四属性のマナストーン
バルバロの背から剣を引き抜き、リフトで上階に戻ってもレイルスはまだぼんやりとした心地でいた。感覚の一部が麻痺したような、白昼夢の中を歩いているような感覚だった。見下ろせば、地に伏せたバルバロの回りを人型の導機人形が取り囲んでいるのが見えた。巨大な鋼鉄の足をジャッキで持ち上げ、台車を使って――といってもそれは一般的な荷運びに使う物より遙かに大きかった――その体を再びリフトの上に乗せる。バルバロを乗せたリフトは機械人形ごと下降し、すぐに閉ざされた隔壁によって見えなくなった。
「レイルス? おい、レイルス! 大丈夫か?」
駆け寄ってきたルサックが、レイルスの顔を覗き込んで言う。あまりにもレイルスが呆けていたので心配した表情をしていたが、レイルスがぽつりと「倒せた……」と言うと、途端にがくりと肩を落とした。
「実感が遅すぎやしないか?」
「いや……ごめん、ちょっと自分でも信じられなくって」
これまでも戦闘は経験してきたし、獣や魔物の中には巨大な体躯をしたものはいた。しかし、たった一人であれほどに巨大な敵と戦った経験はレイルスには無かった。ルサックの助言があったとはいえ、普通に剣で切り付けた程度では死なないような敵に、単独で勝てたというのは未だに信じがたかった。
しかし、ルサックにとってはレイルスの反応の方こそ信じられないもので、呆れたように苦笑した。
「お前なぁ、あそこまで戦えてたのにまだ自分の実力が信じられないのか?」
「信じてないわけじゃないんだけど……何ていうか、実感が湧かない……」
「なんだそりゃ。とっさに弱点を見切って魔導を応用的に使って、魔導と剣の両方を使いこなしてあんだけデカいヤツをやっておいて?」
「だって、いままではパーティの中で戦ってたし。俺の役割って、前行って適当に邪魔そうな雑魚を散らすぐらいのもんだったし……あと囮とか、魔導でちょっと足止めとか」
「宝の持ち腐れだな」
宝と呼ばれるほどのものじゃない、とレイルスは言いたかったが言ったところでルサックは納得してくれなさそうで、結局面はゆい気分のまま視線を泳がせるしかなかった。
「宝といえば、報償のマナストーンの説明が画面に出るみたいだ。つっても、お前が画面に触れないと駄目みたいでな。ちょっと見てみろよ」
ルサックに促され、レイルスは画面を見た。そこには古代文字が横一列に連なっていた。
「……読めないんだけど。ルサックよく分かったな……」
「ん? アナウンスが聞こえただろ? ……もしかして聞いてなかったのか?」
「いや、その……あは、ははは……」
どうやら戦闘直後の昂揚やら何やらで聞き逃していたらしい。レイルスは笑って誤魔化しながら画面に触れた。文字が消え、代わりに地図らしきものが映し出される。
『おめでとうございます! 訓練突破の証としてランクAのマナストーンをお受け取り下さい。なお、マナストーンの授受はルームC-1にて行われます。訓練突破者はルームC-1に入室して下さい。なお、授受の期限は訓練第二段階突破後の一年間です』
レイルスは地図を眺めた。が、どうやら地図の場所は別の入り口から入るらしく、いま居る階層とは繋がっていなかった。当然、初めてこの場所に来たレイルスにはルームC-1の場所も分からなかった。
「ルサック、場所分かるか?」
「ああ。下への入り口は幾つかあるんだが、ルームC-1は倉庫の方から下りるみたいだな。移動がちっと面倒くさいが、まあ休憩も兼ねていったん上に出るぞ」
二人は画面の前を離れ、部屋を出て行った。再びがらんとした空気が漂うのみになった部屋は、そのうちに全ての電源が落ち、暗闇に包まれた。
五分ほどの小休止を挟み、武器の整備などをすると、レイルスはルサックの案内に従って城内の倉庫へと向かった。倉庫は城の一角、渡り廊下の先にあった。地上二階、地下一階の構造になっており、かつては武具や魔導機械、食料物資などが山ほどあったのだろうが、いまは物資らしものは何も残っていない。
「ここのも全部、ルサックが全部持ち出したのか?」
「いや、俺が来たときにはほとんど何も無い感じだった。ここの外の方が武器なんかはよく見つかったぐらいだ。持てるだけの武具を持って退避したか、それか持てるだけの武具を持って打って出て、みんな討ち死にしたかのどっちかだろうな」
淡々と語られる、空想上のかつての戦場にレイルスは何とも言えない、たとえるなら恐怖に近い感情を抱いた。と、同時に何か違和感も覚えた。倉庫は城と同様に石積みの壁を漆喰で塗り固めたもので、堅牢ではあるが、先ほどまでいた下層の様相とは全く違って見えた。
「どこと戦ってたのか知らないけど、下にあるあのデカい導機とか使えなかったのかな」
「たぶんだが、年代が違うんだろう。いまの俺たちみたいに、昔の遺跡の上に城を作った。だから、訓練場を利用することはできても、あの導機人形たちを戦争に使うことはできなかったか……そもそも入れなかったかのどっちかなんじゃないか」
