50 天空からの雷

 高度八〇〇〇メートルを飛行していた陸攻隊は、機上電探によって敵艦隊の存在を捕捉すると、残り十五分の距離から降下を開始していた。

 そして、雲などの状況から高度四五〇〇メートルでの攻撃を行うことを決意していた。

 編隊長機である三原機を始め、四十一機の一式陸攻は徐々に高度を下げていく。

 過加重状態の機体は、下手な操縦をすればあっという間に高度を落として編隊から離れてしまう。各機の操縦手たちは、慎重に機体を降下させていった。

 そして、高度五〇〇〇メートルを切ったあたりで、敵戦闘機隊による迎撃を受けることとなったのである。


「各機、何があろうと定位置を保て! 不用意に高度を落とすな!」


 三原は、隊内無線に向けてそう命ずる。がっちりと編隊を組み、互いの機銃が有機的に連携出来れば、少なくとも単機でいるよりはましだ。

 それに、こちらには笹井醇一少佐率いる烈風隊がついている。ちらりと見れば、陸攻隊の手前で米戦闘機隊と空戦に入っていた。

 三原元一少佐率いる陸攻隊は、なおも米機動部隊に向けて進撃を続けていた。






 ベティの編隊に接近しつつあったマッキャンベル少佐は、素早く敵の指揮官機を見定めた。

 そして、背後を確認する。

 敵の新型機編隊の一部が追ってきている。


「くそっ……」


 彼は操縦桿を引き倒す。またしても曳光弾の不吉な色が風防をかすめていった。






「ちっ……、勘の良い奴だ」


 二〇ミリ機銃の射撃が空振りに終わったことに、笹井は一人毒づく。敵の隊長機と思しき機体。そいつが、一番の手練れだろう。

 ぐっと操縦桿を操り、愛機にその敵機を追わせていく。

 こいつは、ここで撃墜しておくべきだ。そう、笹井は判断していた。






「前方二時方向より、新たな敵編隊来襲! 数は六!」


 落ち着いた声で、見張りを務めていた陸攻搭乗員が報告する。

 この時、第二群の軽空母ラングレーⅡから六機のF6Fが緊急発進し、天雷部隊の迎撃に向かったのである。見張りが確認したのは、その六機であった。


「烈風隊、向かいます!」


 笹井少佐が陸攻隊の直接護衛のために残しておいてくれた九機の烈風が、新たに現れた敵機に向かっていく。その動きには、一糸の乱れもない。


「……流石は歴戦のソロモン組だな」


 感嘆と共に、三原は呟く。

 九機の烈風はグラマンに対して真っ正面から向かっていった。


「各機、水メタノールを使え! 一気に米空母上空まで突っ走るぞ!」


 三原は隊内無線に向かって怒鳴る。

 笹井醇一少佐率いる烈風隊は、陸攻隊の期待通りに奮戦してくれている。ならば、彼らが作り出してくれた迎撃網の間隙を突くのが指揮官としての義務だろう。

 水メタノールを噴射された発動機が唸りを上げ、陸攻隊は加速していく。


  ◇◇◇


 二十四機の烈風と四十四機のF6Fとの間に始まった空戦は、混沌状態のまま続いていた。

 一撃で九機を撃墜して二十四対三十五の戦いに持ち込んだ烈風隊は、搭乗員の技量も手伝って数的劣勢をものともせずに奮戦を続けている。しかし一方で、数の差からくる限界も現れつつあった。

 米戦闘機隊の数が三十機を切った頃、マッキャンベル少佐など混乱から立ち直った一部の搭乗員たちが烈風の妨害を突破して陸攻隊に近付きつつあったのである。

 これに対して笹井醇一少佐など一部の烈風が空戦の渦から抜け出して追撃を行ったが、それは数の少ない烈風隊をさらに小分けにする行為でもあった。

 そして、ラングレーⅡのF6F隊がこの空域に駆け付けたことで、陸攻隊を直掩する九機の烈風が一式陸攻の側から離れることになってしまった。六機のラングレー隊は九機の烈風に撃墜される運命にあったのであるが、彼らはその命を以て合衆国海軍にとって貴重な隙を作り出すことに成功したのである。






