56話
花ちゃんは少し落ち着いたようで、押し倒したままだったことに気が付いてか、少し頬を赤く染める。今さらながらに恥ずかしいことをしていたことに実感が湧いたのだろうか。すぐさま、俺から離れて罰が悪そうな顔をする。
「それで、どうして花ちゃんは怒ってるの?」
できるだけ優しいトーンを意識し、話しかける。
すると、花ちゃんは何故か顔をさっきよりも真っ赤に染めて狼狽える。目は左右に泳いでいる。
「その……」
花ちゃんの顔には言いたいけど、言えない。そんな葛藤が表れていた。
そこで、俺は声をかける。
「いや、言わなくていいよ。花ちゃんがそこまでするってことは何か複雑な事情があったんだろ?」
「好きってことを言いたいだけなのに……」
ボソッと何かを呟いたような声がしたような気がしたが、気のせいだろうと、視線を逸らさず真っ直ぐに花ちゃんを向く。
すると、花ちゃんはただ一言、こう声を絞り出した。
「ごめんね」
それは事情が話せないことに対してか、押し倒したことに対してか。
いずれにせよ、別に俺は怒っていない。事情は聞いておきたかったが、花ちゃんが話したくない以上、無理して話させるのは気が引けるし、酷な話だ。
俺は何に対して謝っているのかがわからないため、頷くことで応える。
そして、俺は俯いている花ちゃんに手を差し伸べる。
「とりあえず一緒に帰ろうぜ。送ってくよ」
俺がそう言うと首を降って、大丈夫、と答える。
だが、俺はそうもいかない。夜道は危険が一杯なのだ。花ちゃんと話してる内にどんどん外は暗闇へと包まれていく。
「女の子を一人で帰らせるなんてできない」
俺のプライドというか、そんな意志のようなものがある。
しかし、花ちゃんも強情だ。
「一人になりたいの」
そんなことを言う。いや、その一人が危ないゆーてんねん! この暗闇になりかけの時間帯、逢魔が時、なのかわからないが、この時間帯に花ちゃんはヤスとヒデに恐喝を受けている。厳密に言えばもう少し明るかった気がするが、だいたいこの時間帯だ。
しかし、今の花ちゃんに何を言っても効かなさそうだ。
だが、そこで引き下がる俺じゃない。
……ちょっとこれをするのは情けないが背に腹は代えられない。
「あー、俺暗闇怖いんだよなぁ」
突如大きな声を出した俺を、ビクッとしながら見る。その目には困惑が映っていた。
「あー、だからなぁ……一緒に帰ってくれる人、いないかなぁ。俺としては花ちゃんと帰りたいなぁぁ」
ちらちらと花ちゃんを見ながら言う。
ぐっ、結構恥ずかしい。
しかし、このフレーズがやけにしっくりと来る。
確かな実感とともに吐き出した言葉は、俺の記憶を僅かに揺らす。しかし、思い出すことはできなかった。
そんな行動を、花ちゃんは何かを思い出したかのように、ハッ! と目を見開く。
顔を上げた花ちゃんの目は、夕陽の光に反射されその涙が黄金色に輝いていた。泣いているその顔は、俺にはどこか笑っているようにも見えた。
「仕方ないなぁ。そこまで言うなら一緒に帰るよ」
立ち上がってふざけたように言う花ちゃんの顔にはまだ涙が浮かんでいる。けれど、その涙の色は、決して哀ではないはずだ。
☆☆☆
俺は花ちゃんと歩き、花ちゃんがいつも利用している駅へと到着する。歩いた時間の中で、交わした言葉は少なかったが、花ちゃんの顔には、浮かんでいた後悔や謝罪の念が消えていた。
「じゃあ、また明日」
花ちゃんは駅の入り口でそう言った。
うん、と応えた俺は踵を返す。
「なぎくん!」
その瞬間、後ろから花ちゃんの声がした。
振り向こうしたその瞬間に、言葉は続く。
「ありがとう!!」
振り向こうとしたその動きを止め、俺は後ろ手を振ることでそれに応えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
次から第三章が始まります。
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