第九話:想い出のアルバム
「あ、もしかして……」
「うん。
諒が少し困った顔で頭を掻きつつ、テーブルにアルバムを置くと。
「ううん。わざわざありがとう」
萌絵も少し申し訳無さそうな顔で頭を下げた。
元々諒の使っていたカメラはデジタルカメラ。
そのためデータをそのままメモリーに入れて萌絵に渡せば良いと思っていたのだが。
「実は私の家、パソコンとかないし、家族皆そういうの苦手で……」
と、彼女が困った顔をしたため、印刷して渡す約束をしていたのだが。椿との再会などもあり、気づけばしっかりそれを忘れてしまっていたのだ。
「えっと、見てもいいかな?」
「うん。いいよ」
「やった!」
嬉しそうにアルバムを自分の前に置いた萌絵は、ゆっくりとページを開いた。
そこに並んだ写真プリントで印刷された、思った以上に綺麗な写真の数々に、萌絵は改めて驚き、感心した。
それはあの日の想い出を蘇らせるのに充分なほど、しっかりとそこに収まっていた。
しかも撮影された構図はどれも素敵なもの。
「諒君ってやっぱり凄いね」
「え?」
「だって、どの写真も凄くしっかり構図考えられてて、凄く綺麗だもん」
「そうかな? あんまりそういうの分からなくって」
褒められて困った諒が照れを隠すように頭を掻くのを見て、萌絵も釣られてはにかむ。
──諒君、もっと自信持ってもいいと思うんだけどな。
ボウリングにしても、写真にしても、素人である彼女が見ても分かるほど、本当に素晴らしい技を持っている。
それなのに、その技術を鼻にかける事もせず、何処か謙遜する彼の姿は、優しい彼らしさがあると同時に、何処か勿体ない気持ちにもさせる。
ただ、自分もそんな事を口にできるほどの人間でもないとも感じ、結局それは言葉にしなかった。
更に何ページかめくっていくと、鏡桜の前に立つ自分の写真。そしてあの時別のカップルに撮影してもらった、二人で並んだ写真が目に入る。
できる限り自然に笑おうとしていたはずだし、出来上がったときの画像でもそこまで気にならなかったのだが。
一人の時以上に、二人で並んでいる写真には、互いに緊張による硬さがはっきりと写っている。
「萌絵さんって、この時緊張してた?」
諒がその写真を指差し尋ねると、
「そりゃ、諒君と二人っきりの写真だし……」
と、少し恥じらうように笑う。
「やっぱり。俺もそうだったから、何かぎこちないよね」
「確かにね。でも仕方ないと思うよ。諒君って
「そうなんだよね。だから柄にもなく緊張しちゃってさ。でも、こうやって見てもやっぱり、萌絵さんって華があるよね」
「え? そうかな?」
「うん。高校入って男子がよく可愛いって口にしてたの耳にしてたけど、こうやって見ても、そりゃ人気でるよなって思うし」
彼なりに本音をそう語った後、ふっと彼女に目をやると。
「……もう。諒君って、酷いな」
萌絵は顔を真っ赤に染めながら、少し拗ねた顔をしていた。
「私は諒君に可愛いって言ってもらいたくて頑張ったのに、ちょっと他人事みたい……」
「え? あ……」
確かに。
まるで他の生徒がそう関心を持って褒めているように語るものの、そこには彼自身が惹かれたっていう話はされていない。
それがちょっと癪に障ったのだ。
「あ、えっと。ごめん。あの、その。俺だって、ちゃんと萌絵さんを可愛いって思ってるから。じゃなかったら、告白された次の日のファミレスとか、あんなに緊張しなかったし……」
顔を真っ赤にし慌てて弁解する諒。
それもまた彼の本音だったが、その言葉は彼女の表情を強い恥じらいに染める。
──ファ、ファミレスの時って……。
今思い返してみると。
彼と話せるだけでドキドキし。
彼の想いを聞いて泣きそうになり。
彼が友達にならないかと言われて嬉し泣きし。
彼の名前を呼ぶのすら必死になった。
それは萌絵にとって、充分に恥ずかしい想い出であり。
だけど諒が自分が可愛いから緊張してくれたと言ってくれた嬉しさもある。
「そ、それだったらいいの。あの、なんかごめんなさい」
「う、ううん。こっちこそ」
互いに気恥ずかしくなり視線を逸し、飲み物を口にすると。
恥ずかしさを誤魔化すように萌絵は次のページを開いたのだが。そこには更なる恥ずかしさが待っていた。
「りょ、諒君!? これ何時の間に撮ったの!?」
そこにあった一枚の写真。
それは彼女が諒の膝枕で心地よさそうに寝ている寝顔だった。
彼はそれを見ると、少しバツが悪そうな顔で頭を下げる。
「あの……ごめん。寝顔が可愛くって、思わず……」
「嘘……」
「ほ、本当だよ。最初はアルバムから外しておこうかって思ったんだけど、その……。撮ったのを隠してるのは、何かちょっと悪いかなって思って……」
顔を真っ赤にし互いに俯く二人は、暫く互いに何も言えなくなる。
──萌絵さん、気分悪くしたかな……。
「あ、あのさ──」
「ごめんなさい!」
「……え?」
彼が思わずまた謝ろうとしたのを遮り、先に勢いよく頭を下げたのは萌絵だった。
思わず首を傾げた諒に、彼女はポケットからスマートフォンを出すと、アルバムから一枚の写真をおずおずと見せてくる。
そこにあったのは……諒が旅館のベッドで心地よさそうに寝ていた時の寝顔だった。
「あの……私も……こっそり撮ってたの」
「え? あ……」
──そういえば……。
あの朝をふっと思い返すと、起きた時に萌絵が自分を覗き込んでいたシーンが思い出される。
「もしかして、あの朝……」
「う、うん。だって……諒君の寝顔なんて、もう見れないかもって思って、その、ね……」
困ったように、上目遣いに見つめてくる萌絵。
それを見て、諒はふっと笑った。
「萌絵さん。その写真なんだけどさ」
「……うん。やっぱり、消したほうが良いよね?」
「ううん。大事にして欲しいかな」
「え?」
予想外の言葉に、思わず萌絵がはっとすると、彼は笑顔のまま頷く。
「きっと、こういうのも想い出だと思うしさ」
「諒君……」
彼の思いやりのある言葉に、萌絵の胸が熱くなる。
──やっぱり、諒君って優しい……。
心地よい優しさに、彼女も頬を緩めると。
「……うん。そうだね。大事にするね」
そう言って、幸せそうに笑って見せたのだった。
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