四話 追われし者たち

戦争の気配

 訓練場の探索から二日ほどを、レイルスは古城ニダベリルの調査に費やした。

 ――とはいえ、ルサックがあらかじめほとんどの場所を調べていたためか、新しい発見はほとんど見られなかった。閉ざされた扉は訓練場と倉庫の二箇所だけしか見つかっておらず、倉庫地下にあった複数のドアは開ける方法が見付けられなかった。訓練場や倉庫があったのだから別の設備もあるはずだ、とルサックは言っていたが、どこを見ても関連するような施設は見当たらなかった。


「――結局、伝説の王のマナストーンっていうのはガセだったってことかぁ」


 ミーテの森の復路をたどる道中。レイルスは、さして残念な感情も無く言った。残念度合いならルサックの方が余程深刻で、「新しい発見があると思ったんだがな」とレイルスの言葉にぼやきを返している。そんなルサックの態度がレイルスには少し意外だった。

「ただの噂話だって、ルサックには分かってたんじゃないのか?」

「そうは言うがな、火のない所に煙は立たないって言うだろ。伝説がどうとかはともかく、せっかくお前にも来てもらったのに、まだ未解放の区画がどう見てもまだあるまま引き下がるってのはな」

「その未解放の区画って、本当にあるのか? 何か色々、機材とか使って調べてたけど」

「絶対、ある」

 ルサックはきっぱりと言い切った。どことなく鬼気迫る表情をしているルサックに、レイルスは気圧されて疑問も差し挟めない。

「シルワオルクスに着いたらまた詳しく教えるが、あそこには確かに、王にまつわる何かがあるんだ。伝説かどうかはともかく、資料を突き合わせたらあの場所しか考えられなくてな。持ってる機材では魔力の波をぶつけて、その反射で空洞やらを調べるんだが……反射が妙に整然としてただろ? ありゃたぶん下に特殊な導機があって、受けた魔導波をある一定の閾値の乱数に収めた波にして返してるんだ。でなけりゃあんな数値にはならないはずだ」

 途中から、レイルスはルサックの話を半ば聞き流していた。無視したいわけではない。ただ、聞き慣れない単語が次々と出てくるせいで、どうしても頭に入ってこないのだった。

「……まあともかく、なんかあるんだよね? だったら規模の大きい調査団を作るしかないんじゃないか」

「そのためにも、シルワオルクスには行かないといけないんだよな……遠いから面倒なんだが、しょうがない」

「ところでさ、俺としては依存は無いよ? 無いけどさ、俺も一緒に行くことに自然になってるよな?」

 その言葉にルサックは急に足を止めた。数歩後ろを歩いていたレイルスは、ルサックにぶつかりそうになって慌てて足を止めた。

「る、ルサック?」

「ああいや、悪い。言い忘れてたな。四属性のマナストーン、お前が手に入れたあれな。ああいう古代の遺物をギルドで鑑定するのは知っての通りだが、希少性が高い物だとそれなりの計器や資格を持った人が見ないといけなくなる。近場のギルドはオリージャがあるがあそこは規模が小さい。ラーナでも無理だろうな。結局、鑑定は首都行きになるってことだ」

 言いながらルサックは、また歩を進める。来た時も通った道だったが、踏み倒された草は元のように伸び、ほんの僅かしか往路の形跡が残っていなかった。方位磁石と太陽や星の位置、地形でだいたい道は分かるとルサックに言われ、そういう面でも――そして鑑定の話一つ取っても、レイルスはまだ自分が知識不足の未熟な探求者なのだと思い知らされるのだった。

「それに、首都まで行けば、一人にしろパーティにしろ、探求者としての仕事もやりやすくなる。人が多けりゃその分仕事も多いからな。今度は良いパーティに恵まれるんじゃないか?」

「ルサックは――」

 一緒に来てくれないのか、と尋ねかけ、レイルスは言葉を一度切った。ルサックは元々、単独で仕事をすることが多かった。いまでこそ昔のよしみとして良くしてくれているのだろうが、いつまでも甘えて共にいるわけにもいかないのだ。

「――首都に行った後、どうするんだ? あの古城の調査に戻るのか?」

「当面はそうなるかもな。とはいえ色々他にも追ってるものがあるからな……お前に任せられる仕事があったら、回してやるよ」

「うん……ありがと」

 本当は一緒にパーティを組みたい。けれどそれは、ルサックといると安心できるから、気が置けないからという自分本位の都合だ。自分がルサックほどの実力者に、何かしてやれるわけでもない。それに、ルサックに頼ってばかりだと、独り立ちはできない。父の手から離れて一人で生きてきたつもりだったが、結局頼る先が親からパーティに変わっただけだった。

 ルサックが言った、宝の持ち腐れというのは、元いたパーティやそのリーダーであるバロンに責任があるわけじゃない――自分がただ甘えてただけなのだ、とレイルスは思うようになっていた。誰にも甘えたり頼ったりする気が無かったなら、パーティから離れた後すぐに、他の探求者のパーティに入れてもらうよう頼んでいたはずだ。それをしなかったのは、ヒュドリアポリスに渡って早々、たまたま自分を――たとえ使い勝手の良いパシリや従者のように扱うつもりだったとしても――バロンが拾ってくれたからだった。

