第45話
「さあ! 次は動物園だよ!」
時刻は午後12時半。
レストランを出た瞬間、元気よく日夏が言った。
映画の余韻が残り、アンニュイな気分に浸っていた俺だが、気持ちを切り替え、動物園へと挑む。
「そういえば、動物園とか久しぶりだな」
丸山動物園へ行くためのバスの中で、俺はそう、話を切り出した。
「実は私も久しぶりなんだよね」
「へぇ、日夏もなんだ。なんか動物好きそうだから、結構行ってるのかと思った」
「好きなんだけど、お母さんが動物嫌いだから行く機会がなかったんだよね……」
しゅん、として言う日夏。
「確かに一人で行くのもハードル高いしな」
一人カラオケよりも、ハードル高いと俺は思う。
家族連れでワイワイしてるなか、一人で動物を見るのは、まったく悪いとは思わないが、かなりの上級者だろう。何がとは言わないが。
「そうなんだよね……だから、今日は楽しみ!」
バッと振り向いて、俺に笑いかけた日夏。
「じゃあ、楽しむか!」
そんな日夏に、俺もテンションを上げる。
こういうのは、同調が大切だ。皆が楽しいと思っても、ただその空間で楽しくないと思ったものがいるだけで、空気がぶち壊されるだろう。
無理にとは思わないが、テンションを上げるのは大切だ。
これを、俗に空気を読むと言うのだ。
☆☆☆
「ビバッ! 動物園っ!」
入り口の目の前で、謎のポーズを取る日夏。
俺の想像以上にテンションが高い。
相当楽しみにしてたんだろうな……。
「じゃあ、行こうか」
待ちきれない様子の日夏にそう、声をかける。うん! と頷き、隣に並ぶ。
日曜だけあって、結構な込み具合だ。
家族連れが多いが、カップルも多い。
今の俺たちはどう見られてるんだろうか……。
「今、カップル割を行っております~。いかがですか~?」
受付にたどり着き、券を買おうとした時、受付の従業員にそう言われた。
横をチラッと見ると、日夏と目が合う。
よく表情は見れなかったが、きっと困っているだろうも思い、普通料金で、と言おうとした時、なにやら慌てた様子の日夏が、食いぎみに言った。
「か、か、カップル割で!」
「日夏!?」
顔を朱く染めて、言う日夏。
それに、思わず声を挙げてしまう。
「ほ、ほら安くなった方がいいしょ!? そ、それだけ!」
俺の耳元でそう囁く。
目をグルグルして言い訳する姿に、俺はなんか嘘っぽいけど、これくらいしか理由がないと思い、信じた。
それにしても、さすがだな。何がなんでも得した方を取る精神は、素直に感銘を受ける。
節約大事!
受付を抜けた俺たちは、ようやく中に入った。
最初に、入り口を抜けて見た動物は、猿だった。
「おぉ! お猿さんだあ!」
猿にお、を付ける日夏に何かの可愛さを感じてしまった。
「そ、そうだな。猿だな」
感じたことを、気取られないよう、普通に話そうとした俺。
「ダメだよ! お猿さんは先祖だよ? 立場上同じなんだから敬称付けなきゃ!」
そんな考え方が!? ただ天然でお、を付けてたわけじゃないのね……。
それはそれはですごいと思うけど。
そこから、色々なところを回る俺たち。
鳥類のコーナーや、アライグマでは、ひたすら日夏が可愛いと叫んでいた。
爬虫類館で、叫んでいたのも記憶に残る。
まあ、叫んだの俺だけどな!
苦手なんだよ! あの感触とか、姿!
叫ぶ俺を尻目にケタケタ笑っていた日夏がやけに印象に残った。
『ただいま~14時より、虎の餌やり体験ができます。参加したい方は総合受付までお越しお願いします』
見て回っていたら、突如そんなアナウンスか入った。
すると、俺の裾を急に引っ張り、すごい食い付きをみせる。
「餌やりだって! わ、私、虎に餌をあげるのが夢だったんだよね! 気になるから行こ?」
少し不自然にも思える食い付きで俺を誘う。
その不自然さに若干の違和感を感じつつ、特に断る理由もないため、了解する。
「おっけー。行こうぜー!」
「うん! ありがと!」
お礼を言いながらガッツポーズを取る日夏が、目に映った。
そんなに、餌やりが楽しみだったんだろうか。
「ふんふふーん♪」
受付をした俺は、上機嫌にスキップをしながら鼻歌を歌う日夏を先頭に、虎の飼育コーナーに向かう。
なんと、餌やり体験をするのは俺たちしかいない様子だった。
一時間に一回行うそうなので、それは確かに人が少なくなるだろう。
隣の日夏を見ると、何かを企むような顔をしているように見えた。
久しぶりに見る、腹黒大天使の姿だ。
俺は一抹の不安を覚えつつ、一応何か仕掛けてくるのだろうかと、警戒をする。
と、言っても俺にすることなんてあるのか?
嫌がらせを日夏がするわけないし。まあ、いっか。それにきっと俺の気のせいだな。
と、考えていると餌やり体験が始まった。
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