終話.






 ――まず、この物語の始まりは、のどかな風の差す春日向の野原であった。






「――召喚。『バイツァ・ドルヒ=星切蜉蝣』。……借りるぞ楠。聞こえてねぇだろうけど」


「――――。」






 右手に光。

 それは一瞬だけ煌めいて、風に解ける。


 そして俺が、――光の代わりに握っていたのが、成人男性の前腕程度の長さをした、無骨にして清廉なる剣である。


 また、他方。

 それ・・を確認したアダムは、




「――起動準備:王城機構_No.1」




 そう、呟いた。


























 楽園の王に告ぐ_終章


 終話『冒険者達の記録これまでのこと


























 さて、


 ――俺にとってのこの物語は、春日向が咲き誇ったような、爽快なる風。風が巻く平原にて始まった。


 気付けば、場所こそ同じだが、風の匂いに季節はしっかりと反映されている印象だ。



 秋の始まり。空が高く。

 雲が突き抜けて、天空には空白。


 しかし不思議と、……似たような気温のはずなのに、印象が真逆である。



 あの頃は、

 ……来る夏の気配を思わせるような、「暑くなりそう」な日であった。



「――。」



「詠唱か。……俺も出るぞパーソナリティ」


『……進言。ハルマスター当機ワタシの背後に。どうか』



「……心配すんな」



 銃撃。

 瞬く間に吐き出された三つの弾丸を、俺の眼はつぶさに見ている。


 正確に言うなら、俺の眼というよりも、ではあるが。


 ――『冒険者の記録トラベラーズ・ログ』というスクロールについて。

 この効果は、有り体に言うならば『思考再現』ということになる。

 ヒトは行動を思考によって行う。動作も、魔術の詠唱もそうだ。思考性質や性能・・の優劣によって、ヒトは出来ることとできないことを差別化する。


 驚くべきことに、この圧倒的なる効果を発揮するスクロール。その前身は、であるのだとか。



「……、調子は良好」



冒険者の記録トラベラーズ・ログ』と、この魔道具には銘が打たれているらしい。しかしながら、本質的に言えばこのスクロールは、ほかのスクロールと


 例えるなら、『気泡の入った白ワイン』と『シャンパン』の違いだ。ワインの世界においては、シャンパーニュ地方にて作られ厳しい基準を満たしたスパークリングのことのみをシャンパンと呼ぶ。それと同じような感覚だろうか。


 スクロールとは、そもそもの役割が『思考再現』だ。スクロールの魔術式を記述した者が、思考を図面に模写する。スクロールの使用者はそれをインスタントに使用する。――魔術式記述/魔方陣描画手順の代替機能。これが、スクロールという魔道具をストレートに表した言葉にあたる。


 そして、それは『トラベラーズ・ログ』においても変わらない。

 そこらのスパークリングと一級のシャンパンがパッと見の時点で別なように、そこらのスクロールとトラベラーズ・ログで異なるのは、まずはラベル


 全ての『トラベラーズ・ログ』は、――その銘に『物語の名』を持つのだ。




「――世界観〈神域座視〉」




 思い出すのは、過日。

 俺に、――あろうことか色仕掛けを仕掛けてきたリベットのこと。


 赤林檎討伐の後、気の使えないエイルのヤツが衆目の面前で俺を一大任務、爆竜討伐にスカウトした夜。聞けばあの宴の中にはリベットもちゃっかり参加していたらしい。

 そこで俺に目を付けた彼女は、翌朝、俺にコンタクトを取る。


 驚いたのは、それに対するエイルの対応だ。「モメろ・・・」と言ってのけ、そして実際に人死にが出てもおかしくない様な模擬線が始まって、


 その時のリベットは、……どうやら、こんな景色を見ていたらしい。




「(なんつう、次郎系インスパイアみてぇな……)」




 すなわち、――極彩色。


 目に見えるモノ全てに対して、五感的な注釈・・があるような感覚。それは、たとえば文字に起こされているなどして読んで初めて理解できるようなものではなく、視野に入った時点で全ての理解が開始とともに終了する。

 これは確かに、鼻血を吹いて卒倒してもおかしくない『真理』なのだろう。『石ころ』一つを視線に入れても、そこから理解できるモノ、予想できるコトがけた違いに多いのだ。石ころを石ころとしか解釈できない人類に、この視座は確かにまだ早い。


 ただし、俺は別だ。

 鼻血を吹きそうな頭痛などはすべてシャットアウト。すると光景が齎す夥しいまでの情報は、全てがそのまま風のようになって脳をすり抜ける。今は、これで問題ない。必要に応じて「すり抜けていく情報」に、俺がようにして意識を注げばいい。それで『石ころ』どもを、俺は能動的に『脳を白熱させるほどの情報塊』に切り替えることが出来る。


 と、

 ……そんなわけで光景。こちらに奔るつもりらしいアダムの行動の起こりを俺は、1秒に10,000秒分の意味を感じ取りながら、――平たく言えば思考加速を行いながら確認する。



 まずは、

 ……そういえば久しぶりに見る気がするが、奴のステータスなんてものも確認できるらしい






『アダム・メル・ストーリア

 性別・男(‐)歳:人間種


 ・ステータス

 体力:S

 魔力:S

 筋力:S

 耐久:S


 魔法素養:S

 魔法耐性:S


 幸運:S

 知能:S

 技能:S

 身体操作:S


 ・スキル

 (/break..に統合)


 ・エクストラスキル

 (/break..に統合)


 ・ユニークスキル

 『王城機構』


 ・称号

 『空の主』

 『/break.』

 (/break..に統合)』






 ……参ったぜ、知ってることとよくわかんないことしか書いてない。



「――。」



「ボケッとしてらんないか。……パーソナリティ!!」



『はい。ハルマスター


「俺が前衛! お前が後ろだ! 見とけよ俺実は強いんだぜぃ!!」



 パーソナリティの返事は待たず、俺もまたアダムの元へと走る。

 するとパーソナリティはやや強引にアダムの死角へと移動をする。アダムは、一拍以下の時間のみ思考を行い。



「――――ッ!!」



 殺到する俺に背を向け、パーソナリティを一撃で屠るべくとし、遠く離れた俺からでもわかるほどに、その背の筋肉を剣戟のために隆起させる。


 木の葉の自由落下を早回しにしたような挙動で以ってアダムの一撃を回避し続けていたパーソナリティが、――不思議と、両断されるようなイメージ像を俺の『眼』が映す。では、これまでとは何が違うのかと思考にて問えば、答えが注釈真理を抽出したようにして自ずと分かった。アダムの一撃はここにおいてのみ、この世界の限界をメモリ1つ超えるのだと。