「八時方向より敵機七!」


「各銃座は射撃を開始しろ!」


 三原少佐の号令一下、隊長機の射撃に合わせて一式陸攻は一斉に射撃を開始した。

 無数の火箭が、空へと伸びていく。

 三原機も、機銃射撃の振動で小刻みに揺れていた。機銃を撃つために空けられた風防から高空の風が流れ込み、もともと冷えていた機内がいっそう冷たくなる。

 四十一機の一式陸攻が構成する防御火力とはいえ、双発機などよりも遙かに俊敏な敵戦闘機を相手にどこまで防ぎきれるか判らない。

 それに綿密に編隊を組み、さらにフリッツXのために操縦性が悪化している一式陸攻である。まともに身動きの出来ない自分たちは、敵機からしたら格好の標的だろう。

 いかに水メタノールを使用して速度を上げているとはいえ、グラマンほどの速度は出ていない。逃げ切ることも不可能だ。

 ただ一瞬でも早く敵艦隊の上空に辿り着くしかない。

 三原は内心の焦燥感を一切出さず、指揮官席でただじっと前を見つめていた。






 敵編隊長機を選り好みしている暇などなかった。

 背後からは敵の新型機が喰らい付いてきている。零戦ジークなどよりも、よほど速い。振り切れない。マッキャンベルは前方とバックミラーを確認しながら、スロットルを全開にまで開いて愛機を加速させていた。

 ベティの特徴的な機影で構成された編隊との距離が、高速で縮まっていく。

 もうすぐ、照準レクティルに一機のベティを捉えられるところまで来ていた。

 しかし、それは逆に自分からベティの撃ち出す火箭の中に飛び込んでいくことを意味する。

 最善は、背後に回って下部からエンジンと胴体の間を狙うこと。次善は後部の機銃座をまず潰し、それから翼を狙うこと。

 だが、今はただ愚直に撃墜出来るベティから撃墜していくしかない。

 幸い、相手は一切の回避機動を取ろうとしていない。

 マッキャンベルは機銃の発射装置に指をかけ、そこに力を込めようとした。

 だが、またしてもそれは叶わなかった。


「くそっ……」


 呻きと共に操縦桿を倒す。

 自分を追ってきている敵機もまた、同じように照準レクティルに自分の機体を収めたと悟ったからだ。

 マッキャンベル少佐は、再び一式陸攻を攻撃する機会を失ってしまったのである。

 しかし、残りの機体については必ずしも同様ではなかった。






 敵機の翼から閃光が走るのが確認出来た。

 機銃の射撃音の中に、爆発音が混じり込む。


「三番中隊三番機被弾! さらに第四中隊五番機と七番機も被弾!」


 一式陸攻は主翼内にも燃料を収めるインテグラルタンクを採用している。一一型とは違い、二四型には自動消火装置が装備されているが、だからといって機体の脆弱性が完全に解消されたわけではない。実際、新型の一式陸攻の防弾性能に期待していた陸攻搭乗員たちは、いざ実戦になるとその防弾性能を酷評している(とはいえ、自動消火装置の装備によって陸攻隊の生残性が上がったことは事実であった)。

 主翼内の燃料タンクは往路で使用することで燃料を空にし、被弾による発火の可能性を下げる措置がとられていた。しかし、この方法はまた別の問題を呼び起こしてもいた。

 燃料を使い切るといっても、翼内の燃料を完全に空にすることは出来ない。わずかに燃料が残ってしまう。それが気化することで、翼内には爆発の危険性が高い混合気が充満することになるのである。

