63話
「一体なんの用ですか?」
腕を組んだまま、連れられたのはいつぞやの理科準備室。
そういえば、人気がないから何度か昼ごはんでぼっち飯のために利用してたけど、女子と二人きりってシチュエーションだと別の意味になりそう……って、いやいやうるさいぞ煩悩。
少しの動揺を隠しつつ、ここまでわざわざ目立って連れてきた真意を問いただす。
……壁ドンされた体勢で。
いや、どうなってんのって俺が聞きたいけど、瞳さんは俺を連れてくるやいなや壁までジリジリと迫ってきて……ドーン! ってされて今に至る。
普通、どういうつもりなの! って聞く側は優位に立っている人が言うセリフなんだろうけど、そうも言ってられない。
というか、目下の問題はすでに最近目立っているというのに、今の出来事で完全に注目されてしまった。
陰キャってアイデンティティを確立してきたというのに。
……まあ、陰キャに拘る理由も、家のことが知られないようにってのが一番なんだけどな。
そこまで思考して、俺は瞳さんの反応を窺う。
少しきつく言ったつもりだったのだが、壁ドンという有利な状況にいる瞳さんにとってかえって火を点けてしまったようだ。
「あら、ワタシはまだ許嫁になることを諦めたわけではないの」
その証拠が今放たれた言葉と勝ち気な笑みだ。
だが……おかしい。
感じた些細な違和感。
何度か、からかわれたからこそ俺だけがわかる違和感。
唇が微かに震えている。
俺を見つめるその目は、どこか不安と焦りが含まれている。
だからこそ、何か事情があるから本気で迫っているとわかる危機感と、逆に何かがあるからこその心配。
よく瞳さんの顔を見ると、気丈だった彼女が恐ろしく小さく見える。
だから俺は聞く。
「何かあったんですか?」
そう聞くと反応は劇的だった。
驚いたような表情をした後に苦虫を噛み潰したような顔をする。
そのまま、ゆっくりと壁から手を離し俺を見つめると、諦めたようにため息を小さく溢した。
「アナタは……わかっちゃうのね」
「少し変でしたから」
「そう……」
一瞬、喜色の混じった小さな微笑みは、すぐに渋面に掻き消された。
そこで少しの間沈黙が流れた。
前の花ちゃんと同じように無理やり聞くつもりはない。
俺の信条というかなんというか、聞いてこそ成れ、だからかな。
無理やり聞き出しても、『話させてる』って感情が、両者どちらにもしこりを残す。
『話す』のと『話させる』のは全然違う話だ。
それはもう、イモリとヤモリのように。
ん? 似てるって?
あれ、爬虫類と両生類だぜ? 全然ちゃうやろ。
ま、まあそれはともかく、ここは聞き手に徹するのが良い。
そんなことを考えていると、覚悟を決めた表情をした瞳さんが、ポツリと語りだした。
「ワタシね。二ヶ月後までにアナタと正式に婚約しないと妹と二度と会えなくなるのよ」
「え─────」
お、俺が原因だったのか。
想像以上に、話は大きい。
妹と会えなくなるってそもそもどういうことだ……?
その理由を聞く前に、瞳さんは続ける。
「アナタが思ってるよりも『天笠』って組織の看板は大きいのよ。だからこそ、ワタシとの……『六道』との許嫁の関係に納得していない人が少なからずいるの」
「え、でも、『天笠』よりも『六道』の方が組織としては大きいし、恐れられていますよね!?」
多分、一般にも名が知れ渡っている率が多いのは『六道』だ。例えそれが悪評であっても。
だが、その悪評こそが、他の組織の牽制になる。
だから、その話はおかしい。
と、思ったのだが──
「その話はワタシが当主に着くまでよね?」
「あ──」
考えればわかる話だった。
残虐、非道。そんなイメージで恐れられていたのは前当主だ。
変わってからは、その暴虐さは鳴りを潜めた。……瞳さんによってだ。
だからこその話。
つまり、『牽制』が消えた。そういうことになる。
「妹さんと会えなくなるというのは……?」
「ワタシが別の組織に嫁いで、甘えを無くすために妹は海外に行くことになるということね。それが前当主の命令ね」
「……酷い」
「それがワタシたちの世界よ」
「……そうだな。腐っているゴミみたいな、な」
ポツリと思わずそんなことを呟いてしまう。
未だに前当主の権力はあるらしい。それこそしっかりとした理由がないと逆らえない程度には。
最低だ。聞いてて腹が立つ。
自己的で、利己的で、他人のことを考えない。寄り添えない。暴力でしか解決できなくて。頭ごなしに命令して。自分が正しいとしか思わない。
「許せないな」
そうか、そういうことをするのか。前当主は。
これは────俺が勝手にしてるわけじゃない。俺が明確に関係していることだ。
なら……手加減する必要はないらしい。
なら、どうすればいいか。
頭を回そう。考えよう。
俺の頭が、脳が高速で答えを導きだす。
……なるほど。
「瞳さん。許嫁にならなくて、二ヶ月後に前当主を納得できる誰も犠牲にならない方法が一つだけあります」
考えた先にあったのは、綱渡りのような方法だ。
だが、それしかない。
瞳さんは俺の真剣な表情を見て、静かに頷いた。
「お願い。助けて……!」
「任せてください」
その時、どんな感情でどんな表情で言葉を発したかわからなかったけど、一つだけわかるのは、『助けて』と、そう言った彼女の目から涙が出ていたことに……その涙を拭けるのは俺だけだということだ。
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数話分のデータが吹っ飛んだので、少し遅くなりました。
……これラブコメだっけ? と作者すらも思いましたが、シリアスシーンを気がついたら書いてしまう私の癖が出ました。後悔はしてません。
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