 ならば、




「――起動。スターゲイザー星をみるもの




 記憶から、掘り起こすまでのことすらない。

 ――あの『敗北』は、俺の脳裏にはっきりと焼き付いている。


『英雄の国』が燃え尽きた夜。そこを俺が行くと、そこには聖女がいた。

 背中から放射状に身体を破裂させたような徹底的なる致命傷を受けて、それでもなお楠の安全をうわ言のように呟いていた女性。あの透明な瞳の色を、俺はいくらでも鮮明に思い出せるだろう。


 俺は、……どうして。手向けになる殺し方などいくらでもあったのに。


 この世界に来てしばらくたったからこそだろうが、……実のところ、俺にはそんな、悔いに悔やまれぬ後悔があった。


 俺が、首を落とすほかに人を殺す術を知らないのだと気づいたのが、あの夜である。


 あの、――完全に自暴自棄になった楠だったからこそようやく痛み分けにできた、決戦の夜だ。




「……? (……え? ……あ! これ俺も動けねえんだ!!)」




 ……ということで解除。


 楠のスターゲイザー、――見える範囲なら夜空の星・・・・だって止められるスキルの効果範囲にはしっかり俺自身も入っていたらしい。故にこの場では、というのがこのスキルの全容と言っていい。その隙にパーソナリティが剣戟圏内から脱出したのは素晴らしいことだが、……まあ二度と使わないだろう。警戒されただろうし。


 ってことでプランBである。




、――桜火七福!!」 




 ……さて、覚えているだろうか。


 桜田ユイ。

 今でこそ酔いどれロリの称号を欲しいままにする彼女ではあるが、その初対面は、ロリロリのドロリであったことを。




。」


「だからヨォ! 何言ってるかわかンねェのヨ手前テメエのそれェッ!!」




 出会いは、絢爛豪華なる或る一室。

 そこにて出会った彼女の貴賓は、思い返せば今の彼女のイメージと何ら衝突し得ない。


 ベルモットの様な透明色。或いは、ラベンダーの群生の様な、むせ返る蜜の匂い。

 国を傾けて然る色香。それを派手にまき散らすような、盛大なる血気。


 ……今思えばアイツ、全然ロリじゃなかったな。正体隠してた時も実はほとんど本性のままのメンタリティだった気がする。敬語は使ってたけど敬意も皆無だったしな。




?」


「立ててネェよ!!! くたばれェイ!!!!」




 白火による一撃。それをアダムは、……察するに鎧の装甲で受けるつもりだったのだろう。

 しかし彼は直前で回避に舵を切る。その結果――、彼の見事なローブが、食い散らかされたように雑に燃えて散る。


 さらに、俺は白火を拡張。こいつ・・・は、「メシがあるぞ」と脳内で思い熾すだけで燃え上がる獣であった。拡張、拡張、拡張。それは今、――爆炎へと相成る。




「――――ッ!!?」


「起動。『シルエット・ファング』。――




 白火の暴発にアダムは防御姿勢を取る。それに遅れて、

 ――


 重なり合うように、重なり合うようにして遠吠えが聞こえた。その音にアダムは、白火の熱量に歯を食いしばりながらも、光景を見た。




「…………。。」


「根性で、よくつぶやき続けられモノです・・。――さて、どこまでいけるかな?」




 例えるとすれば、それは津波だ。

 ただし、スケールダウンの必要はない。そのままソレをイメージして良い。それが、この光景だ。




「――――ッ!!」




 地表を埋め尽くす狼の幻影。青白い揮発性魔力にて形作られたそのシルエットは、――幻影に見えるのはあくまで見た目のみ。そこには質量も、獣臭も、それに『戦意』も、はっきりと存在している。


 さて、……ここで、中途半端になっていた『冒険者の記録トラベラーズ・ログ』についての話に戻ろうか。


 これは、最初期には旅行者向けのタペストリーとして開発された『異世界のライトノベル』である。

『純文学』が文学を突き詰める実験性を定義とするなら、ライトノベルはもっと手前の、わかりやすい感動を読者に与えるものである。つまりは、魔術というチートを用いた、暴力的な感情移入を齎す書物。これを読んだ人々は、文字通り筆者の英雄譚に感情を移入するのだ。


 ……彼ら彼女らが何を考えていたのか。何に焦り、何を好機とみて、その小さな好機を手繰り寄せて勝利を手にしたのか。そういった「感情思考」を魔力性の文字に起こしたのがこのスクロールである。故にこのスクロールは、タイトルを以って完成を得る。


 これが、旅行者向けのタペストリー程度であった頃には、これの執筆は吟遊詩畑の人材が行っていたらしい。故に感動もライトなものにとどまる。


 では、これを仮に、冒険の『実際の参加者』が書けばどうか? それが、トラベラーズログというスクロールが真に『冒険者の記録トラベラーズ・ログ』を名乗るに至ったきっかけであった。


 本気で死にそうになりながら、本気で勝ちたいと思いながら放った術式を再現する手段スクロール

 それは、まさしく『冒険者の本気』を描写するものであった。




「……、……」




 言い換えれば、

 つまりは、『本気フルスペック術式スキルを』という意味だ。


 これがいかにヤバいか、以上の説明で大いに伝わったものと見て、問題はないな?




「さあ、今のうちに稼げるだけ詠唱を稼いでおけ? ――そら、来るぞ。狼の大軍群れが」


ッ!!」




 さてと、――ヒトは津波を崩し得るか。

 その答え合わせが今、為されようしている。




「――――ぐゥ!!?」




 まずは一匹。

 それをアダムは薙ぎ払う。

 次に二匹目、三匹、四匹。それもまたアダムは薙ぎ払って、


 ――さてと五匹目。六匹、七匹。

 見事なものだ。剣で足りぬなら拳を、脚を使う。ソードダンスのような流麗なる武芸。しかしどうする? 10匹目、20匹目が、……100匹、1000匹目が、すぐにでも来るぞ?


