幕間:安心感
その日の夜。
無事家に着いた諒と
洗面台で髪の毛を乾かした後。
しっかりと寝る前の歯磨きをしながら、諒はどこかぼんやりしながら、鏡に映った自分を見る。
既にパジャマ姿。
ある意味見慣れなかった昼間の姿と違い、普段通りの自分が立っている事に、内心ほっとするものの。
──やっぱり萌絵さんの家行く時は、今日みたいな格好の方が良いのかな?
そんな悩みも抱えていた。
観覧車に乗っていた時に萌絵にお願いされたこと。
それはゴールデンウィーク中に、彼女の家で一緒に宿題をしたいという申し出だった。
勿論そこには、学生の本分である話もあったのだが。
──「お母さんがね。一度諒君に会ってみたいって聞かなくて……」
萌絵が困った顔でそんな事を口にされていた。
元々
彼女が何とも困った顔をしていたのもあり快諾したものの。最近こうやって出かけて誰かと会う機会が増えたことは、どちらかといえば服装にずぼらな自身を不安にさせていた。
今までならそれすらも気にしなかっただけに、成長とも言えるのだろうが。
とはいえ、この話は残念ながら、
というのも。
──「できれば
彼女にそう釘を釘を刺されていたからだ。
──まあ確かに、容易に想像つくよな……。
口を
二階に上がると、自分の部屋の扉が少し空いており、そこから明かりが漏れていることに気づいた。
風呂に入る時、自分で電気を消し、部屋を閉めて下りたのは覚えている。
「ん?」
思わず首を傾げた諒は、そのまま部屋の扉を開け、中を覗き込んだ。
煌々と点いた明かりに照らされし部屋は、荒らされたような形跡もなく、大きな変化は……あった。
ベッドの上。
掛け布団が盛り上がっている。
部屋を出る時に整えたはずの布団がそんな事になっているということは、そこに誰かがいる証。
「もしかして、
ふと忘れていたある事を思い出し、思わずそんな声を掛けると。
「お
布団の中で何かがもぞもぞと動いた後、掛け布団をずらし頭を出したのは、パジャマ姿の
布団に潜っていて熱かったのか。少し顔を赤くし不貞腐れ気味な顔を見せている。
──「お
ガイストハザードの一件で言われた一言が頭に過ぎり、
「ちょ!? お前、あれ本気かよ!?」
諒は思わず頭を抱えた。
「当たり前だよ! 私あの時本当に怖かったし……」
「でもあの後普通に楽しんでたろ?」
「あれは
少し気落ちする
「それだったらお前の部屋で横になっとけよ。寝つくまで一緒にいてやるし」
「やだ! 今日は絶対にお
必死の形相を見せ、頑なに譲ろうとしない妹の鬼気迫る雰囲気。
──相当、怖かったって事か……。
自分がいながら、入ることを止めることもできなかった。
そんな後悔からか、少し表情に影を落とす諒だったが、残念ながら
今の彼女の心は、抑えきれない衝動に駆られていた。
確かにガイストハザードは怖かった。
だが、それ以上に観覧車で彼と二人っきりの時間を過ごせなかった反動。
何より観覧車で諒が萌絵に見せた厚意が、
落ち着かない気持ちのままでは、寝るに寝られず。ガイストハザードでの一件で昔のことを思い出し、どうしても兄と一緒に寝たくなってしまっただけ。
とはいえ。
兄がちらりと見せた表情から、心を察するのも容易だった。
「あ、あのね。あの時はお
「あ、いや。でもお前が怖がりだって知ってて止めなかったし……」
「いいの! 私だって断らなかったもん。ただ、その分頑張ったから……その……ね?」
布団に横になったまま憂いを見せる
──お前だって年頃だろって、言っただろうに……。
思わずまたもそう苦言を呈したくなる。
年下の妹。だが、ちゃんと可愛くなったなと感じるだけのものは持っている。
そう。
だが、苦言を呈せばきっと気落ちさせるであろう事も分かっている。
だからこそ、その言葉を何とか呑み込むと、
「……まったく。今日だけだからな」
一度顔を背け、無意識に頬を掻いた。
「……ありがとう。お
彼女もしおらしさを感じる優しい口調でそう言うと、少しベッドの奥にずれる。
その動きに合わせ、大きくため息を
少しだけ薄暗い、暖かみのある色に包まれた室内で、向かい合い横になる
互いの顔が思ったより近い事に、流石に鼓動の高鳴りと共に緊張する諒。
「やっぱり、お
同じ状況だったものの、そんな空気を嫌ってか。少しふざけたように。しかし本音を込めて
「別に。ってか、怖い物に慣れろなんて言わないけどさ。お前だっていい歳なんだからな。少しは考えろよ?」
「別に子供でいいって言ったでしょ? あ。もしかしてお
「ふ、ふざけるなって! ったく……」
恥ずかしさからか。
思わず我慢していた言葉が口を衝くも、小悪魔っぽい笑顔であっさりそう返されては堪らない。
諒は思わずかっと顔を真っ赤にすると、思わず背中を向けた。
──ちゃんと、意識してくれてる……。
恥ずかしそうな兄を見て、
「お、おい!?」
驚きの声を上げた諒に。
「私言ったもん。今日はお
何処か幸せそうな声でそう口にする
「お前って奴は……。はぁ……。今日だけだからな」
背中に感じる妹のぬくもりと柔らかな感触にどぎまぎしながらも。耳にした声に普段通りの雰囲気を感じた諒は、ため息を漏らしながらも、それはそれでほっとする。
パジャマ越しに感じる互いの存在。
そこには緊張もあったはずなのだが。
やはり、遊園地で遊び疲れた反動もあったのだろうか。
はたまた、ぬくもりで感じる安心感からだろうか。
二人は気づけばあっさりと、どちらからともなくまどろみの世界に意識を溶かし。静かに寝息を立て始めた。
「……お
寝言で、
それは勿論、既に夢の中にいる諒には届かない。
だが。それでも二人は何処か幸せそうに、そのまま朝まで眠りにつくのだった。
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