 この時被弾した三機も、内二機は火災を起こすのではなく、いきなり爆発してしまった。当たり所が悪かったのだ。

 対策として炭酸ガスを充填する応急消火装置も一式陸攻は装備していたが、その効果は限定的なものでしかない。


「了解」


 伝声管から伝わる報告に、三原はただ硬い声を返すだけだった。戦闘になれば、撃墜される機体が出るのは必然だ。ソロモンでも、何度も部下の死を見届けてきた。

 今は彼らの無念を晴らすためにも、ただひたすらに前進を続けるしかない。






 三機の陸攻が炎に包まれるのと同時に、四機のF6Fが烈風によって撃墜された。


「こちらの射線を躱すことより、艦隊を守ることを選んだか……」


 感嘆と悔しさをその言葉に混ぜ込んで、笹井は墜ちてゆく敵機を見送った。

 一部の敵機はこちらの射線から逃れるために陸攻隊への攻撃を諦めたが、残りの敵機はただ真っ直ぐに陸攻目がけて射撃を行った。結果として、射撃時の直線飛行を背後から烈風隊に撃たれて撃墜されることになったが、代わりに彼らは三機の陸攻を道連れにすることに成功していた。

 実態としては、攻撃に夢中になった米軍搭乗員の後方不注意が原因なのであるが、そのようなことは笹井らには知るよしもないことであった。だから、米軍搭乗員の行動を彼らの捨て身の攻撃であると解釈することになる。

 結果として、自分たちは離脱を図った三機のグラマンを見逃すことになってしまった。


『隊長、後方より新たなグラマンです!』


 隊内無線から、僚機の太田の声が流れる。


「判った」


 離脱した敵機が気掛かりであるが、新たに陸攻隊に迫る敵機も見逃せない。数的劣勢にある烈風隊の弱みであった。

 笹井は操縦桿を捻り、空戦の渦を抜け出して陸攻隊に襲撃を仕掛けようとする新たなグラマンへと向かっていった。






「あいつら……っ!」


 機体を降下させながら、マッキャンベル少佐は歯噛みした。

 自分に付いてきた一部のF6Fは、ベティへの攻撃に夢中になるあまり後方からの脅威を見過ごしたのだ。あるいは、ベティからの防御射撃に動揺した結果、この双発機を墜とさなければ自分が墜とされるという心理状態になってしまったのかもしれない。

 いずれにせよ、ベティ三機の撃墜と引き換えにするには、あまりにも割に合わないものであった。

 彼らは、未来ある合衆国青年なのだ。死んでベティを墜とすよりも、生きて何度もジャップの航空機を墜としてもらいたかった。

 だが、今は部下の死を悼んでいる暇はない。

 ジャップの護衛戦闘機は、皮肉なことに撃墜された四機のF6Fが引きつけることになってしまった。自分を追いかけてきた例のエースも、今は見えない。

 これは、好機であった。


「ラッシング中尉、付いてきているか?」


『勿論です、少佐』


「もう一度仕掛けるぞ! 後ろは任せた!」


『アイ・サー! お任せ下さい!』


 レシーバーから、僚機の力強い返答があった。

 マッキャンベルは操縦桿を引き、再び機体を上昇させ始めた。降下時の加速を上手く利用し、彼のF6Fは速度をほとんど落とすことなく下方から一式陸攻の編隊へと襲いかかっていった。






「下からグラマン二機、突き上げてきます!」


「応戦しろ!」


 陸攻隊の後部二〇ミリ機銃が下部後方より襲いかかろうとする二機のグラマンに向けられる。だが、高速で移動する敵機の俊敏な動きに、射手が追随するのは著しく困難だった。編隊を組むことで弾幕を張ることには成功しているが、それでもやはり命中させることは至難の業である。

