第10話 僕が物理的に学校へ入った話。

 僕が外に出た瞬間。


「お前はクロスの何なのじゃ!」


「貴方こそクロスの何ですの?!」


「なにこれ」


 目の前でルヤタンとエリナが互いの額を突き合わせ、上手い事バランスを取っていた。やや身長の高いエリナがぐっと体を曲げているが、ルヤタンは上手に支えている。なんだかいがみ合っている様なセリフが聞こえていたけど、実は仲が良いのかもしれない。


「あ、霧が消えてる」


 なんだか視界がクリアだと思ったら、周囲に満ちていた赤霧が消えていた。あの大量の霧は全て、後ろの袋が吸い込んでしまったのだろう。つまり相当な魔力が袋に蓄えられた事になる。


「クロスは儂の命の恩人なのじゃ! つまり儂の命はクロスの物も同然じゃ! つまり体もクロスの物も同然じゃ! つまり妻じゃ!」


「どぉおおしてそうなりますの!?」


 謎の四段論法に押されたエリナが後退し、均衡状態が崩れた。押し勝った? らしいルヤタンは小さい胸をこれでもかーと張っている。可愛い。すこ。


「わ、私だって……私だって……でも……!」


 眼に涙を浮かべながら、エリナが何か口ごもっている。

 その様子は何だかいつもと違う様な?


 ――と、その時エリナと目が合った。


「あ、クロス?!」


「出てきたのじゃなダーリン」


「ダーリン!?」


 ルヤタンの中の僕は一体どうしてしまったのだろうか。というかその単語知ってるんだね。いや知ってるか。凄くいっぱいDVD持ってるもんね。しかし時間を追うごとに破格のランクアップを果たしているな。次はどうなってしまうのだろう。


「魔王はどこだ!!」


 すると次に学校の方から野太い声が響いた。何事かと目を向けると、大剣を持った長身の男性がこっちに走ってくる。驚くほど長い黒髪は腰まで伸び、身の丈に迫る大剣は斬馬刀を思わせた。スーツを纏っているし、やって来た方向から察するに教師だろうか。魔王を探しているみたいだ。……魔王?


「あ」


 そうか! そう言えばルヤタンは魔王だった!


「大丈夫か君たち! ここは危険だ、学校へ避難を!」


「え? いやでも、もう大丈夫かと……」


 だってルヤタンは可愛いし、子供にしか見えないし、可愛いし。


「何を言っている! 魔王が出たんだ。最悪この一帯が壊滅しかねない。周辺住民からの情報だが……魔王は『禁術』の様な物を出したとも聞いている」


「あー」


 すみませんそれ魔王じゃないんです。

 エリナです。


「見る限り禁術の使用には失敗した様だが、しかしここは余りにも危険だ。学校には強力な結界が張ってある、早く移動するんだ」


「え、あの、ちょっと!?」


 彼が僕たちに手を伸ばすと、ふわりと皆の体が浮いた。次いで彼の腕の動きに従い、身体が投げられた様に学校へ吹っ飛んでいく。僕たちは三者三葉の反応で彼から遠ざかっていった。


「目が回りますわー!」


「ほう、あの男……良い腕をしておるな」


「もう、今日はこんなのばっかりだ!!」

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