第267話 閑話:不思議な方

ルミアside



あの男の事を、私は心の底から憎んだ。

工房を、私とルルキの大切な両親である父を死の淵へ追いやった、おの男の事を。

この世界の不条理の呪った。



「ルミア、いい女になったな?喜べ、お前の事を俺の妻にしてやる。」



男の欲を孕んだ瞳が、私の身体に纏わりつく。

傲慢な男。

それが、あの男の第一印象。

私とお母さんに何を求めているのか、幼い頃は分からなかった。



『お母さん、私、あの人が嫌い。気持ち悪い目で、私とお母さんの事を見てくるんだもん。』



母にも告げた事がある。

あの男の事を、私は最初からいけ好かないと感じていたから。



『そんな悲しい事、言わないでルミア。』



決まってお母さんは、悲し気に私の頭を撫でた。



『どうかあの人の事を許してあげて?決して、悪い人ではないから。』



何故、あの男を庇うのか。

お母さんの言葉の意味が、幼い私には分からなかった。



『あの人は変わってしまった。大人が、周囲が、環境が、あの人の心を変えてしまったの。』



最後の瞬間まで、お母さんは信じていたのだと思う。

あの人の優しさを。



『どうして、お母さんは、あの人の事を信じているの?』

『ふふ、それはね?あの人がーーー』



大切な、私の思い出。



「俺には妻がすでにいるが、ルミア喜べ?お前の事を俺の第二夫人にしてやるよ。」

「・・お断り、します。」

「んん?俺の誘いを断るつもりか?」



なのに、そんなお母さんの気持ちを踏みにじり、あの男は私の事を得ようとする。

気持ち悪い。

この男に会うのが苦痛だった。



「ルミア、お前の父親の工房がどうなっても良いのか?」

「っっ、」



それでも、強く出れないのは、この男が大きな工房の頭だから。

私のお父さんの小さな工房なんて、簡単にどうにでも出来てしまうほどの権力を持っていたからだ。



「最近、お店に客が来てないんだろ?」



実際、その被害が出始めてしまっているから、余計に。



「災難だな?なぁ、ルミア?」

「っっ、」



ニヤリと笑う男に、顔が歪む。

一体、それは誰のせいだと思っているのか。

この目の前の男が私に求婚(一応)してから、だんだんとお客さんはお父さんの工房から離れて行った。

最後までお父さんの工房に来てくれていたお客さんも、不幸な目に合い、この街からいなくってしまったのも客足が遠のいてしまった理由の1つ。



「ルミア、お前が大人しく俺の妻になれば、客が戻って来るぞ?」



ーーー全ては、この男の差し金。



「素材を調達して来る。」



そんな日々を過ごしていた頃だった。

武器を作るのに必要な素材さえ手に入れるのも困難になってしまったお父さんが、自分で街の外へ調達に出かける様になったのは。



「気をつけてね、お父さん。」

「あぁ、お父さんがいない間、ルルキの事を頼むな?」



優しく私の頭を撫でてくれたお父さん。

ーーその日が、私がお父さんと会話した最後の日になった。



「・・お父、さん?」



ぼろぼろになって帰って来たお父さんの遺品。

冒険者が持ち帰ってくれたのは、お父さんの洋服の一部と、愛用の工具類の入ったリュックだけだった。



「あ、あ、あぁぁぁぁ!!!」



なぜ、私のお父さんが死なねばならなかったの?

この世はあまりに理不尽で、冷たい。

絶望が降り積もる。



「ーーールミアを買いたい。」



お父さんを亡くした私とルルキは、お店で抱えた借金の為に奴隷の身分となった。

そんな私の事を、あの男は買いに来る。

それも、あの男の謀略らしい。

私達姉弟を保護してくれた、この街一番の奴隷商人のハルマンさんが悲痛な顔で教えてくれたから。



「ルミア、君の事をゲスナンはどうしても欲しいようだ。」



何度もゲスナンからの私の購入を拒否し続けたハルマンさんが疲れた様に呟いた。

あの男は、私の敵。

憎い相手。



「あの男に買われるぐらいなら、死にます。」



迷いはなかった。

憎いあの男に買われるぐらいなら、死んだ方がマシ。

心残りは。



「ーーー姉ちゃん?」



弟の事だけ。

私と一緒に奴隷になった弟。

たった1人の家族。



「っっ、ごめん、ね、ルルキ。」



ルルキを抱き締める。

悔しかった。

何も出来ない自分。

ただ、泣いて駄々をこねるだけの、子供の自分の事が。



『ーーねぇ、私に買われない?』



絶望の淵に立たされた私の前に、貴方は現れた。

厄介ごとを厭わず、私達姉弟を買いたいと言ったディア様。



「変わった方。」

「ん?ルミア、何か言った?」

「ふふ、いいえ?」



不思議そうに首を捻るディア様に微笑む。

あの時の宣言通りに私とルルキを買ってくれたディア様。

貴方は、私の希望。



「一生、貴方様にお仕え致します、ディア様。」



私を救って下さる貴方様に。

この命、果てるまで。

それぐらいの我儘、許して下さいね、ディア様?

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