 しかも、この二機のグラマンは相当の手練れであった。七時の方向という、後部機銃座の射界の外から襲撃を行ったのである。


「グラマン、本機に向かってきます!」


 伝声管を通して、後部機銃座からの叫びが操縦席に響く。


「……」


 そのすぐ後ろ、指揮官席に座る三原元一少佐は微動だにしなかった。

 編隊長機が撃墜されたところで統制が揺らぐような柔な訓練はしていない。この機体が撃墜されようとも、必ずや部下たちが米艦隊に鉄槌を下してくれるだろう。

 その思いと共に、三原はただひたすらに前方を見つめていた。

 海面から立ち上る黒煙が、高空へとたなびいている。

 第一次攻撃隊が空襲を仕掛けた米機動部隊に違いない。

 自分たちの目標である米空母は、もう目の前であった。






 マッキャンベル少佐と僚機のラッシング中尉は、陸攻隊の後部機銃座の死角から襲撃を行った。

 それでも、側面の機銃座から野太い火箭が飛んでくる。

 このベティは、どうやら武装を強化した型らしい。これまでのベティは、大口径機銃を尾部にしか搭載していなかった。

 だが、だからといって怯むわけにはいかない。

 マッキャンベルは静かに両翼六門の十二・七ミリ機銃を発射した。

 曳光弾が、敵機へと吸い込まれる。






 被弾の衝撃が、三原機を襲った。

 瞬間、右発動機から火が噴いた。

 操縦席の火災表示灯が点灯し、主操縦員が流れるような動作で消火コックを「停止」から「作動」へと切り替える。さらに計器板の消火把柄を引き、右発動機に高圧の炭酸ガスが噴射され発動機から尾を引く炎の勢いが収まる。

 三原元一少佐の搭乗する一式陸攻は、白煙を引きながらなおも飛行を続けていた。






「しくじったか!」


 マッキャンベル少佐は思わずコックピットで罵声を上げた。

 必殺を期して放った機銃は、直前に敵機が緩く回避運動を取ったことで致命傷とはならなかったようだ。

 高空で戦うベティは、意外にしぶとい機体であることをマッキャンベルは知っている。上手く主翼付け根付近に命中弾を出さない限り、撃墜は難しい。


「ラッシング中尉、もう一撃だ!」


 マッキャンベルは操縦桿を捻り、再びベティの後方からの襲撃運動を試みようとしていた。

 視界の隅に、あのジャップの新型機の姿が映る。

 こちらがもう一撃喰らわせるのと、敵戦闘機がこちらを照準に収めるのと、どちらが早いか……。






「グラマン二機、再度迫ってきます!」


「全機、何があろうとこのまま真っ直ぐに敵艦隊を目指せ!」


 もしかしたら、これが自分の出す最後の命令になるかもしれないな。

 そんな思いを抱きながら、三原は隊内無線に怒鳴った。

 と、不意に操縦席の風防に影が差す。


「二番機反転!」


「馬鹿野郎が……!」


 二番機の意図を即座に悟った三原は思い切り拳を握りしめ、苦しげな呻きを漏らした。

 彼らは、自分たちの盾になろうとしている。






 再び機銃を発射したその瞬間、マッキャンベルの目の前に別のベティが割り込んできた。


「なにぃ!?」


 思わず、驚愕の叫びを上げてしまう。

 すでに自分の脳が発した命令によって、手は発射ボタンを押してしまっていた。

 操縦桿から伝わる機銃発射の衝撃。

 両翼から伸びる曳光弾。

 それらがすべて、唐突に射線上に現れた一機のベティの主翼へと吸い込まれていった。

 途端に起こる爆発。

 発動機と共に吹き飛ばされる巨大な主翼。

 錐揉み状態になりながら墜ちてゆく機体。

 この歴戦の戦闘機乗りは、その光景に一瞬の自失に襲われてしまった。

 自らの隊長を守るために、あのベティに乗っていたジャップはその命を投げ出したのだ。それも、七人すべてが。


『少佐!』


 ラッシング中尉の警告がなければ、恐らくマッキャンベルはここで命を落としていただろう。

 咄嗟に、彼は操縦桿を捻った。

 機体の脇を、火箭が過ぎる。

 ジャップの新型機が、再び自分に迫ってきたのだ。


「くそっ! これ以上の攻撃は不可能か……!」


 悔しさを滲ませた叫びを上げて、マッキャンベル少佐は僚機のラッシング中尉と共に、翼を翻してその空域を離脱していった。






 右発動機への被弾によって、機体は不自然な振動を続けていた。

 ここで引き返せば、まだ何とか基地へと戻れるかもしれない。

 だが、三原ら七人の陸攻乗りはその選択肢を選ばなかった。

 残りの一式陸攻と共に、ただひたすらに米機動部隊を目指す。

 すでに眼下の米艦隊は、対空砲火を撃ち上げていた。高度四五〇〇メートルに、高角砲弾の炸裂による黒煙が次々と浮かぶ。

 だが、米軍の普段の対空砲火を思えばいささか散発的にすら感じられる射撃であった。恐らく、こちらが雷撃をすると予測していたのだろう、照準の修正や信管の再調整に追われているに違いない。

