第8話
五話の母という文字を変えました。
母は海外逃亡しているはずでは? と指摘を頂き、それに適する文字に変えました。
指摘してくださった方、誠にありがとうございます。
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☆☆☆
欠伸をしながら通学路を歩き、予定通り7時5分に到着した。
上履きに履き替え自分の教室がある二階へと階段を上り移動する。
この時間だ。
さすがに誰もいないだろうと、ガラガラと音をたて教室に入ると、そこには先客がいた。
ガラガラという扉を開ける音で、こちらを見て、俺という存在を認識したようだ。
その人物は『
そして、かなり有名である。
『絶海の残虐姫』とのあだ名を付けられた白海とは対称的に、『陽光の大天使』と呼ばれている。
だから中二病かよ。
誰とでも平等に接し、温かい笑顔を振り撒くその姿は太陽。
ホワホワとした空気にいて、さらには、ゆるふわな髪に制服の上から大きな存在を表している胸。
いつもニコニコしている目鼻立ちが整った顔は、天使を超え大天使。
というのがあだ名というか……二つ名の由来らしい。
俺はいつも隅っこで暮らしている人間なのでいかに大天使と呼ばれていても、二、三回程度しか会話をしたことない。
俺は自慢のコミュ障(演技)を発動させ、会釈で済まそうとしたがそれを遮り、春風が話しかけてきた。
「おはよ~。わっ、珍しく早いね~。なんかあったの?」
「お、おはよう。ちょっと早起きしちゃって……」
いきなり話しかけられたことに驚き、少し声を上擦らせる。
その姿は典型的なオタク陰キャ。
我ながら上手く演技ができたな(嘘)。
「へぇ。そうなんだ~。あ、そうだ。狭山くんはテストどうだった~?」
俺が素早く会話を切り上げ、席に向かい影に徹しようとしたタイミングで、またもや会話を続けてきた。
……さすが陽キャのトップ……! 恐ろしいぜ……!
さすがに話さなければ失礼に当たると分かるため、影になることを諦める。
「あ、うん。まあそこそこかな」
「そこそこってどのくらい? 何位だった~?」
ちなみにテストというのは、三日前に結果が返ってきた全国模試の事だ。
「いやぁ、ちょっと……」
俺は発言を濁す。
なぜなら目立ちたくないからだ。
どういう意味で目立つのかというと、一時期クラスの注目を浴びてしまうほどだ。
「えぇー? べつにどんなに悪くても馬鹿になんかしないよ~? どうしても教えたくないってことなら別にいいけど……どう?」
チラリと上目遣いで提案される。
か、可愛いっ……
その仕草にグッとくるものがある。
さすが大天使……その名はだてじゃないっ!
「うーん、秘密にしてくれるなら」
情報の秘匿を条件にする。
もう一回言うが、目立ちたくないからだ。
「もっちろん!」
もう察せれるだろう。俺の成績を。
「その……一位」
「え」
フリーズする春風。
「いや、その……一位」
春風は錆びたロボットみたいに動き、口を開く。
「そ、それはすごいね。校内一位ってことは良い大学狙えるんじゃないかな」
あ、言ってなかった。
「いや、その校内だけじゃなくて全国も……その……一位」
「……」
ついには大天使も止まってしまった。
「ソレホントニ?」
辛うじて出した言葉はカタコトだった。
「あ、あぁ」
俺はもちろん真実のことなので肯定する。
ちなみに自慢じゃないが、今までのテストは全て一位を取り続けている。ごめん、自慢だわ、これ。
うちの学校は上位の点数が貼られている、などのシステムはないため、他の人の点数を知るためには聞くしかない。
春風はハッ! と意識を接続させると、驚くべき行動を取った。
「お願いしますっ! 私に勉強教えてくださいっ!」
……なんと土下座したのだ。綺麗な土下座だった。いや、急すぎるだろ!
