第226話 二つの一騎当千

 三人の女魔族が入れ違いに斬り結ぶ。


「ちぃ! ホントに忌々しいクソガキ共ね。アタシの下僕たちを……!」

魔獣彼らも今を生きる命だ! その尊厳を侮辱して死すら弄ぼうなどと……」


 ダリアの怒号が戦場に響く。棘付き鞭を硬質化させて槍斧ハルバードと鍔是り合わせている彼女の視線の先には、雷轟の女神と化してモンスター達を蹂躙するルインさんの姿があった。

 燐光フレアを纏うルインさんは、マンティコアの腕を素手で殴り飛ばし、モンスターの群れを雷撃で焼き尽くし、豪快に振り回す偃月刀の一撃で次々と命を狩り尽くしていく。増幅された脚力だけでも凄まじい速さであるが、背の光輪が小さな推進機関の働きを成しているのか、激しい制動を付けた戦闘機動は通常の肉弾戦とは一線を画している。


 今は物量にものを言わせて押し込めているが、魔族側からの戦力供給が滞っている以上、この状況が続くのはダリア達にとって芳しくない事態だという事だ。


「黙りなさい! お姉様に口答えとは何事ですか!?」

「お前も……少しは自分で考えて刃を振りかざせ! こんな無意味な戦いを……」

「意味ならありますわ! お姉様受けた屈辱……百億倍にして返して差し上げます!」


 武器の性質と双方の地力の差か、セラスの槍斧ハルバードが押し始めた頃、鍔是り合うダリアの背後から闇の魔力弾が飛来した。術者は言うまでもなくユリーゼであり、飛び退いたセラスの眉間にしわが寄る。


「メインディッシュはあちらでバチバチいっている女。両手足を落とした後に長ったらしい髪を削ぎ、恥辱の限りを尽くした後に帝都で晒し首にしなければ、私の気は収まりませんわ!」

「貴様……!」

「勿論、貴方も同じ目に合わせた後に逃げ遂せた魔族残党の前に晒して差し上げましょう! マルコシアス様の寵愛を無下にした愚か者の貴方もねェ!!」

「私はそんな物を望んではいなかった!」


 やはりというべきか、個の戦力としてはセラスが最も秀でていて、僅差でダリア、頭一つ半ほど落ちてユリーゼという具合に落ち着いている。しかし、前衛後衛が揃っており、巧みな連携を見せるダリア達の戦闘数値は、狂化モンスター無しでも単純な足し算の領域に収まるものじゃない。セラスが押しきれていないのがその証だ。

 しかし、逆を言えば、そんな二人相手に一人で互角に戦えているセラスの力を賞賛すべき状況なのかもしれないが――。


「はん! 持つ者は持たざる者の事なんてお構いなしかい!? それで甘っちょろい思想に取り憑かれて、全部失って殺されかけるんだから笑い種だねぇ!?」

「私は、無用な犠牲が出るのを避けたいというだけだ! 蘇った奴の思想だけで始められたこんな戦い……一体何になる!? 私達、相克魔族が得る者など何もないのに!?」

「魔族の誇りを取り戻す! 鬱陶しい人間どもが地上から消え去る! それで十分だろうが!」


 伸縮する棘付き鞭が槍斧ハルバードに薙ぎ払われる。同時に両者の感情がぶつかり合う。だた、二人と一人の意見は平行線を辿るのみ。


「その果てに我ら自身が消え去る未来が待っているのだとしても、まだ戦うというのか!?」


 ダリア達は魔族の今と過去の在り方に憤っている。対するセラスは、魔族の今と未来を憂いている。その上で、自分たちの為に戦っている前者と誰かの為に戦っている後者。互いの視点、そして目指すべき場所が違うのだから、二つの意見が混じり合う事は無いのだろう。

 故に同胞でありながら、この大戦の舞台で刃を向け合っている。そして、残る意思はどちらか片方だけ――。


「アンタみたいな裏切り者や逃げ腰の連中なんていなくても、魔族は繁栄していける! 弱い奴は淘汰されて絶滅するのさ!」

「そうですわ! ゴミはゴミらしく、私たちの言う事を訊いていればいいのです!」

「そんな……傲慢な理屈ッ!」

「強けりゃ、何でも許されるのよ! 全員ブチのめせば思う通りってね!」


 紫天の斬撃と闇色の一閃、降り注ぐ魔力弾がぶつかり合う。戦力は拮抗。両者共に突破口を見出せない中、戦場は更なる変容を見せていく。


「そんな理屈が許されるわけない! 貴方のエゴで一体何人の人が泣くことになると思っているの!?」


 魔族の戦場に雷光が割って入り、棘付き鞭を素手で掴み取ると眼前のダリアに真紅の双眸を向ける。


「な……っ!? この、ガキ……!?」


 ダリア達は驚愕に目を見開き、飛び退きながらその背後に視線を向けるが、戦火の大地に無残に散らばる骸の山を見て言葉を失った。


「くっ……!?」


 自らの手足であった狂化モンスター軍団の全滅に驚愕しているのはユリーゼも同様であり、旗色の悪さから次の手を打とうとするが――。


莫迦バカな!? これほど早く……なら!」

「させるか! “ダークバニッシュメント闇よ、在れ” ――!!」

「ぐ、がぁっ!?!?」


 紫天を纏う槍斧ハルバードが煌めき、ユリーゼの左腕の手から先を斬り落とす。まるで想定していたかの様なセラスの動き。


「ユリーゼ!? ちぃ!? 端から指揮官であるアタシらじゃなく、下僕共の全滅を狙っていたって事か!?」

「連携を分断しないと勝ち目はないっていうのなら――」

「倒し易い方から狙い撃つのは、間違いではないはずだ。尤も、セオリー通りなら貴様らから狙うべきなのは、誰が考えても当然の事なのだがな」


 たった二人しかいない戦力を分散させてまで、二手に分かれた理由は言葉の通り。

 大量のモンスターの相手を引き受けるルインさんが陽動で、セラスが本丸を狙い撃つ――と見せかけ、その実は逆。包囲網を突破したセラスが魔族を相手にしながら時間稼ぎに興じ、その間に“原初魔法ゼロ・オリジン”を発動したルインさんがモンスターたちを早期殲滅、奇襲によってダリア達の連携を阻害した上で直接戦闘に持ち込むというもの。

 無茶の甲斐もあって虚を突かれたダリア達よりも一手先の行動を可能とし、見事に思惑通りに事が運んだという結果だ。


 そして、奇襲攻撃が決まり、ユリーゼが負傷。元から単体戦闘ではこちらに分があり、片割れであるルインさんが“原初魔法ゼロ・オリジン”発動状態にあるのだから、どちらが優勢かなど論じるまでもなく――。


「――行くよ、セラス!」

「ああ、これしか道がないのなら、迷わず進むのみ――!」


 雷轟と紫天からなる二重魔力斬撃――“合体魔法ユニゾン・オリジン”を発動。振り下ろされた二つの刃と共に戦場全体を覆い尽くすかのような魔力の光が迸った。

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