 と、……更に俺は、




「――パーソナリティ」


『呼びかけを確認。命令入力はいつでもどうぞ』




『――入力を確認。機構:ビッグクランチを使用します』




 そのように命令・・入力・・する。


 ……ちなみにあの魔力狼だが、それぞれが思念体の様なものらしい。

 もっと具体的に例えれば、あれがアバターでプレイヤーはもっと別の次元にいるのだとか。故に連中は、ゲームの勝利のためなら、自爆特攻に躊躇することはない。


 その証拠に、……狼は今、1、000だ10,000だという数字さえ無意味な『巨塊』と化して、実に強引にアダムの自由を貪り切りに掛かる。




「――――ォオオ!!!」




 アダムは未だ、狼の津波相手にソードダンスの最中である。そこに、――パーソナリティが太陽を落とす。






『通告、効果範囲内の有機生命体は全て、メモリをバッククラウドに移動してください。


 ――機構:ビッグクランチ。』






 産み落とされるは、世界を透過するほどの熱である。

 あの光球の最中央には世界の果ての一つの発露がある。つまりは、世界限界の一つ。


 ……ここ最近では踏み越えられがちな「物理概念の天井」ではあるが、ただし、目前の災禍はこれまでのモノとは一線を画すことになる。何せ、物理的限界の存在しないはずの『熱』という概念の限界の向こう側である。『理屈上これ以上はないはずのラインを超えた、ただの一撃』風情に、世界の果ての光景透明を描写できるわけもない。


 アダムは未だ、狼の津波に組み敷かれ、踏み潰され、『青』に塗り潰されるようにして狼の巨塊に押し潰されたままである。そこに響くのが、まずは、……火焔。




『起動:「ゴールド・ラッシュ」――ストックゲージを一つ消費しました。』




 さらに、機械的な音声は続く。




『起動:「フラッシュバン_♯2」――ストックゲージを一つ消費しました。』



『起動:「千赫万雷ドラドラ」――ストックゲージを一つ消費しました。』



『起動:「キング・オブ・ヴァーミリオン」――ストックゲージを一つ消費しました。』




 天頂から落ちる太陽。その熱量に自ら炎上していく地上にて。

 ――火焔、火焔、火焔。




『起動:「炎杖のコーネリウス」――ストックゲージを一つ消費しました。』



『起動:「カクテルソース・ウェストサイド」――ストックゲージを一つ消費しました。』



『起動:「ファイアーデビルズ・ナインズビュート」――ストックゲージを一つ消費しました。』



『起動:「咆炎晄々カリフォルニアス」――ストックゲージを一つ消費しました。』




 それは、――津波が蒸発し、海底がむき出しになっていくような光景である。


 火焔、火焔、火焔。

 火焔火焔火焔。


 いまや地上は、一つの煉獄のごとくして。




「……、……」




 

 ――次に、太陽に手を伸ばした。




『起動:「偽証Theともに焼け落ちる太陽Ikaros」――ストックゲージを一つ消費しました。』


『起動:「偽証Theともに焼け落ちる太陽Ikaros」――ストックゲージを一つ消費しました。』


『起動:「偽証Theともに焼け落ちる太陽Ikaros」――ストックゲージを一つ消費しました。』


『起動:「偽証Theともに焼け落ちる太陽Ikaros」――ストックゲージを一つ消費しました。』


『起動:「偽証Theともに焼け落ちる太陽Ikaros」――ストックゲージを一つ消費しました。』




 機械的な音声に魔力が満ちて、起爆するようにして『ナニカ』が飛翔した。

 それは透明の熱源である。数は五つ。


 過日、彼らが敗北した神性そのものが、彼らの目前にはあった。透明な何かは、傲慢なほどまでの冒険への渇望で以って、空を飛び越え日の元へ向かったという。


 伝承で言えば、過去の『彼らIkaros』は太陽の元にたどり着いてみたかった。しかしこの戦端においては違う。『彼ら』は今、まさしく太陽に挑むのだ。



 さあ、今まさに雌雄が決まる。

 蝋の翼を持つ冒険者風情でも、――、と。




『――――。』




 ビッククランチなる大技を打ち出したパーソナリティ自身さえ、その光景に目を奪われているように見えた。或いは彼女がヒト型を取っていたのなら、もしかしたらわかりやすく大口を開けていた可能性さえある。


 ……恒星衝突の再現。

 光球と五つの飛翔熱源。それらのぶつかり合いは、星一つに五つの彗星が同時に直撃したそのままの光景だったに違いない。


 すなわち、――余波一つで世界が終わる。

 離れた位置にいる俺でさえ、散歩スキルがなければ一瞬で蒸発していただろう。向こうのパーソナリティの装甲が白熱しているのが見える。爆発は炎の赤ではなく。色のない衝撃波で以って地平線の向こうまでを一瞬で駆け抜けて、



 ――三拍遅れて、轟音。

 空が、底が抜けて丸ごと落ちてきたかのような破滅的な音だ。そしてその『音』の最中央。



 そこに、アダムはいたはずである・・・・・


 果たして、あの世界ごと破滅しそうな衝突劇の最中にあって、彼の五体は満足であろうか。跡形もなく消滅していても違和感はないが、彼ならば或いは、何かしらの抗手で以って無傷で生還なんて羽目でも驚きはしない。……理不尽だとは大いに思うが。



 ……しかしながら今は、

 熱が空間を灼き切って視界が不明瞭である。彼の姿は未だ判然としない。




「…………。(やったか? って超言いてぇ)」




 そして、さてと、

 ……姿を視認するよりも先に、『声』。















「――、  。」






『生命維持が不可能なダメージを確認。魔力ストックバーの全消費を以って生存可能範囲までの身体パーツの回復が可能です。あなたは、あと15秒で絶命をします。――使用の許可を、アダム』





















「……。  ――




 ――起動:王城機構_NO.1 / 異世界転生・・・・・

 使用の必要はない、ヘカトンケイル。さあ、来世で会おう。」















 言葉を聞いて、……俺はまず「こいつ逃げるのか?」と絶句をした。

 しかしながら、そういうことではないらしい。なぜそう判断できたかというと、





 ――まずは、視界の暗転。

 そして明転。





















/break..





















