第281話 閑話:募る思い

ゲスナンside



薄暗い地下牢の壁に寄りかかり、魔力封じの手錠をつけられた俺は虚空を見つめる。

ただ今の俺が思うのは、欲しいものを手に入れられなった悔しさと無力感。



「・・ただ、欲しかっただけなんだ。」



あの頃、失った彼女の事が。

欲しくて、彼女から愛されたかった。

この思いが報われるなら、俺は地獄へ向かう事だって怖くない。

それほど、彼女を愛していた。



「っっ、ルキア。」



今も愛おしい君の事を思う。

恋焦がれる愛おしい人。



「ーーーあら、いい顔ね、ゲスナン。」



君の事を思う俺の前に、あの女、ディアレンシア・ソウルは現れた。



「・・・何の用だ?」



緩慢な動きで、女の方へと視線を向ける。



「んー、ただ貴方に会いに?」

「そうか。」



もう、どうでも良い。

俺の手には、もう何も残っていないのだから。



「俺への恨み言なら、最後に聞くぞ?」

「最後?」



女が首を傾げる。



「あ?俺は死ぬんだろ?」



それが、大罪を犯した俺の処遇に相応しい。

兄であるこの国の王も、今度ばかりは民達への見せしめの意味でも俺の処刑を決めるだろう。

魔族と関わり、国を危険に晒したのだから。



「いいえ?」

「あ?」

「貴方への処遇は、魔力封じと隷属の枷をつけられ、一生をこの場所で生きる事よ。」

「な、に・・?」



目を見開く。



「だって、貴方を簡単に死なせては、罰にならないでしょう?」



女が婉然と微笑んだ。



「どう?死んで愛するルキアさんにも、ここから出て、ルミアにも会えず、一生をこんな暗い地下牢で孤独に過ごす人生は?」

「っっ、」



あぁ、それが俺への罰。

恋い焦がれる女を一生思い続け、天寿を全うする。

ーーーこの場所で。



「はは、」



何て残酷で、俺には辛い罰。

たった1人で、孤独の中で愛おしい女の影にも触れられず、生きていろと言うのか。



「っっ、頼む、俺を殺してくれッ!!」



女に俺は手を伸ばす。

ーー頼む、愛おしい人の元へ逝かせくれ。



「え、嫌だよ。」



足掻く俺を、女は冷たく見下ろした。



「なんで私が貴方の事を幸せにしないといけないの?」

「っっ、それ、は、」



俺は言葉を失う。



「貴方には死ぬまで永遠に苦しんでもらうわ。」

「っっ、」

「この場所で愛する者の幻影だけを見ながら、生き続けなさい。」



落ちる、伸ばした己の手。

その場に項垂れる。



「さようなら、ゲスナン。」



遠ざかる、女の背中。



「ーーー・・あぁ、そうだ。」



女が振り返る。



「1つだけ、最後に良い事を教えてあげる。」

「・・良い事?」



怪訝に、眉根を寄せてしまう。



「ルキアさんの初恋の相手、どうやら貴方だったみたいだよ?」

「は・・?」



ルキアの初恋の相手が、俺?

驚きに俺は固まる。



「ーーーねぇ、知ってる?」



上がる、女の口角。



「恋って、愛情を与えないと花みたいに枯れてしまうんだよ?」

「っっ、」



知らされた事実に俺は身体を震わせる。



「貴方、ルキアさんに対して、冷たく接してたんでしょう?」

「・・・。」



何も言い返せず、無言で俯く。

俺は、いつもルキアにどう接して良いのか分からず、冷たい態度ばかりだった。

そんな俺が、ルキアの初恋の相手?



「う、嘘だ!」



そんな事、あるはずがない。

何かの間違いだ。

そうだよな、ルキア?



「嘘じゃないよ?ルキアさんの直筆の日記に書かれていたし。」

「日記・・?」



日記を、ルキアは書いていたのか?



「ルミアのお父様も、その事を知ってたみたいよ?ふふ、知っていてルキアさんと夫婦になったなんて、懐が深いね?」

「・・・。」



俺はただ、衝撃の事実に愕然とする。

ルキアは俺が好きだった?

その事を、あの男は知っていてルキアに自分の想いを告げたのか?



「貴方がちゃんと自分の気持ちを言葉にしていれば、ルキアさんは側にいてくれたかも知れないね?」

「っっ、」



女の言葉が俺の胸を締め付ける。



「自業自得。」

「・・・。」

「因果応報。」

「・・・。」

「本当、バカな人。あと、今回の大会に優勝したのはルミアだから、賭けの対価を支払ってもらうから。」



呆然と固まる俺に嘲笑を残し、今度こそ女が遠ざかっていく。

静まり返る、暗い地下牢。



「っっ、ルキア、」



君の事を、俺は心から愛していた。

この君への想いを、どうして良いかも分からなくなるぐらいに。



『ゲスナン。』



俺の記憶の中の君が名前を呼ぶ。

己の愚かさを思い知る。



「ーーーっっ、あ、あぁ、ルキアっっ!」



その場に突っ伏す。

君に出会い、初めて思い知った。

こんなにも、誰かを深く愛し思える日常が幸せで、辛いと言う現実を。



『恋って、愛情を与えないと花みたいに枯れてしまうんだよ?』



あの女の声が俺を苛む。

これは、罪人である俺への報い。

ーーー大きな罰。



「っっ、あい、し、てる、」



ルキア。

もう2度と、会えない君の事を。

身を切り裂かれそうな恋しさに、俺の目から涙が零れ落ちた。



『ふふ、それはね?あの人がーーー』



私の愛した人だから。

だから信じているのだと幼いルミアにルキアが微笑んでいた事を、俺は知らなかった。



「ーーーっっ、会いたい、ルキア、君に。」



あぁ、あの女の言う通り。

これほど苦しくて、苦痛な罰はない。

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