第104話 互いの自己紹介から始めよう

 ティーニュというA級の女性冒険者と共にミナト達一行は冒険者ギルドの会議室へと場所を移す。他の冒険者達はここで解散ということになったらしい。そうやら模擬戦に参加したということで少なくない手間賃が公爵家から払われたらしく、他の冒険者達はほくほく顔で帰ったとか…。


「さてと…。先ずは各自の自己紹介から始めようか…。ティーニュ殿は我々のことを知っているとは思うが、改めてということでお願いする。私の名はライナルト=ウッドヴィル。ミルドガルム公爵ウッドヴィル家の当主を務めている。こちらに控えているのは我が父であり先代当主であるモーリアン=ウッドヴィルと長女であるミリム=ウッドヴィルだ」


 通常であれば貴族が冒険者に頭を下げることはない筈なのだが、ミリムに関しては公爵家の継承権を放棄して研究者をしているからか一礼した。


「そして君たちと模擬戦の相手となってもらった我が家の騎士達だ」


 そう紹介された騎士たちは右手を心臓の位置へと当て騎士の礼を取る。その中心にはカーラ=ベオーザがいた。


「では君たちの番だ。ティーニュ殿からお願いする」


 どうも相手がA級冒険者となると貴族も遠慮がちになるらしい…、なんてことをミナトは考えている。椅子に座っていたティーニュが立ち上がる。修道女風の装いにフードを目深に被っているためその表情は窺い知れない。


わたくしはティーニュと申します。北方のとある協会に所属しておりまして、女神様の教えを広める旅の修行としまして冒険者をさせて頂いています。旅の道中で女神様からのお導きによりA級という分不相応な階級を得るに至りました。よろしくお願いしますわ」


 そう言って椅子へと腰を下ろす。


「宜しくお願いします」

「よろしくね」

「うむ。よろしく頼む」


 ミナトは丁寧な言葉で挨拶するが、シャーロットとデボラはフランクである。ミリムやモーリアンと出会った時も同様であったがこれは仕方がない。シャーロットやデボラにとってA級冒険者など…、いやミナト以外の人族や亜人に気を遣う…、ましてやへりくだる必要など微塵も感じていないのだ。その様子に騎士たちから敵意を含んだ視線を送られているが歯牙にもかけていない。


「ティーニュ殿には以前我が家の依頼を受けて頂いたことがあり、今回の依頼に最も必要となる戦闘能力を有しているということで声をかけさせて頂いた。その実力に関しては模擬戦を見ていたものには説明は不要だろう」


 ライナルトがそのように言葉を付け足す。そして次は自分の番だという空気を感じてミナトが立つ。


「ミナトと申します。王都でF級冒険者をしています。よろしくお願いします」


 そう言って腰を下ろす。随分と簡単な挨拶になってしまったが冒険者としては他に言うことがないため仕方がない。


「ミナトとパーティを組んでいるシャーロットよ…。あ、ちなみにF級冒険者ね」

「同じくデボラと申す」


 二人の挨拶も簡単なものである。普通のF級冒険者は公爵家の当主相手にここまで落ち着いた態度はとれない筈だ。騎士たちの視線がより一層きつくなるが二人はやっぱり気にしていない。ミナトも全然気にならなかった。きっと【保有スキル】泰然自若が今日も絶好調なのだろう。


「ミナトか…。ミリムから話しは聞いている。俄かに信じられないことであるが…、ミリムが徹底した現実家であることは父の私が一番よく理解しているのでな…」


 そう言ってライナルトはティーニュに向き直った。


「ティーニュ殿、この三人は最大級のジャイアントディアー五体を瞬殺する実力を持っていると報告されています。真偽は不明ですが、その話をミリムと我が父モーリアンから聞き、彼らの熱心な推薦があったから今日の模擬戦に来てもらったのですが…。正直なところ私は彼が我が家の騎士に勝つとは予想していませんでした…」


 そんなことを言う。


『やっぱり公爵としてはティーニュさんだけを合法的に選べればよかったんだ…。なんだかな~…』

『いいじゃない?ミリム達を護れればそれでいいのだから!』

『騎士がどう思おうが我らには関係ないことであるからな!』


 出来レースに放り込まれたことに若干釈然としないものを感じるミナトだが、シャーロットとデボラは当初の目的が果たせるなら問題ないと念話で言ってくる。


『二人の言う通りだ…。この会議室に辿り着けたことでよかったとしよう…』


 前向きに捉えることにするミナト。


「ジャイアントディアー五体の討伐というのは俄かに信じられることではありませんが、わたくしは彼が何らかの魔法を行使したことには気が付いていました。魔法が使える方は少数ですし、そして騎士に勝利したのは事実です。なかなかの実力を持っておられる方々だと考えますわ。戦力が増えるのでしたら喜ぶべきことかと思いますが…?」


 ライナルトにそう返すティーニュ。ミナトは傍らの二人の雰囲気が一変したことに気付く。全身から冷汗が滲むのを自覚した。


『ジャイアントディアーの件は…、まあ許すとしても…、私が実力…。ふふ…、ふ…、水魔法レベルが三程度で私を見くびるとはいい度胸しているわ…。そこまで言うなら実力を見せてあげましょうか…。魂に消えない恐怖を刻み込むがごとく…』

『あの程度の水魔法使いに我の実力をという表現で評されるとは…。これは実力の証明に真の業火でその五体を消し炭にすることで実体験としてもらうべきか…?』


 無表情のままとんでもない念話が聞こえてくる。だが二人とも微塵も魔力を漏らしたりはしない。


『お願いだから実力を証明するなんて言わないでね…』


『ふふふ…』

『ウフフ…』


 何か様子がおかしい…。今回はミナトが揶揄われて終わるようなテンションではないようで彼女たちからの不敵な念話の笑いが止まらない。ミナトの顔色が若干悪くなる。


「ふむ…。ティーニュ殿がそう判断されるのであれば…、うむ…、ミナトのパーティにも依頼を受けてもらうことにしよう。これから詳細を説明する。それを聞いてからティーニュ殿もミナト達パーティも依頼を受けるのか最終的な判断してほしい。もし辞退する場合は契約魔法で他言無用とさせてもらうのでそのつもりでな…」


 そうしてミルドガルム公爵ウッドヴィル家の当主であるライナルト=ウッドヴィルは依頼内容の詳細を説明するのであった。

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