「ルサック、俺さ。首都に着いたらベルダーと、あとパーティにも手紙出そうと思う」

「ふーん? まあいいんじゃないか。……ああ、でもお前が元いたパーティ。ヒュドリアお抱えになった上に傭兵まがいの扱い受けてるみたいだからな。手紙出すなら郵便じゃなくて、ギルド便にしとけよ。あいつらがいたギルドに送っても読めねーかもしれないからな」

「……傭兵まがい?」

 国とギルドの協力で何かをするという話ではあったけれど、傭兵? そんな話は聞いていなかった。訝しげな視線をルサックに向けたレイルスだったが、ルサックは肩を竦めるだけで何も答えなかった。国のことなら、ルサックも噂話程度にしか知らないのだろう。気になるなら、手紙で聞けばいい。そのためにも手早く森を抜け、そして川を下らなければならなかった。



 復路を行く時間は、レイルスが森の道に慣れたということもあってか往路よりも四半日程度早く済んだ。本来ならオリージャに到着するのは夜が明けてからになるはずだったがそれが前倒しになり、二人は行きがかりに顔を出したアーキラの宿に泊まることとなった。

 ――が、宿の前まで来たルサックは、眉間にしわを寄せて足を止めた。何かと思ってレイルスが声をかけようとしたが、しかし何かを言う前にルサックは宿の中へと入り、カウンターへと大股で歩み寄っていく。レイルスが慌てて後を追いその背中に追いつくかという辺りで、

「繁盛しすぎじゃないか?」

 顔をしかめ、カウンターの中にいたアーキラへとルサックは言い放った。流石にそれは失礼だろうと「ちょっと、ルサック……」とレイルスは後ろから声をかけたが、アーキラは『気にするな』と言わんばかりに軽く手を振って、

「全くだ、良くねぇ兆候だぜ」

 なんとも宿の主人らしからぬことを言った。

「良くない兆候って……ていうかルサック、なんで分かったんだ?」

「客室の窓が明るかったんでな。それより、そういう反応ってことはやっぱり、ギルドが動いてんのか」

「ああ。お前らの部屋は開けてあるが、他は満室だ。どうにもクピディタスに動きがあったらしい。ヒュドリアが兵力を集めてるのに感付いてか、それとも他になんかあったのか……俺には分からんが、ともかくここ数日で一気に厳戒態勢だ。兵は南のトロタに集結してるが、ウィリデスとヒュドリアが選抜したギルドメンバーはこっちに集まってきてやがる」

「こっちにも人が集まるって、それじゃあこの辺の開拓村は……!」

 真っ先に、カプト村のことがレイルスの胸中に浮かんだ。カプト村は川の西側にあり、周辺の開拓村の中でもやや孤立している。もし西からクピディタスの軍勢が現れでもしたら、最初に狙われるのはカプト村だろう。

「気になるなら俺に聞くより、ギルドだな。探求者連中のリーダー格がちょうど顔出してるはずだぜ」

「そうなんですか! それじゃあ――」

「レイルス、ギルドへはお前一人で行ってこい」

 急に言われて、レイルスは思わずえっと声を上げた。

「一人でって、ルサックはどうするんだ」

「俺はカプト村に行く。本当に開戦間近だったら、一刻も早く避難の準備をさせた方が良い。俺が先行して、お前はギルドで話を聞いてから俺に連絡入れろ。ここから村までなら、マナボード間の通信は無理だがギルドにある大型送受信装置での通信はギリギリできるはずだ」

「ルサック一人で行くのか!? いまから夜だぞ!」

「だからだ。二人だと情報の伝達が遅れるし、逆だとお前が危険すぎる。カプト村に自分が行きたいのは分かるが、今日の船便はもう終わってる時刻だ。水路が使えない分移動する時間だってかかるし、移動時間が増えれば増えるほど疲労も増す。お前が無理して結局たどり着けない、なんてことになったら本末転倒よりもなお悪い」

 分かるな、と言われれば、レイルスは頷くしかなかった。理路整然としたルサックの物言いには反論の余地が無い。実力不足はこんなところにもあった。戦う力だけで無く、夜の森を行く能力も、まだ足りていないのだ。

「……分かったよ。荷物置いたら、いまからギルドに行く」

「良い子だ、レイルス」

「止せよ、子供扱いしてるみたいなこと言うの。……ちゃんと生きてたどり着いて、合流したら、夜の森の歩き方を教えてくれよな」

「ああ、行ってくる。アーキラ、この導機類は部屋に運んでおいてくれ。国からの借りもんだ」

「そんなご大層なもんを部屋に置くなよ! こっちの金庫で保管しておいてやる。そんぐらいの機材なら入るだろ」

 ルサックは軽く頭を下げ、五ハリ硬貨をアーキラに投げて寄越すと足早に去って行った。レイルスはアーキラから鍵を受け取り、部屋に荷物を放り込むとすぐさまギルドへと向かっていった。

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