「……、……」











 ――消えたネオンライト。

 摩天楼。












 コンクリートに染み付いた湿気の匂い。夜空は煙るようにして判然としない。

 足元には、梯子状の白線・・・・・・


 ヒトはいないが、人気がある。

 どこかから聞こえるのが、ヘリコプターの駆動音だ。



「……懐かしいか? カズミハル」



 

 二度と、見ることはないと思っていた光景である。ここで、この街の路地裏で俺は初めて人を殺した・・・・・・・・・・



 やめてほしいものである。


 ……吐き気がするほどに。




「さあ、異世界よ。大いに猛り狂え。――!!」



 彼は言う、そう。












 ――












 遠くに聞こえたヘリコプターの音が、徐々に近づいてくるのが分かる。

 ヒトはいないのに人気があるのは、突き刺さるほどの視線がいくつも、いくつも、あるからだと俺は気付いた。


 そのどれもが、悪意に満ち満ちている。懐かしいわけがない。二度と浴びることはないと、二度と浴びたくないと、頼むからやめてくれと、殺すぞ・・・と、そう思い続けて止まなかった感情の照射。


 夜空に、遠雷の様な光が浮かび上がったのが見えた。それは、近づくと次第にヘリコプターのライトであることが分かる。光の消えた都会の摩天楼を劈く、いくつものスポットライト。


 騒音。


 ヘリコプターの群れが今、俺とパーソナリティと、そしてアダムしかいないこの空白地点の直上にたどり着き、そして、そこにて滞空を始めた。




「嫌われているものだな、カズミハル」


「……、……」


「……この戦闘、オレにとっては、いくつものアテが外れている。正直に言えばな」




 ヘリコプターの駆動音がやたらと遠く聞こえる。

 その代わり、やたらと耳障りに聞こえるのが、アダムの声だ。



「銃弾は当たらず、バハムートは不甲斐ないし、この剣・・・は機能しない。……貴様が強いのか、貴様の仲間が強いだけなのかは知らぬが、


「……、」





「――目覚メザめろ。アヴェンタドール」





 その声に応じて輝いたのは、アダムの手の剣であった。


 乳白色じみた不透明。しかしどこかに鋼の色を感じる剣。

 ――いや、輝いたわけではなく、一瞬輝いて見えたほどに、あの剣の「何か」が密度を増したのだ。



「英雄、勇者、そう言った存在がオレの世界にはいたが、……どうだ? この世界にはいるのか?」


「……、さあ。どうかな」



「……いないのではないか? いては、貴様の様な下郎は台頭すまいよ」


「……、……」



「喜べ、異世界の同胞たち。そして喝采をせよ。その声が我が力となる。。……眺めていてくれ、今日、巨悪が斃れて、平和が訪れるぞ」




 視線。

 視線、視線、視線。


 そこに感情が満ちる。感情が満ちて俺に突き刺さる。

 嗚呼、そういえば、――これが、こっちの世界だ。


 大衆意識。能動的にか受動的かで、住民どもは洗脳をされる。一つの巨大な、民衆の上に浮かび上がる思考テーマで以って同様の思考を行うのだ。


 ……自我は本当にあるのか? 自分で考えて出した結論か、それは?

 俺を、本当に心の底から敵だと思っているか? 思っているとして、お前らは俺のバックボーンを少しでも考えたか? 考慮したか? 鹿住ハルは敵だと、そういう前提スタートラインがそもそもにあったわけではなく? 結論として俺は敵か? じゃあいい。分かった。滅ぼしてやる。皆殺しだバカが。そう、俺は――、



 

 そればかりは今、幾ばくか懐かしい。




「分かるよ、……悪かったとは思わないがな」


「……懺悔か?」




「いいや? ……、――俺が少し、大人になったって話だ」




 仮に、あの日々の様な終末戦争を再びするなら、俺は何度だってこの世界を滅ぼすだろう。すでに滅ぼしたはずの世界が、また再び目前にあるのだとすれば。


 しかし今なら、そんな戦争が起きないようにふるまうことが出来る気がした。もっと上手に、スマートに、冴えたやり方で、徹底的な勝利を。


 だけど、である。


 そもそも、――俺は別に悪くはないはずだろ? 勧善懲悪なんかじゃなく、俺とお前らが交わしたのは、ただの喧嘩だったはずだ。


 負けて悔しい? だろうな。そういうもんだ。

 文句があるなら、


 ――ほら、言えよ。

 全部聞いた上で言い負かしてやる。俺が勝って終わった戦争だろ? ってな。





「パーソナリティ」


『はい。ハルマスター






「俺には言いたいことがあるんだが、残念ながらここにはスピーカーがない。

 ――代弁してもらえるか? 




『ええ。――了解。任せてください、盟友・・

 では、遠慮なく。起動:「威圧〈支配種特攻ラスボス仕様〉」



 ――通告。


 ハルマスターはリベンジマッチを受け入れる所存です。どうぞかかってくれば良い。ただし、怯えるだけなら邪魔だからさっさと消えろ、……とのことです』






 それは、俺が二度目にパーソナリティと相対したときにも聞いた、鎖の鳴る音で悲鳴を模したような叫び声

 しかしながら過日とは違い、そこには、一言一句を相手に真正面からぶつけていくような明確な『言葉』があった。


 そして、さてと、――違いはそれだけだ。

 効果のほどは過日とも変わらない。



「……ははは」



 俺は、哂った・・・。……なんて風に言えたら魔王っぽかったんだろうが、残念。



 その代わりに、

 ――「笑って」しまう。




「ははは、……はははは」




 ああ、おかしいな。おかしい。

 なんておかしいんだろう。最高だ。


 嗚呼。本当に――。




「――――ハーッハハハハ!! バカめバカめェ!! 手前らの出る幕なんてもう終わってんだよ俺視点じゃァ! それをなんだ!? 出張ってきてみんなで睨めば俺が反省するとでも思ったかバカがよォ!! なっさけねぇなあ! ガッツ見せて俺に喧嘩売ってた頃のほうがまだマシだぞ!!!」