俺は女子の土下座をこの日人生で初めて見た。
そしてそれを向けられているのが俺、という。
「ちょ、ちょっと落ち着けよ! いきなり土下座されても困るしっ!」
「そ、そうだよね。まず誠意を示さないとね。……わ、私の体を好きにしていいので勉強教えてください!」
……わかった。全然分かってないわ、この人。早朝の教室に飛び出す爆弾発言。
俺は周りを見渡し、ホッとする。
もしさっきの発言がクラスメートに聞こえていたのならば、『大天使の翼』なるファンクラブ(やつらの自称)に伝わり八つ裂きにあっていただろう。
「な、な、何いってんの!? そんなことしなくていいから!」
俺は慌てて土下座を解除させる。このシチュと絵面はやばい。誰かに見つかっても言い逃れできない状況がここにある。
「え、じゃあ受けてくれるの!?」
期待に満ち、目をキラキラさせこちらを見てくる春風。
俺は悩む。
間違いなく目立つだろうし、もし俺が教えて、逆に成績が下がってしまうことがあるかもしれない。人によって勉強方法は様々だと思うだろうし。
「……ごめん。俺、あんまり目立ちたくないんだ」
「そっか……」
断られて悲しそうに目を伏せる春風。
しかし、
「ん? ってことは目立たなければいいんだよね~? 私の家で教えてよ! 勉強!」
「え、えぇぇ!?」
俺は春風の提案に大きく驚く。
まず、俺がそんな神域みたいなとこ入っていいのか、などがある。
「いや、なんでそんな真剣なんだ? 俺じゃなくても二位の人とかに聞けばいいだろう?」
当然の疑問だ。
頭が良い、という条件に関しては俺でなくても良いはずだ。俺の問いに、困ったように頬を掻く春風。
「それがね? 実は私東大狙っててさ。相当に頭良い人じゃないとダメなんだよね……まず、私が2位だし……」
まじかー。
東大かぁ……自慢になっちゃうけど、俺にとっては楽勝なんだよなぁ……。
まあ、今回の模試でオール100点を取っても、実は東大に行くための偏差値は足りない。
もっと上位の模試を受け、点数を取るしかないのだ。
「東大ねぇ……ちなみに今回の点数は?」
「うん、264点」
国語、数字、英語で100点ずつの300点満点。別に春風の点数が悪いわけではなく、むしろ良い方、なのだが
「うーん……その点数だと東大はちょっと難しいね」
「うっ、だよね」
俺の言葉にずーんと落ち込む。どうやら学力に伸び悩んでいるらしい。
「別に東大じゃなくてもいいんじゃないか? 別に悪い点数ではないしな」
東大に拘らなくても日本には山のように大学はある。春風ならば偏差値の高い大学に入るだろう。
「ッッ! ダメなの! 私は……絶対に東大に入らないと」
少し焦った表情で言う。そして、ブンブンと頭を振る。
春風の意思は行きたい、というよりは行かなければいけないという使命感に近かった。
しかし、それも春風が行きたいというわけではなさそうだ。
なぜなら悲壮感に満ちた顔をしているからだ。
「……わかった。勉強教えるよ」
詳しく事情を聞く気はない。話さなければいけない場面ではないし、春風に頼まれたことは、あくまで勉強を教えて欲しいとのことだけだ。
「……えっ、良いの!?」
まさかオッケーとは思っていなかったようで驚いている。
顔は晴れやかになり、もし春風に尻尾が付いていたならばブンブンと振っていることだろう。
「あぁ。でも教えるだけだし、そこで努力するかしないかは春風自身だからな?」
「うん! もちろん、教えてもらってる立場だからね! あ、でも私に返せるもの無い……」
しゅん、と落ち込む。
「いや、教えることも勉強になるしな。別にいらないよ」
これは嘘ではない。
教えることで、自分の中の知識を再確認し、考えを深めることもできる。
勉強を教える、という行為は意外にも難しいものだ。どう教えたら理解できるか、伸びるかを意識しなくてはいけない。
「いや、でもさすがにお礼をしないってわけにはいかないよ」
「別に迷惑ってわけじゃないし……」
「私が気にするの!」
なかなか引き下がらない。どうやら春風の意思は強固なようだ。
「わかったよ……考えとく」
ハァっとため息を吐く。仕方なく俺は折れた。だが保留にすることで──
「考えとくままずっと保留ってのは無しだからね」
「も、もちろんだよ」
思わず声が裏返る。
「なんで動揺してんのさ」
「してないしてない」
「ふーん」
ジト目で見てくる。俺の作戦は筒抜けだったようだ……
「じゃあどこで何時からする?」
「いや、別にどこで……」
どこでも良いと言おうとしたが踏みとどまった。
春風は人気だ。よって俺みたいな陰キャと勉強なんかしてたら……目立つ!
春風にはファンクラブが存在するしな。
その名も『大天使の翼』。いや本当に意味わからん。
そいつらの活動理念はただ一つ。
……春風を見守り、近づいてきた下心のある男を闇に葬るという。
……物騒な上に怖いわ。
万一にも、そいつらの目に止まるものなら、瞬くも俺の存在が消えるだろう。例え裏社会と繋がっていようとやつらの前では無力なのだ……。
フリーズした俺を不思議そうに見つめている春風。
こてん、と首を傾げている。
めっちゃ可愛い……と思った瞬間、俺の意識が回復した。
さすが大天使。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
「それでどこにする?」
「うーん……」
考えてまた無言になった俺に、春風は顔を赤らめながら提案をしてきた。
「そ、そのさ……やっぱり家で勉強……する?」
「え、いいの?」
「う、うん」
「じゃあよろしく!」
ただ人目につかないことだけ考えていた俺は、そこでふと正気に戻る。
え、なんて言った、俺。
家……いエェぇぇぇ!?
春風の家に? 俺が? 偉大なる大天使の居城に俺が!? ……待て待て。俺も中二病になってる。
てか、さっき家で勉強する? って言ってたな! いや、冗談じゃないんかい!
提案をした春風は、耳まで真っ赤だ。
「じゃ、じゃあ学校終わったら一緒に帰って勉強しよ! じゃあね!」
春風はそのまま逃げるように走っていった。俺はその場でフリーズをする……あ。
「おい! 今から学校だぞ!?」
「あ」
まだ朝だった。
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