忙しない再会

 オリージャ・ギルドは波止場に近い街の中央部にあった。辺境の町にあるレンガ造りのギルドは、ウィリデスにある他二つのギルドに比べて規模が小さい。――そんなアーキラの宿と比べても同程度以下に思えてしまうほどの広さのギルド内部には、常以上の人が詰めかけていた。

 オリージャ・ギルドは入って正面にすぐロビーがあり、その向こうにカウンターがある。ギルドメンバー専用の待合室というものはなく、ロビーにあるテーブルを一般の依頼者と共有する形になっている。そのテーブルを、武器を携行し、あるいはマナボードを見える位置に下げている者たちが占拠しているのだった。レイルスが入ってくると入り口付近に居た二、三人が顔を向けてきたが、大半はパーティ同士やギルド職員との会話に忙しい様子で目も向けてこない。レイルスは職員に話を聞こうとしたが、手が空いている職員はいない様子だった。仕方なく、ギルドメンバーに話を聞こうと周囲を見回したその時、見知った顔を目があった。

「……レイルス?」

 会話でざわつく中、声は聞こえなかったものの唇がそう動いたのをレイルスははっきりと見た。手招きをされるままにテーブルの間を縫ってそこにたどり着けば「こんなとこで何やってんの、あんた」とつっけんどんな声がした。

「いや何って……リンこそどうして?」

 そのテーブルの席に着いていたのは、リンだった。同じテーブルの席にベルダーも着いている。リンはレイルスがいることに驚いている様子だったが、ベルダーの方は軽く腕組みをした状態でぴくりとも表情を動かさなかった。

「どうしてもこうしても無いわ。クピディタスが軍を動かしたって言う話だから、あたしたちが派遣されたのよ」

「やっぱり、本気で探求者を戦力としてヒュドリアは使ってるんだ……」

「まあね。どうせ戦争になってしまえば旧文明の調査なんてできないし、合理的と言えばそうよ。……とはいえ、ここまで早くクピディタスが動くのは予想外だったけど」

「そうだったんだ……そういえば、バロンは?」

「バロンならここのギルド長に話を聞きに行ったわ。あいつが派遣された探求者たちのリーダーみたいなもんだから」

 レイルスは驚きに思わず声を上げかけたが、とっさに口を閉ざした。そうだろうな、という思いもあったし、万が一にもバロンに聞かれれば確実に不興を買う。自分の実力を疑われるのは、バロンが嫌うものの一つだった。

「あたしたちのことはいいの。それよりレイルス、あんた……まさか戦争に参加するの?」

「そこまではまだ考えてないんだ。ともかく状況を知ろうとして……俺が元々暮らしてた村が近くにあるから、もしそっちが危ないようなら村のみんなを避難させようと思ってたんだ」

「ああ、そういうこと。ならいいんだけど」

 ならいい――という物言いにレイルスは少し引っかかりを覚えた。戦争に行くなと言うのは分からないでもないが、前に出られるとそんなにマズい事情でもあるのだろうか。それとも単に、実力不足だから止めておいてほしいだけなのか――その疑問に答えるように、それまで沈黙を保っていたベルダーが口を開いた。

「……そのつもりなら、もう動いた方がいいだろう。人を移動させながら動くのは思いのほか時間がかかる。家財を持っていこうとする者もいるだろうし、そうなれば馬車や船の手配にも時間がかかる。戦線が拡大してからだと遅きに失するだろう。明朝の船には、間に合わせるべきだ」

「あ、うん……分かった。いまからちょっと電話借りて、向こうに連絡入れるよ」

「連絡? ……そうか、ルサックが先行しているのか」

 ベルダーはルサックと知り合いらしい。一応知ってはいるのだが、ベルダーの口からルサックの名前が出るのは少し意外で――しかも行動を共にしていることまで予測されているとも思ってもみず――レイルスは少し間を置いて首肯した。

「……あ、そうだ。ベルダーに聞きたいことがあったんだ。本当は手紙を出すつもりだったんだけど」

「聞きたいこと? 俺にか……どうした」

「いや、この剣だよ」

 言いながら、レイルスは自分の背中を指差した。

「これ、導機が使われてるとか何とかってルサックに言われたんだけど」

「ああ、そのようだな。出自は知らないが、魔導剣の一種だろう」

「そんなあっさり言われても……」

 出所を聞くつもりだったのに、はっきりと分からないと言われてレイルスは困惑するしかなかった。

「どういう由来なのか、ベルダーでも分からないのか」

「ああ。ただ、その剣はお前の父から譲り受けた物だ。昔、クピディタスの方から流れ着いた男を助けた際に礼として譲られた物らしい」

「えっ、オヤジが持ってた物だったのか!?」

 驚くレイルスを余所に、横で聞いていたリンが不機嫌そうにしかめた。一つ溜め息を吐き、険の混じった視線をベルダーに寄越す。

「ベルダー、あなたね……そういう大事な物、普通自分の手で渡さない? なんであたしに預けたのよ」

「……悪かった」

「答えになってない。……ったく、派手な見た目じゃないから分かりにくいけど、魔導剣なんて相当厄介なブツじゃないの。たぶんレイルスのお父さんに頼まれたとかなんだろうけど、本当に持たせてて大丈夫なわけ? 人前で使ったら変な目で見られるわよ」

「あー、それなら大丈夫だと思う……使い方、分かんないし」

 リンの呆れかえった視線は、今度はレイルスへと向けられた。

「普通の導機と大体一緒よ。それ持って魔力を流し込んだら剣に……というかたぶん柄頭のマナストーンが魔力を調整してくれるから、それで振り回せばいいんじゃない」

「よく知ってるな、そんなこと」

「武器になってるのが珍しいだけで、ほぼ同じ理論使った手持ちの導機式電灯とかはこっちにもあるし。まあそういうのは大抵、魔力を蓄えとくマナカートリッジもセットになってるんだけどね。魔導剣も確かそうよ。カートリッジに魔力を蓄えておくことで、持続的に剣に魔力をまとわせるの」

「……それってもしかして、カートリッジが無いと魔導剣としては使えないってこと?」

 そもそもカートリッジらしきものをレイルスは見た覚えが無い。もしかしたら内蔵されているのか、と思いきや、その注釈をベルダーが付けてくれた。

「持ち手のところを見てみろ。スライドして開くような機構になっているだろう。そこにカートリッジを装着するんだ。といっても、渡されたときにはすでにカートリッジが引き抜かれていたらしいがな」

「どっちにしろ、いまのところ魔導剣としては使えないってことか」

 それならそれで別に構わなかった。マナカートリッジを手に入れられる場所があるかどうか、気にならないわけでは無いが――そもそも何故、父がこの剣を得てそれをベルダーに託したのかも気になるところなのだが――いまはこれ以上話し込む時間も無かった。

 レイルスは礼を言って二人の側から離れた。一瞬、持っている手紙を預けようかとも思ったが、中身はいままで世話になった感謝の他はこっちの近況を伝えたり、バロンの近況を伺うような文面だ。互いの状況が分かったいま、わざわざ手紙を預ける必要も無いだろう。手紙はまた今度書き直すことにして、レイルスは人でごった返すカウンターの方へと足を向けた。

 待たされるかとも思ったが、戦地の情報を尋ねたり、あるいは今後の行動の相談をしようとしている他のギルドメンバーと違うと見られたのか。思っていたよりも早く、レイルスはカウンターの前に通され、導機通信機を借りることができたのだった。

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