 そうとも。おかしくてたまらない。

 お前らはいつまで俺にこだわっているのだ。俺はもう、来世を楽しく過ごしているというのに。


 ……この世界が何なのか、俺は、理解出来ているわけではない。

 俺が滅ぼす前の時間なのか、俺が滅ぼしたと思っていた世界はそのあとも実は続いていたのか、それともそもそもが完全なハリボテなのか。それは知らぬが、どうでもいい。



 この世界しがらみごと全て、どうでもいいのである。

 俺はもう、――どこにいようと好き勝手に生きると決めたのだ。でなければ、何のための異世界転生だ、と。



 では、

 ……さてと爆炎。



 落ちたヘリコプターが摩天楼に突き刺さり、折れたビルの一つが周囲のビルをまとめてドミノ倒しにする。それを以って更なる爆炎が上がり、視線が転じた怒号の塊が、そっくりそのまま綺麗に変わる。



「なあ、アダム」


「……、……」



 俺は彼を呼び、彼は、……如何様な感情かは知らぬが、返事をせずにただこちらに面を上げた。



「何がしたかったか知らないが、残念だったな。……この策はお前のとっておきか? これが決まれば、俺はカタに嵌るはずだったか? じゃあ、俺も答え合わせだ」


「……、」



 爆炎、悲鳴。喪に服すように消えていたはずのネオンライトが、接触不良でも起こしたのかそこかしこで派手に瞬いている。

 静けさにヘリコプターの駆動音だけが無機質に響いていた時とは違う滅茶苦茶な大騒ぎ。摩天楼のドミノ倒しがずっと向こうにて今、ひときわ巨大な花火を上げた。




「いいか。アダム・メル・ストーリア」


「……。」




「本気で喧嘩を買ってくれたらしいお前に、……まあ、これを言うのは実に心苦しいんだが、


 ――この喧嘩、実はただの時間稼ぎだ。勝ちたいって言うなら勝ってくれていいぞ。なんならここで白旗を上げてやってもいい」
















/break..
















 ――聖剣:アヴェンタドールには2つの機能がある



「……、……」



 その名を付けたのは、この剣の持ち主だった男だ。

 しかしながらその男について、語るべきことは何もなく、それと同様に、この剣が世界に齎したものも、語るべきものなどは何もない。


 白濁の透明色は、水晶のようにも鋼鉄のようにも見えるだろうが、その材質はもっと直接的な有機物である。持ち主にして製作者でもあった男は、この世界の黎明の、そのさらに下地にあたる時代を生きた過去の人間だ。


 言い換えては、新時代の幕開けの直前。

 ヒトが新時代を熱望ような、。或いは黒歴史の類。


 ヒトが社会性に進化を求め始めるような様な、不遇の時代だ。そこにおいて力を持っていた『戦士』の一人。

 ただし、あくまでも彼が生きたのは不遇の時代である。故に歴史に、彼の名は残っていない。……或いは、そもそも残るようなものでもなかったかもしれないが、とかく。


 或るヒト・・・・の言いそうな例えをすれば、『歴史を作れなかったRPGゲーム』ということになるだろうか。そこには間違いなく冒険と大団円があったはずだが、それを認知する人間はとても少なく、時代を経れば、さらに減る。


 ……さらに減って、さらに減って、さらに減って、いずれはゼロに。


 ヒトの認知からはやがて消滅する『その物語』は、思考する葦どもからは存在さえを否定され、いずれはきっと、この剣も『銘』を失くすのだろう。だから、



 だから、それまでは敬愛を。

 いずれ死んだように眠る彼の物語に最敬礼を。



 誰も知らぬ彼の石碑が、苔むして草に埋もれてなお消えてなくなってはしまわぬように。ヒト風情が覚えていようがなかろうが、この世界が彼を覚えていますように。



「……、……」



 そんな祈りを込めて、オレはこれを秘していたのだ。


 ただし、

 ――使うべき時には使うとも。使われぬ剣を、剣とは呼べぬ。



「……、」



 さて、この剣には2つの圧倒的なる性能があり、そして、



 ――




「、」




 それによって浮かび上がる、敵対者カズミ・ハルの『思惑』が一つ。

 ヤツの言葉、――「この戦いはただの時間稼ぎだ」という発言の意味が、



 ……嗚呼、敵ながら天晴である。

 今、理解が出来た。






「――カズミハル」


「……なんだ?」






 だって、そうでなければおかしいのだ。

 



























「――る?」



























「――


























 その返答にオレ、アダム・メルストーリアは覚悟を変える・・・・・・


 なるほど確かに、この戦場は始まった時点でオレの負けだったらしい。しかしながら、であればそれでも構わぬことにしよう。






「……、……」






 敗北でもいい。

 ここは、負けを認める羽目になっても仕方がない。



 ならばとかく、

 ――あの、舐め腐った黒幕気取りに、痛烈なる一矢を報いる。



 そう、『覚悟』を改めて、






「――、――。」






 ――焔降る夜、異世界。


 我が国の建材と似ているようで違う混土材製の、そのままの長方形の様な建築物群が、ひとつ残らず傾いで、まばゆいまでの炎をまき散らしている。


 光に灼かれて星は見えず、また爆音につぶれて大気の鳴りは潜めて聞こえず。

 ヒトの活気が粘着質を伴って浸透したような、灰色にして平坦なる大地アスファルト。それが足元で、街の災禍たる様子をモザイクの熱光に変えて映し出す。


 ヒトはいるらしいが、どいつもこいつも役立たずだ。……或いは目前の敵、カズミハルに恐れをなしたゆえの迅速な行動だったのかもしれないがとにかく、現在、周囲に人気は存在しない。ただすら派手に爆音が、不規則に、そして連続して響くのみである。



 さて、

 その爆炎捲く異世界首都の最中にて、





















「起動。――『主人公補正ファイヤー・ボーイ〈EX〉』」





















 オレはつぶやき、

 殺意を篭めた切っ先をカズミハルに向けた。
















/break..
