 米艦隊が態勢を立て直せていない、今が好機であった。


「各機、投下用意!」


 逸る気持ちを抑えるように、三原は命ずる。

 すでに編隊は米艦隊上空へと達していた。対空砲火の炸裂によって、機体がさらに揺れる。高角砲の炸裂を間近に受けた何機かが、主翼から火を噴いている。

 それでも、第七二二空“天雷部隊”は編隊を崩さなかった。


「海面までの視界、問題ありません!」


 フリッツXの誘導を担当するために機首に詰めている搭乗員が、報告する。


「よろしい!」三原は、興奮に震える声を隠すように怒鳴った。「各機、雷弾投下!」


「宜候、投下!」


 瞬間、一式陸攻の爆弾倉から一・五トンの誘導滑空爆弾が空中へと解き放たれた。

 一気に身軽になった陸攻が浮き上がり、操縦員が機体を制御する。

 ドイツの開発した恐るべき新型兵器は、マグネシウム炎による誘導用のフレアを尾部から不気味に輝かせながら、音速を超える終末速度で第五八任務部隊へと殺到していった。


  ◇◇◇


 天雷部隊が艦隊上空に現れた時、任務部隊の誰もが日本軍の意図を理解しかねた。

 双発爆撃機のくせに狂気的な低高度での雷撃を得意戦法とするベティが、どういうわけか本来の爆撃機らしい高度で艦隊上空へと侵入していたからだ。

 もちろん、空母ホーネットⅡを始めとする各艦は水平爆撃を警戒して一斉に転舵していた。いかに移動目標に対して命中率の低い水平爆撃とはいえ、転舵しなければベティの照準を容易にしてしまう。

 低空で侵入してくると予測していたために照準や信管の再調整で時間を浪費し、両用砲の射撃は第一次空襲時に比べて散発的といえた。ボフォース四〇ミリ機銃もカタログスペック上は届く高度であったが、命中はあまり望めないので射撃を停止している。

 機銃座について上空を見上げていた各艦の乗員たちは、ただじっと不可解な行動を取るベティを見上げているしかない。

 そして、不意にそれは起こった。

 ホーネットⅡの飛行甲板から、突如として火柱が立ち上ったのだ。

 フリッツXの重量は約一・五トン。大和型戦艦の主砲弾とほぼ同じ重量を持っている。

 それが、音速に近い速度で真上からエセックス級空母の飛行甲板を貫いたのである。

 エセックス級空母の水平装甲は、格納庫甲板が六三ミリ、機関部上部が三八ミリの装甲板で構成され、高度一万フィート(約三〇〇〇メートル)から投下された一〇〇〇ポンド(約四五四キロ)爆弾の直撃にも耐えられる構造になっている。さらに巡洋艦と偵察艦隊を組んで日本の巡洋艦部隊と交戦する可能性も考えられていたため、最上型の一五・五センチ砲弾にも耐えられるように装甲は設計されていた。

 しかし、戦艦の主砲弾の直撃に耐えられるようには設計されていない。

 それが、大和型の主砲弾と同等の重量を持つ爆弾ならば、なおさらであった。

 ホーネットⅡを直撃したフリッツXは、飛行甲板から機関部まで四層となっている彼女の装甲甲板を紙のごとく貫き、艦底部まで到達してその信管を作動させた。

 たった一発の誘導滑空爆弾は、それだけでホーネットⅡの船体を支える竜骨に深刻な打撃を与えた。しかも、彼女に命中したフリッツXは一発だけではなかった。合計三発が、このエセックス級空母への直撃弾となったのである。

 竜骨が損傷を受けたことで沈没が決定的となったホーネットⅡにとって、さらに二発のフリッツXの直撃は破滅的な結果をもたらした。

 竜骨が完全に破断し、艦は艦首と艦尾を持ち上げるようにして急速に沈み始めたのであった。さらに切断された船体に海水が急速に流入し機関部に到達、水蒸気爆発を発生させて、巨大な爆発と共にホーネットⅡの姿を完全に海上から消し去ってしまったのである。