「……もしかして、古代文明って複数あるのか?」
レイルスの問いに、ルサックは「そうなんじゃないか?」とだけ答えた。どうやらそれ以上のことを言うつもりはないらしい。学者じゃないんだから知らなくても当然か、とレイルスは思い、それ以上は追及することなく地下へと下りていった。
光の当たらない、ひんやりとした石畳の地下をもう一階層下りると、訓練場へと通じる扉と同じような扉が現れた。ただし、先ほどのように柱形の認証装置は見当たらなかった。不思議に思ったレイルスが扉に近付くと、
『魔力配列コード001-1-94を感知しました。……システム0-01戦闘訓練シークエンス2の突破を確認。ルームC-1を解放します』
声が告げるのと同時に、眼前のドアが左右に開いた。レイルスはルサックを振り返ると、小さく頷いて、扉の奥へと足を踏み入れた。
扉の向こうにあった廊下は、訓練場に通じる廊下とよく似ていた。向こうと違うのは、道は直線になっており、左右にドアが並んでいるという点だった。ドアの上部には赤いランプが灯っている。が、一箇所だけランプが緑に光るドアがあった。レイルスがドアの前に立つと、ほとんど音も無く滑らかに開いた。
部屋の中は、訓練場よりも狭く、正面に円柱型のガラスケースがあった。ケースの中には、マナストーンが一つ浮遊している。ケースの下方は金属でできており、前面に出っ張った部分があった。ケースの前にレイルスが立つと、出っ張りの部分がぼんやりと光った。訓練場入り口にあった導機と同じ仕様のようで、光った場所にレイルスが手を乗せてみると、ガラスケースの一部が左右にスライドし、手を差し込めるほどの隙間ができた。
『戦闘シークエンス0-01完了の証明となる、Aランクマナストーンをお受け取り下さい。火、水、土、風の四属性の魔力のクアドラプルコンバートを可能としながらも、変換効率85%を確保した高機能マナストーンです。万が一不具合が発見された場合、タナトス&ヒプノス社へご連絡ください』
アナウンスの声を聞きつつ、レイルスはガラスケースの内側に手を入れ、マナストーンを手に取った。マナストーンは白色の下地に赤や緑、青といった複雑な色をしており、オパールに似た色合いをしていた。
「……なんて、言ったらいいのか」
ガラスケースから手を引っ込め、ルサックにも見えるように振り返って、マナストーンをしげしげと見ながらレイルスは言う。
「ツッコミどころが多すぎて……言葉が見つからない」
「そんなにツッコミどころってあるか?」
「いやだって、四属性だよ? 複数属性のマナストーンなんてめちゃくちゃ貴重だしあっても二属性が関の山だろ? クアドラほにゃららとか変換効率とか知らない単語が出てきてわけわからないし、あとタナトス&ヒプノス社? 現存してないよな」
「まあ太古の会社は残ってないし、点検も返品も依頼できないわな」
色々あったレイルスの疑問のうち、最後の疑問にだけルサックは答えた。残りの疑問については、
「まあ、現実問題どう使うかってのはギルドに帰ってから考えた方がいいだろ。現代の水準だとどういうものなのかまるで分からないしな。使うのは調べてからってこった」
「え、使うのかこれ」
「使わないでどうするんだよ。それこそ宝の持ち腐れだろ? それに、お前にぴったりじゃないか。四属性、全部使えるだろ」
レイルスは、もごもごと肯定するような声を口内で発した。確かに四属性の魔導は使えるのだが、いかんせんレベルの低い魔導を、応用を利かせる形で使ってきたので本当の意味で『使える』のかはさっぱり分からないのだった。そしていつものごとく、レイルス以上にレイルスの実力に自信を持っているのはルサックだった。
「使えなかったら使えなかったらで、売っ払って自分に合うマナストーンでも買えばいいさ」
「うん……っていうか俺的には、そっちの方がいい気もするんだけど……」
「そんな怖じ気づかなくても、お前ならやれるさ」
ルサックの言葉を否定したいわけではない。使おうと思えば使えるのかもしれない。……しかし。
(これ……もし売ったら、どれだけの値が付くんだ……?)
たとえ一属性でも、古代のマナストーンは万単位の値が付くことも珍しく無い。ましてや四属性だ。恐ろしいほどの高値が付きでもしたら、マナボードに装着して持ち歩くこともはばかられそうだ。
しかし、ルサックはそんな心配はしていない様子で破顔一笑すると「じゃ、もう少し辺りを探索してみようぜ」と言う。やっぱり自分とは金銭感覚が違う――王子とまでは行かずとも、もしかしたら良いとこの出なのでは、とレイルスはいらぬ勘ぐりをルサックに向けたのだった。
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