 ――ファイヤー・ボーイと、アダム・メルストーリアは詠唱を行った。


 火の玉小僧とは、一国の主が使うスキルにしては箔が足りぬ名前である。或いは、この世界最高峰の一角が使うにしてもそうだ。


 故に、俺、鹿住ハルは理解する。

 アレは、だ。



「推して、参る――ッ!!」



 つまりは、、と。



『機構:ドロップライトを使用します』


「使えばいいとも! 好きにッ!!」



 ドロップライト、などと言う通り、光がと地面に落ちた。そして、水風船が割れたようにして、濁流。

 粘着質を持つ光が地面を覆うようにして広がっていく。或いは、分厚いマグマに例えてもいいだろう。ドロドロと光は流れるようにして、絨毯爆撃じみた範囲制圧でアダムを襲い、




!!!」


 ――全て、灼き払われる。




「(……、……)」



 俺が確認した現象は、であった。あるいはもっと率直に、『燃える剣』などと例えてしまっても構わないだろうか。


 一振りごとに爆炎が熾きて、それが結果的に斬撃の範囲を延長しているようなイメージ。さらに言えば、その爆炎は彼の剣戟の軌跡上にて発生しているモノらしい。

 いや、――大気が灼けたとでもいうべきなのか? 彼の剣の切っ先が、虚空を『斬る』のではなく灼いたのだ、と。



「(とにかく、そんなイメージのスキルだ。……その上で、だが)」



 パーソナリティの絶対的なる回避。それを攻略できるスキルではないと見える。あくまで状況は先ほどの延長線上。パーソナリティのヒット・アンド・アウェイは問題なく機能している。


 ただし、



「(俺の思惑の看破。つまりは俺の目的の推理だ。そして、)」



 俺は奴に『エイルは何をしているのか』と聞かれた。故に俺は、隠し立てなく全てを答えた。

 なぜなら、――その質問が出ている時点で、俺の暗躍は明るみに出たということだからだ。



「(ヒントを出し過ぎたのか)」



 この戦いは時間稼ぎであるが、それは、そもそも『何』を待つまでの時間稼ぎであろうか。

 さらに言えば俺は、……俺たち・・・は、全人員を以って特級冒険者全員の足止めをしている。


 昨夜、俺たちが『楽園の王気取りに告ぐ』などと彼らにしたのは宣戦布告であって、ではない。俺たちはあくまで、アイツらとチェスをするつもりなのだ。




 ――つまりは、

 一紛争の勢力の風情程度だったそのブランドに、『本気でこの世界の舵を握り得る箔』を付ける。




 と、……この思惑に、アダムはたどり着いた。

 その上で、使使



「(……妄想のし甲斐がある。とりあえず一つ、心当たりのがあるな)」



 ――スキル:『英雄』


 あれは、俺のバーの愉快な常連ども曰く、大衆意識を魔力的な貯蔵値や出力値に反映するものらしい。平たく言えば『信じてくれるヒト/応援してくれるヒト/正しいと一票を投じてくれるヒト』が多ければ多いほど『バフ』が乗るスキルである。それを、……仮にアイツが持ってきたのだとしよう。


 そう考えれば辻褄の合う部分は多い。元の世界ではエイルが周知を得たゆえに、先の異邦者大戦でエイルと敵対していた『アダム・メル・ストーリア』の株が下がった。それを理由にあの剣も従前の性能を発揮できなかった。そして、一方でこの世界、



 ――ここには、残念ながら俺の敵しかいない。だからスキルは成立をした。



「(翻って、元の世界ではあの剣に宿ったスキルを使えなかったから、『異世界転生』なんて術式を使った、という考察について。……つまりは、場当たり的なスキルの使用だった可能性についてだが)」



 これには、否とすべき考察材料が一つある。



「(魔力ストック、なんて言葉を既に確認している。……魔力をストックする必要が、そもそも、どうしてあった?)」



 ストックとは、何かが使えなくなった時用の外部バッテリーである。その冠詞に『魔力』とつくなら、それはつまり、アダムはこの決戦の準備段階から魔力が使えなくなる状況を予期していたことになる。



「(この世界に外部魔力オドはない。このトラベラーズログも、俺の体内魔力イドをガリガリ削って維持してるような状況だ)」



 例として、エイルが使っていた最初期の神器粗製・・

 あれは、神器を創造するための桁違いの魔力をエイル自身が変圧器となって外部オドから取り込むことによって成立するものであった。その頃のエイルは、どうやら魔力書き換えの膨大な演算と、必要魔力を吸引するための『魔術的な肺活量』に脳みそがショートを起こして、スキルを使うたびに気絶していたらしい。


 ……あ、今はどうなのか知らん。使うたびに気絶どころか三桁単位で複製してもピンピンしてるけど、でも計算処理が上手になったとはとても思えないよな。最初のころから引き続きずっとバカだしな。


 というのは置いておいて、とかく魔術界隈において大規模な術式は基本的に体内の魔力では賄いきれないため外部魔力を用いることになる。その上で、俺の世界に魔力なんてモンは当然ながらなかった。



「(魔力ストックなんて言葉は、魔力をストックしておくべき状況に放り込まれるって前提がないと登場しない。……さっきまでは、魔術詠唱の補助だなんだに使っていたらしいが)」



 それらは全て副次的な活用法・・・で、使用法・・・はもっと別にある。

 この魔法なき世界に俺を呼び出すことが最初から作戦に組み込まれていたからこそ、アダムは『魔力ストック』なんてもんを用意したはずだ。故に、アダムの使った『王城機構_No.1/異世界転生』は、場当たり的な対処ではなかったことが分かる。


 その一例として俺は今、――



「(パスを解くってことか? 俺を害し得る唯一の武器を戦場に引き摺り込んでから、その『唯一の武器』を楠に返せなくするために、世界ごとこの戦場を断絶したと)」



 さてと俺は、先ほど作り出した『剣』をナイフの刀術に近い形式で構える。

 これ以降、外部魔力に頼った魔術使用は全くできないと言っていいだろう。俺自身の保有する魔力はどうやらあくまでも一般的な水準らしく、「英雄のスキルを常時使用開始にする」なんて破格なスクロールを維持するので精いっぱいだ。


 と、『剣』を構えた俺をアダムが一瞥した。

 蜘蛛の子を散らしたような勢いで『四足格闘術』みたいなものをまき散らすパーソナリティとの戦闘中に、その一瞥はコンマ一秒程度のモノではあったが、しかしながら確実に・・・


