第十話:油断は禁物

 あれから十五分程。

 諒と香純かすみは、研究施設一階のギミックである施設奥の配電盤をいじり、施設への電源供給を復活させると、そのまま受付へと戻って行った。


 空気の読めないような会話をしながらの移動は、薄暗さから感じる不気味さと縁遠くなり。

 兄を翻弄した妹は、既にかなり元気を取り戻していた。


「あ、諒君に妹ちゃん。お帰り~」

「諒様。香純かすみ様。お帰りなさいませ」


 目的地に到着すると、既にそこには元気そうな日向ひなたと椿が笑顔で待っていた。


「あ、やっぱり流石に怖かったか~」


 諒達がヘッドマウントディスプレイやヘッドホンを外しているのを見て、日向ひなたの顔に反省の色が浮かぶ。

 と同時に、香純かすみもまたその事実を思い出し、ちょっと情けない気持ちになったのだが。


「流石にちょっと怖くなっちゃって。香純かすみも付き合って外してくれたんだよね」


 先にそう自然と口にしたのは諒だった。


「諒様も怖いものは苦手なのですか?」

「うん。あまり得意じゃないんだよね。椿さんは凄く楽しみにしてたけど、どうだった?」

「はい。とてもすごい演出の数々で、興奮いたしました」


 その流れのまま笑顔で椿と会話を交わす兄を見て、目を丸くしていた香純かすみは、ふっと感謝の笑みを浮かべた。


  ──やっぱりおにい、お人好し過ぎだよ。


 そんな彼女の表情の変化に気づいた日向ひなたもまた、何かを察し思わず微笑む。


「妹ちゃんも優しいよね~。この兄あってこの妹ありって感じ?」

「おにいには勝てませんけどね。すぐお節介見せますから」

「あ~、分かる分かる。萌絵と一緒にいるって言ったのもそうだもんね~」

「ですよね。勿論、海原うなばら先輩の気遣いも凄いですけど」

「ほんとほんと? そういう時はもっと褒めていいよ?」


 上手いこと言ったよね、と言わんばかりの自慢げな顔でそうアピールする日向ひなたの姿に、諒や椿も思わず顔を見合わせるとクスクスと笑った。


  チーン


 と。

 その時、古めかしいベルの音と共に、二階用のエレベーターのドアが開くと、そこからあおいと萌絵が姿を現したのだが。


 日向ひなたと椿は彼等を見て、思わず「おお!」と声を上げた。


「ご、ごめんね、待たせちゃって。……どうしたの?」


 予想外の反応に、思わず首を傾げた萌絵だったが、二人の興奮は収まらない。


「これは本当に凄いですよね!」

「うん凄い凄い! こういう仕掛けになってるんだね~」

「もう! 凄いだけじゃ分からないでしょ?」


 じろじろと見られるのが恥ずかしかったのか。

 困った顔をした萌絵に、日向ひなたがにんまりする。


「あのね。二人共、幽霊取り憑いてるの」

「ええっ!?」


 その言葉に驚いてあおいと萌絵が顔を見合わせた。

 特に萌絵は、またも少し顔を青ざめさせている。


 実は彼女もまた、あまり怖いものは得意でなかったため、香純かすみと同じく要所要所で悲鳴をあげ、怖がっていたのだ。

 とはいえ。それでもあおいに飛びつかなかったのは、好きな相手のいる彼女なりの意地だったのだが。


「俺と香純かすみは大丈夫だったの?」

「はい。きっと最後に戻ってきた人が取り憑かれていた、という事なんでしょうね」

「へ~。そういう所も凝ってるんだね」


 椿の説明に、あおいも納得したような顔をするが、アトラクションとはいえ、幽霊が憑いていると言われては堪らない。


「ね? ね? も、もう出られるんだよね? 早く出よ?」

「まったくも~。萌絵はほんと怖がりなんだから」


 萌絵が思わず皆を急かすと、日向ひなたは呆れ笑いを見せた。


「私達のとこはカードキーがあったけど、そっちは?」

「僕達は制御コンソールでドアの開閉システムをオンにしたよ」

「こっちは配電盤いじってきた。これで日向ひなやさん達の取って来たカードをかざせば開くのかな?」

「多分ね。じゃあやってみよっか」


 日向ひなたあおい、諒の三人が互いの情報を交換した後、彼女が満を持してカードを施設入り口のカードリーダーにかざす。


 そしてドアがすーっと開いた瞬間。


「グワァァァァッ」


 雪崩れ込んできたのは、キャストが扮するゾンビ達。

 それを見た瞬間。


「「キャァァァァァァァ!!」」


 萌絵と香純かすみは今日一番の悲鳴を上げたのだった。


* * * * *


 恐怖系アトラクション故か。

 施設内部で、プレイ後に休憩できるエリアが設けられていた。


 そこには、恐怖心に駆られた多くの者達がぐったりと椅子に座り休んでいたのだが、そんな中に萌絵と香純かすみも仲間入りを果たしていた。


「も、もう……。私、絶対怖いの嫌だからね……」

「同感です。心臓、止まるかと思った……」


 青白い顔で項垂れる萌絵の言葉に共感した香純かすみが、ばくばくとした心臓を落ち着けようと深呼吸する。

 立ったままその姿を見ながら、椿を除く三人は思わず苦笑してしまった。


 まさか最後にあんな演出が待っているとは知らなかった諒やあおい日向ひなたも流石に驚いたのだが。


「ですが、最高に楽しい時間でしたよね? 日向ひなた様」


 一人、椿だけはけろりとした顔で、脇に立つ彼女に笑顔で同意を求めてきた。


「確かに演出も凄かったし、みんなの反応も面白かったけどね〜。とはいえ、遊園地が嫌な想い出になってもいけないから、この先は少しマイルドな奴にしよっか」


  ──じゃないと、萌絵や妹ちゃんもたなそうだし……。


 何となく椿に選ばせるのは危険だと察し、日向ひなたが笑いで誤魔化しながらそう告げると、


「だったら、観覧車とかどうかな?」


 諒が突然、少し恥ずかしそうに頭を掻きつつ、そんなアイデアを口にした。

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