後にまだ余裕があれば追加で生牡蠣を頼もうか?」


「それでいいと思うわ!」


「我もその案に賛成だ!」


「ん。賛成!」


 シャーロットたちもこの生牡蠣の食べ方を大いに気に入ってくれたらしい。これは王都に帰ってからもこの食べ方が出来るようにしたいとミナトは決意した。


「はい!おまちどおさま!うちとしてはこっちの料理にはワインを進めているけど、どうする?」


 そんな台詞と共におばちゃんがもう一つの大皿を運んできた。そこには、


「この料理にここで出会うとはね……」


 心底驚いたミナトは思わずそう呟く。目の前に登場したのはアメリカ南部の街、食の都ニューオリンズを代表する牡蠣料理。刻んだほうれん草をバターや生クリームのソースてくてくてに煮たもの……、クリームスピナッチと呼ばれて一品料理にもなるそれを牡蠣の身にまぶして表面をこんがりとオーブン焼きにした料理。恐らくアメリカワインと最も相性の良い牡蠣料理。その名は、


「オイスターズロックフェラー……」


 ミナトは料理の名前を呟いた。それを聞いたドワーフのおばちゃんが首を傾げる。


「おいすたー……、なんだって?あたしたちは単にオーブン焼きって呼んでるよ?」


「あはは……」


 ミナトはおばちゃんに曖昧な笑顔で答え、三人に向き直る。


「みんな!エールも美味かったけど、これはワインだ。白ワインもいいけどここは赤ワインでいいと思う。この料理は赤ワインも合うんだ」


「分かったわ!ワインで食べましょう!」


「マスターがそう言うのであれば試さずにはいられないな!」


「ん!また初体験!」


 真剣な表情でそう語るミナトに全員が賛同したので、


「すいません。この料理に合う赤ワインがあれば頂けますか?」


 そうオーダーするとドワーフのおばちゃんが、


「あいよ!」


 との言葉と共に笑顔でグラスと一緒に赤ワインのボトルを持ってきてくれた。


「この料理に赤ワインを頼むなんて、あんたツウだね?」


 そんな言葉を残して店の奥へと消えていく。ミナトは見事な所作で素早く抜栓すると皆のグラスの赤ワインを注ぐ。


「さ、温かいうちに食べよう!」


 ミナトの言葉を皮切りに全員がオイスターズロックフェラーを口へと運ぶ。それはミナトがかつてニューオリンズで食べたものと同じ味がするのであった。

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