 ということで、ここまで0.2秒。

 見た限りあと0.1秒は考察が出来そうな印象がある。その時間で以って、ひとまずは仮のチェックメイトまでの道筋は立てておきたい。



「(魔力ストックを用意していた時点で、アダムは『この世界』に俺を呼ぶことを作戦に織り込んでいたことが分かる。じゃあ、その魔力ストックってのは何のためにある?)」



 そもそもは、魔法なき世界で魔法を行使するためのものに違いない。

 しかし、――であれば『なんの魔法』を、使うつもりであるのか。


 一考として、『何』なんてものはなく、様々な状況に魔術で以って対処するため、ということも考えてだろう。


 ……良いし、悪くもないが、もっと手前に、もっと切実に考えなければならないことがあるはずだ。


 つまり、――彼には一つ、使がある。




「(――異世界転生術式。当然、来たなら帰らないといけないわけだ)」




 その上で、である。

 アダムは、魔力ストックを持ち込み、潤沢なる魔術への知識を得て再度あの世界に返ることは可能なのだろうが、


 ――



「……、……」



 



「……、……」



 ――




 さて、以上で以って、都合0.3秒。

 パーソナリティに半ば翻弄されるようにしていたアダムが、その不利寄りの均衡を崩した瞬間が、俺に許された考察のタイムリミットでもあった。


 すなわち、均衡の崩壊。

 遠目にはそれは、パーソナリティの難攻不落の回避技術を、ように見えた。




「……、……」




 あの一撃を以って、

 この戦場のパワーバランスは、再び不明瞭となったらしい。




『機構:フロントライトを使用します』


「ああ、――命令だパーソナリティ。俺ごとやれ」



『――ッ? りょ、うかいです、ハルマスター!』




 俺の立ち位置は、パーソナリティとアダムの衝突する場所を俯瞰できるところにあった。

 それを、まっすぐに俺が奔る、――と同時に、俺の指示を聞いたパーソナリティが機械の膂力で後方に飛びのけて、広範囲への光の射出を行う。


 フロントライトとは分かりやすい名前である。これまでの、見た目だけでも質量を伴って見えた光の『塊』とは別の、それはまさしくの『照射』だ。

 印象で言えば、本当にパーソナリティの司る『光』には質量があるのかもしれない。そして密度もだ。密度の濃い光は『液体』の様なふるまいをして、密度を薄めればふるまいも『光』のそれに立ち戻る。

 結果、フロントライトは、――密度の希薄な苛酸性の『光』は、照射範囲を殺菌でもするように焼き尽くした。当然、指示通りに俺を効果範囲内に巻き込みながら。


 そして、目前。

 アダムは、パーソナリティに変わり戦端に立つ俺ごと、例の『燃える剣』で灼き払う。


 散歩スキルでダメージこそない俺は、その代わりに灼え盛る音と大気をこの目で見る。ごゥと鳴って、尽くが、ごォと灼け墜ちる光景。

 色も、音も、リベットの眼が語る真理をもってしてなお真っ白に炎上している。……なるほど、世界が灼けた時には、五感が封じられることによって二次的に俺自身が無力化されるらしい。確かに世界が灼けるなら、そこはただの『灼え盛る世界』である。ありのままの『世界』を、散歩スキルは否定するわけもない。


 しかし、灼え上がっていようが世界は変わらず、地面もまたここにあるのだ。俺はアダムの、灼熱の剣筋を踏み越えてヤツの懐に迫る。


 パーソナリティの光とアダムの灼炎の衝突。その最中央を踏み越えた向こうには煉獄。白と赤が綯交ぜであった光景が、赤橙一色に染め上がる。その向こうに、アダムがいて――、



「――――ッ!!」



 銃撃。ただしここにおいて、パーソナリティの援護射撃による迎撃は期待できない。それを理解していた俺は、ゆえに、援護射撃を待つわけもなく




「……剣術の心得が、あったのか?」


「どうかな? トリックがあるかもな」



「何でもいいさ――! なんだッ、ハハハ! 剣を使えたのか! ならば仕合おう! 心行くまでだ!!」




 アダムが跳躍をした。地面を斬りつけるようにして爆炎の推進力を一身に受けての飛翔。ただし、そのスキを見逃さぬのが俺の後ろに控えたパーソナリティである。




『機構:ポイントライトを使用します』




 虚空にて剣を振りかぶるアダムに殺到した五点の光。否、正確に言えばそれはレーザーだったのだろうが、人の身の動体視力で区別がつくものではない。

 ……というのが普通のはずなのだが、なぜだかアダムには視認できたらしい。爆炎一つで目前を灼いて、五つのレーザー狙撃を彼は灼き払う。


 そして、その反動でアダムは虚空を更にホップした。それを以って彼は、俺との位置関係を改める。


 つまり、だ。

 アダムは夜空に足を着けて、刺突の構えを真下の俺に向けて……、


 いや、違う・・




「スラァアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!」




 甲高く悲鳴じみた乾坤。それと共にアダムは、地上に向かって『最低限の剣戟』を、その代わり幾つも幾つも叩き落す。切っ先をこちらにまっすぐに向けたままで行う、手首の動きのみでの斬撃だ。それでも、発生する爆炎に規模の陰りは一切なく、


 破裂するようにして、俺の周囲が灼え盛る。その様に俺の視界と聴覚は完全に役立たずとなるが、――『第六感世界観』。真上から降り注いだ27の弾丸を俺は、5つの剣戟で切り捨てて、――剣筋5つが爆炎を切り裂いた。