 座乗していた第二群司令官モントゴメリー少将やその幕僚も含めて、乗員の九割以上が脱出する間もなく彼女と運命を共にした。

 そして、第五八任務部隊第二群を襲った悲劇は、これだけに留まらなかった。

 軽空母ラングレーⅡ、カボットにも相次いでフリッツXが命中。

 ラングレーⅡはフリッツXによって艦前部を切断され、艦尾を持ち上げながら急速に沈没。カボットもフリッツXが艦底部まで貫通し、命中から二分後には総員退艦命令が発せられ、被弾から十五分後にはマーシャル沖の海底へと消えゆく運命にあった。

 そして、天雷部隊が狙ったのは何も空母だけではなかった。

 戦艦ウィスコンシン、重巡インディアナポリス(戦艦と誤認された)にも、フリッツXは命中していた。

 ウィスコンシンの艦中央部と後部を直撃した二発のフリッツXは、SHSを用いた十六インチ砲弾にも耐えられる彼女の装甲を易々と貫通し、ウィスコンシン機関部を破壊した。完全なシフト配置となっていた彼女の機関は辛うじて全滅を免れたものの、速力は十三ノットにまで低下、さらには浸水によって七度の傾斜を生じることになった。

 インディアナポリスもまた砲塔を貫通されて爆発を起こし、沈没は辛うじて免れそうであったものの大損害を蒙った。

 天雷部隊は一撃にして、空母三隻撃沈、戦艦一、重巡一を撃破する大戦果を挙げることに成功したのであった。


  ◇◇◇


「……」


 三原元一少佐は、眼下の海面から立ち上る黒煙を満足げに見下ろしていた。


「空母三隻撃沈確実、戦艦二隻撃破。天雷部隊の初陣を飾るのに、相応しい戦果だな」


「はい」


 応じた乗員の声には、すべてを終わらせ、それを見届けることが出来た安堵が滲んでいた。

 一度は消火に成功していた一式陸攻であったが、付近で炸裂した敵高角砲弾によって最早帰還が不可能となるほどの損傷を受けていた。

 今度は、左発動機から炎が噴き出している。

 そして、三原機だけでなく、フリッツXによる攻撃を成功させるために直進を続けていた周囲の一式陸攻も少なからず姿を消していた。

 部隊の三分の一は、すでに失われている。

 そして、自分の機体は彼らをポナペ島まで誘導するだけの力を残していない。


「隊長、烈風が……」


 搭乗員の声を受けて、三原は海面を眺めていた顔を上げた。

 第二五一空一番機、つまりは笹井醇一少佐の乗る烈風が、三原の一式陸攻と平行するように飛んでいた。

 彼の目が、案ずるようにこちらをみているような気がした。


「笹井少佐、ここまでの援護、感謝する」


 隊内無線を取り上げて、三原は言った。


『いえ……』雑音交じりの声で、笹井が返す。『我々は、陸攻隊を完全に守り切ることが出来ませんでした』


「攻撃は成功した。それも、烈風隊がグラマンを防いでいてくれたからだ」


『……』


「すまないが、部下たちを無事にポナペ島まで送り届けて欲しい」


 第二次攻撃隊の次席指揮官は、共に少佐の階級を持つ笹井醇一であった。


「今回の戦訓を持ち帰れる、貴重な者たちだ」


『了解いたしました』


 風防越しに、笹井が敬礼した。三原は、それに答礼を返す。操縦席に座る主副操縦員もまた、烈風へ向けて敬礼した。

 それが、訣別の儀式となった。

 笹井の烈風が速度を上げて翼を翻し、編隊の前方に出る。そして、生き残った機体がそれに続き、ポナペ島へ帰投すべく旋回を始めていった。


「……武運長久を」


 烈風と一式陸攻の編隊を見送りながら、三原は祈るように呟いた。

 いずれ靖国で、この後の彼らの活躍を聞かせてもらおう。

 もう一度、三原は去っていく彼らへと敬礼を送った。ものすごく、満ち足りた気分だった。






 やがて炎上した一機の一式陸攻は、一条の流星となってマーシャルの空へと消えていった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 戦艦ミズーリからの通信が入った戦艦ニュージャージーの艦橋は、茫然自失といった体であった。


