第15話

 車に揺られること数十分。

 ススキノの所謂、夜の繁華街と言われる場所の一角で、車が停車した。

 

「相変わらず派手な場所が好きだねぇ」


 車を降り、会場を見た俺はそんな感想を抱いた。

 それは結婚式場だった。正確に言えば元・結婚式場だが。使われなくなった結婚式場を、『六道』が買い取り、内装を施し会場としたらしい。


「仕方ないじゃろ。ヤクザってのはそんなもんじゃ。目立ちたがり、派手好きな連中なんじゃよ」


 いつの間にか隣に来たジジイがそう言った。


「……だからすぐ警察に見つかるんじゃねぇか」


「今回はサツは来ないから安心できるぞい?」


 俺がポツリと漏らした言葉を拾い、言った。


 ん? 待てよ? 警察が来ないってはどういうことだ?


 俺の疑問を感じ取ったのか、すぐに答えてくれた。


「サツの内部には六道との和平って言っとるじゃけえの。重要な局面で野暮なことはせえへんよ」


 確かに『天笠』と『六道』の和平など、警察は大喜びしそうだ。

 長く続いた小競り合いで、どれだけの警察が来て犠牲になったか……俺はじっとジジイを見る。


「なんじゃ?」


 ……何も思ってもいない顔。

 だからジジイは嫌いなんだ。

 どれだけ人が傷つこうが犠牲になろうが、何とも思っちゃいない。ジジイの判断基準はその物事、人に価値があるか否かだからだ。


 ……こんなやつ人間じゃない。


「何でもない」


 だからこそ止めるために俺が全てを取り繕わなければいけない。



☆☆☆



「天笠の方ですね? 紹介状を」


 入ってすぐに、紹介状の確認と念入りなボディーチェックが為された。


「ご協力ありがとうございます。ではどうぞ」


 チェックが終わり、検査係はにこりと笑うと、会場へどうぞ、と手で指し示した。


 すでに会場には多くの人がいた。

 当然だ。全道から集まっているのだ。

 俺が行った中でも規模は一番大きい。それくらい『天笠』と『六道』は知れ渡っている。

 悪名も、武勇伝も。


「一時間好きにしてろ。わしはすることがあるんじゃ」


 ヒラヒラと手を振ってジジイは消えていった。


「さて……どうしようか」


 とは言ってもすることなど無い。

 こんな腐った連中どもと一緒にはいたくないし、話したくもない。


 仕方なく近くの椅子に座り、暇潰しがてらに近くのやつらの会話を聞くことにした。


 あれは……若草わかくさ組か……。

 最近勢力を伸ばしてきてる連中で、やることは略奪と破壊。典型的なくそみたいなタイプだ。


 時代遅れなモヒカンを触りながら自慢げに一人の大柄な男が、もう一人の、こちらも大柄なスキンヘッドの男に話しかけている。


「なあ、この前さあ、街歩いてたらよ、めっちゃ好みの女いたもんでよ、即刻拉致ってヤっちゃったわ、ハハッ」


「サツは撒いたのか?」


「いや、抵抗出来ないようにして外堀全埋めだから問題なし」


「俺の好みだったらヤらせろよ」


「嫌だよ」


「「ハハッ」」


 俺は怒りが湧いてきて、思わず強く拳を握った。


 くそ! クズみたいな連中なのに……! 今すぐ殴れるのに……! くそ! 何も守れない……。見ず知らずの人を助けることまで手は回らない……そんな言い訳を言えるけどできることなら助けたかった……っ!


 歯を食い縛る。血の味がした。拳は強く握りすぎて血が出そうだ。


 なんて俺は無力なんだ……。


 その時、俺に声がかけられた。



「殴ったって良いことないわよ」


 ハッと振り向くと、そこには赤いドレスを身に纏った、銀髪赤眼の美少女がいた。


 いきなり話しかけれるのは慣れてる。それに自己紹介をする気分でもない。


「殴らないさ。俺だってわかってる。納得してるさ……!」


 納得なんかしていない。するわけもない。したくもない。言葉を振り絞るように出した俺の感情はすぐにバレた。


「全然納得してるように見えないケド? アナタ、あいつらに女でも奪われたのかい?」


「いや、違う。知らない人だよ」


 もし、そんなことがあったら激情に駆られてもう殴ってる。俺に些細なフィルターをかけているのは知らない人、という見て見ぬふりをしてしまおうとする醜い感情だけだ。


「ッ! ……アナタ……」


 女性は俺の言葉にはじけるように驚いた。

目は大きく見開いてる。それは一瞬のことで、女性はすぐにため息を吐いた。

 

「アナタ会場を間違えたんじゃない? ここはヤクザの会合よ。とってもじゃないけどアナタ向けじゃないわ」


 そんなこと知ってる。知ってるうえで覚悟して来ているのだ。


「知ってるさ。俺は……付き添いみたいなものだよ」


「ふぅん……そ」


 女性は何かを迷うような仕草を見せていたが、係員に呼ばれ、じゃあね、と俺に手を振り去っていった。



☆☆☆


 ワタシ……六道 ひとみはさっき会った彼との会話を思い出す。


 ……まだあんな人が残っていたとはね。この業界も捨てたものじゃないかもね。


 でも……ワタシは彼に会ったことがある気がする……ワタシが見覚えがあるなら恐らく上位の組だわ。でも……一足遅かったわね。


 ワタシはこの会合の後、『天笠』の人と──✕✕✕しなければいけないのだから。

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