「――――ッ!!!」


「――――ッ!!?」




 爆炎を裂いた先。そこにはアダムの切っ先があった。俺は、全ての反射神経を注ぎ、直上からの一撃にどうにか『剣』を挟み込んだ。


 つまり、――俺の取った行為は、迎撃と呼ぶにはあまりにも児戯であった。故に、或いは、これを・・・、アダムという剣士は卓越に誘導していたのかもしれない。


 アダムの剣と俺の『剣』の衝突。その破滅的な衝撃を俺は予期し、全力で掌に力を篭めた。だからこそ、それを崩されればあとは敵の為すがままである。アダムは、




「借りるぞ!!」




 剣を敢えて空振りし、その慣性を以って身を反転。更には体幹をも総動員した強引なる力技で以って、俺から『剣』を奪取し、そして地面に着地した。




「――――ォ、ォオオオオオオオオ!!?」




 さてと、それは誰の悲鳴だったのか。


 ――まあ、正直に言えば、それは俺の悲鳴である。

 あいつも乾坤一擲な怒号を上げていたかもしれないが、とかく俺は今、かような悲鳴を上げた。


 当然、




「(……、……)」




 さて、

 ふとした問題を、一つ提示しよう。


 英雄とは、この世界においては何のことを指すのか。


 英雄、勇者存在、主人公補正。どれも、俺が華やかなるこの逢世にて出会ってきた言葉スキルだ。そして、どれも似たような語感ながら、性質はどれも違うらしい。


 まず、英雄という言葉はこの世界において「全く知られぬもの」ではなかった。他方で、勇者存在というのは、エイルをして戦慄し得るほどの禁忌であるのだとか。

 ならば当然、言葉は似ていてもあり方は違うはずだ。レクス曰く、『英雄』とは民意によって出力を変えるバフスキルなのだというが、ならば勇者存在とは何か。


 エイルの言葉で言えば、そいつは失敗をしない。では、さてと失敗をしない存在とはどのように成立する? 答えは簡単だ、失敗をしなければ良い。――つまり、そいつ以外の全員が、失敗をすれば良い。


『成功』の対義語が『失敗』である。ならば、『成功者』の敵対者は『失敗者』となる。これはあくまでも俺の所管だが、勇者存在という在り方、ないしスキルとは「世界に対するデバフスキル」と仮定できる。そして、――主人公補正は、それとも違うはずだ。


 何せ、名義が違う。ならば主人公補正を持つモノは、成功率を上げるのでも、他社の失敗率を上げるのでもない、また別のスキルだ。



「(例えば、――ただ単に、だとかな)」



 ……というのは、しかしながらあくまで仮定として、

 アダムの使う『主人公補正ファイアー・ボーイ』が全く別の何かであっても、この場においてはほとんど関係ない。そのように、俺は手を打った。


 ああ。俺も知っている。

 主人公というのは厄介だ。俺の世界にもそういう連中はいた。ツイてるとしか言語化できないほどに、都合よく成功をかっさらっていく連中だ。不思議とそういうやつは、もう一度敵として戦った時には口ほどにもなくて、気づけばまた別の主人公が俺の前に立ちふさがる。ありとあらゆる人間が、生涯で一度だけ主人公ヒーローになるチャンスを与えられて生きているような、そんな不条理だ。だからそういう連中には、


 真正面からの敵対ではなく、肝要なのは相手にこちらの意図を悟らせないこと、こちらの所在を悟らせないことだ。相手には勝ったと思いこませて、祝杯も気持ちよく上げさせて、一晩は楽しく酒を飲ませてやって、そうした明くる日の朝に、酔い覚ましに読んだ朝刊の一面記事で初めてソイツに本当の事実コトを認識させる。これが、最も冴えた主人公との戦い方である。故に俺は、今回もそのような布石をすでに打っている。


 だから、あとはなるようになれば良い。

 俺は、目前。俺から『剣』を取り上げて、でこちらにその切っ先を向けるアダムから


 そして、別のことを考えることにする。



「……、……」



 トラベラーズ・ログの本質的な効果とは、思考の再現である。

 たとえば、使用者の目前に悪逆の竜を立たせて、それを打倒し得る英雄を、スクロールの使用者自身と設定仮想する。


 ――使用者が今、悪意持つ竜の目前にいるとして。

 手には剣、背後には守るべきもの。その状況で、使用者は果たしてどうするべきか。


 それが、――「感情移入」というものだ。守るべきものが背後にあるのに、倒せぬ大敵が目前にはいる。守りたいという思いは本物だから、彼はきっと強く強く剣を握るだろう。だけど、勝てぬともわかってしまう。自分は『英雄』ではないから、こんな、『英雄の敵』とは戦えないと。守るべきものを守り切れるとは思えぬと絶望をするだろう。そして、


 勝てぬ敵、崩せぬ壁、どうしようもない宿命に見舞われたときに、『英雄』はあなたの背を叩く。

 剣の握り方はこうで、敵を切り崩す一歩はこう踏むのだと。それをあなたに教えてくれるだろう。それが、――「思考再現」である。それを以ってスクロールの使用者は、最高に最強でこれ以上ないってくらい無敵に面白かったライトノベルを読み切った後のように、晴れやかなる何かをリアルに持ち帰る。それはあなたの価値観に何かを残し、生涯を寄り添ってあなたのための武器になる。それこそが、――「冒険者の記録トラベラーズ・ログ」だ。


 それを、その物語を俺は思う。



「(……、……)」



 目前には切っ先。

 そして、周囲には爆炎。ここは渋谷の広大なる中心部なのだろうが、俺にはもう、目の前の敵しか見えない。

 アダムの視線が分かるほどの、心地佳きまでの思考のスパーク。走馬灯を煮詰めたってこうはならない様な、最高速で奔る俺の論理的思考。それは、ふとした過去を思い返す猶予さえを、俺に与える。


 この戦いにおいて、俺はリベットを思い出した。レオリアも、ユイも、それ以外にもいろいろとだ。思えば、物語の始まりは春。気付けば今は秋の中空。長かったような気がしたが、まだ季節二つ分の物語である。


 ああ、たった季節二つ分の物語ではあるが、それでも長かったし楽しかった。

 その追懐において、思い出さぬわけには決していかぬということが、一つあるはずだ。


 俺の、親愛なる主人公。

 彼女、エイリィン・トーラスライトが『騎士』になったまでの物語ことを、思い出さぬわけにはいかないよな。









「――神器生成:ライオンハート」


「無駄だ! カズミハルッ!!!」








 こういう時、エイルなら妙なことは口走らない。

 思考再現などなくても、そのくらいなら俺にも分かる。


 故に俺は、ただ静かい剣を斜め上段に構えた。




 そして、――待つのだ。












「――――ォ、ォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」












 ……何を待つのかと言えば、


 ――














「カズミハル! 取ったり!!! ……………………あれ?」


「残念だったな。……まあ、俺が白旗を上げてやろうかって聞いた時に、素直にお願い出来なかったのがお前の敗因だな。次はいけるさ」













 そして、一閃。


 ――その手ごたえは、さすがはエイルだ。

 天を劈く早朝の日のように爽快に、俺に両断の手ごたえを返した。




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