「モントゴメリーが死に、空母は全滅だと……?」


 ハルゼーは声をわななかせて、確認するように尋ねた。


「はい。間違いありません」カーニー参謀長も、声の震えを押し殺すようにして答える。「さらには戦艦ウィスコンシン、重巡インディアナポリスも大破しました」


「リーブスのバンカーヒルも大破炎上し、モントゴメリーの空母も全滅……」


 今や第五八任務部隊に残された空母は、正規空母がヨークタウンⅡ、ワスプⅡ、軽空母がカウペンス、モンテレー、サン・ジャシントの計五隻のみ。

 これでは、到底ジャップの機動部隊に圧倒出来る戦力ではない。良くて、互角だろう。

 ジャップの航空基地への戦果も未判明な現状、第五八任務部隊は極めて危うい状況に置かれているといえた。


「ミズーリからの報告によりますと、どうやらジャップはドイツの開発した誘導滑空爆弾を用いた攻撃を敢行したようです。地中海にてイギリス戦艦ヴァリアントを撃沈したといわれる、あの爆弾です」


「そんな戦訓分析は作戦が終わってからにしろ」


 ハルゼーは参謀長の言葉を遮った。


「問題は、トラックのジャップ艦隊にどう対処すべきか、ということだ」


 第三艦隊を率いる猛将は、怒りを押し殺した声でそう宣言した。


「少なくとも、現海域に留まるのは危険です」カーニーは進言する。「ミッドウェーのジャップのごとく、基地航空隊と空母部隊を同時に相手にすることになりかねません。ここはマーシャル付近まで後退し、第五四任務部隊との連携をとるべきかと」


「ここまで来て、後退だと?」


 ギロリ、とハルゼーは自らの参謀長を睨み付ける。


「俺たちが後退すれば、それだけジャップ機動部隊がマーシャルの輸送船団を直接攻撃する危険性が高まる」


「ではせめて、エニウェトク、ポナペの両航空基地の空襲圏外へ退避すべきです」


「……」


 ハルゼーは元々厳めしい顔を、さらに厳しいものにした。


「艦隊を集合させろ。再編する」


 ハルゼーは決断を下した。


「損傷艦は真珠湾に後退させ、残りの艦で二つの任務群を作る。戦艦を中心とする部隊と、空母を中心とする部隊だ。戦艦部隊は俺が直率し、空母部隊はマッケーンの方に預ける」


「ジャップ艦隊に、水上砲戦を挑まれるおつもりで?」


 参謀の一人が、そう尋ねる。


「ああ、状況が許せばそれも選択肢の内だ」ハルゼーは迷いなく頷いた。「こちらにはまだアイオワ級が三隻も残っている。こいつらを遊ばせておくわけにはいかん」


「アイ・サー。攻撃隊帰還後、そのように手配いたします」


 指揮官が決断を下した以上、参謀はそれに従うまでである。

 カーニーは淡々と、ハルゼーの示した艦隊再編に向けた作業へと取りかかるのであった。


  ◇◇◇


 トラックを出撃した第一、第二遊撃部隊は、航空部隊からの戦果を受信していた。

 第六十三航空戦隊は天雷部隊の攻撃が成功した後、彩雲を発進させて戦果の確認を行っていたのである。その結果、空母三隻撃沈、一隻撃破などという、ある程度正確な戦果を日本側は把握することに成功していた。

 これまでの戦果と合わせれば、敵機動部隊の戦力は半減していると見ていいだろう。

 第三艦隊の戦闘機隊で、十分、艦隊の上空直掩を務められる程度には、敵機動部隊の漸減に成功したのである。

 そして五月十一日十二時過ぎ。

 大和以下の艦隊は、輸送任務を終えてポナペ島からトラックへ向けて航行中の第一水雷戦隊とすれ違うこととなった。


「阿武隈より発光信号! 『貴艦隊ノ武運ト長久ヲ祈ル』!」


 これに対する大和の返信は、簡潔であった。


「『有難ウ。我、期待ニ背カザルベシ』」

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