2.


 さて、

 いきなりの余談になってしまい恐縮だが、この戦場には実のところ、数え切れぬほどの人間が参加をしている。


 実際にこの戦場に立っているのが、アダムを合わせると4人(という数え方・・・で良いのかは微妙なところだが)である。そして、残る「数え切れない方」について。


「……、……」


 俺の耳に、魔力的錯視を施すでもなく敢えての存在には、アダムはまだ気づいていないようだった。


 そして、そんなアダムは、




「――起動」


「ぶォラアッ!!!」




「『王城機構_No.9』!」




 レクスの、マウントポジションでの殴打。

 一撃目をアダムはもろに受け、しかし発音に痛痒は見られない。


 そして、二撃目が起こる前に、――状況の方が、変化を起こした。




「死ねァあああああぁ……、あ?」


「品のない言動に、品のない姿勢。……呆れるが、今は利用させてもらおう」




 世界が、一瞬だけだがはっきりと・・・・・明転した。

 その直後には、レクスとアダムの位置がそっくりそのまま入れ替わっている。つまりは、アダムがレクスにマウントを取るような状況にだ。




「ぉ、ォオオオオオオオオオオ!!!???」


「――――ッ!!」




 アダムが、レクスのフルフェイスを手で押さえつけ、そのに拳銃を差し込む。レクスの、死を半秒で覚悟したかのような絶叫。俺はそれに対して、




「起動」




 一瞬早く、レクスの背にもう一枚張り付けていたスクロールの起爆を行う。

 滑稽なほどきれいに地面から飛び上がる二名。それを追い越すように粉塵が上がり、二人の姿が見えなくなる。――火花。俺の眉間を正確に狙った銃撃。ただしそれもまた、先ほどまでと同様に虚空にて弾け飛んだ。




「(こっちに接近するつもりまではなさそうだな)……おい、そっち」


『はい。状況は見えています。質問は、王城機構なる術式の正体及び対処ですね?』




「話が早い。それで、エイル・・・。何かわかることはあるか?」


『ええ。こちらの状況は克明です。――結論から言えば王城機構は、詠唱代行によって行う超大規模魔術です』




「……なんだそれ?」


『聞かせてあげたいくらいです。こちらは今、とんでもないことになっていますよ』
















/break..
















 メル王都、とある私立病院の一室にて。

 16畳ほどの、防音壁と音響機材が用意された広間である。そこでは、室内の誰も彼もが大仰な包帯を巻いて、デスクに座る少女の背中越しに、一つのモニターを注視していた。



「さて皆さん」


「……、……」



攻略法について・・・・・・・。思い当たる節はありますか?」




 皆さん、と問われ、まず発言をしたのは背後の一人。

 片目に包帯を巻いたレオリア・ストラトスである。



「王城機構。記載のある書籍に心当たりのある人はいませんか? タイトルでも実物の切れ端でも正確な28文字以上の内容でもいいので、確認できれば写本を五分で用意できるのですが」



 その言葉に、額に包帯を巻いておでこを丸出しにした桜田ユイが答える。



「王城機構のォ、なんばーうんたら・・・・・・・・。とりあえずそれで検索かけて見れネェンかい?」


「残念ながら、それでヒットする書籍が天文学的な数に上るのが僕のスキルです。ただし、その試みは天文学的数字を荒探し可能な数に絞るプラン込みですでに走らせています。最悪、4時間あれば現段階の情報だけでも完全な正体の看破は可能ですが……」



 その言葉に北の魔王カルティスが、口元の包帯で発音をもごもごとさせながら答える。



「はふぃろーへほうほうふぁいふぁふぃーんふぁね」


「ふざけてンの?」



 そこに北の魔王の『理性のフォッサ』が、松葉杖を人差し指のようにユイに向けながら反論する。



「やめてください! カルティスは今、舌が取れちゃってるんです! 喋らせないで!」


「……おっかないねェ。それ、本当に治るンだろォネ……」


「ふぃふぃふぃーふぃふぃーふぃふぃ、……ふぁっふぁっふぁ」


「世界樹の葉はもう使ってしまいましたので、明日になりますが治ります。感謝しなさい。明後日からは貴様らにも分けてやると、寛大なるカルティスはおっしゃっています」


「ふぁんふぁーい、ふぃまふぃみーふぁ、ふぃーんふぇーふぉー」


「それたぶン、別のこと喋ってンじゃねぇかナ……」



 喋れないのではこの場ではただの役立たずである、ということでカルティスは、控えているほかの北の魔王の、妖精女王ティアを除いた六名によって後ろに引きずられていく。


 ただし、そのすがらで白銀のマグナが、



「おそらく、『メル・ストーリア王国魔術史/第二代王家編纂者による:クリアランス設定』って名前で索引できますよ。モノ自体も延々と長いっすけどね」



 対しレオリアは、を抑え、「ワンちゃんたち! ゴー!」と支持の様なものを呟いてから、



「感謝します、マグナ。そのタイトルの資料の存在が、…………今、確認できました。王城機構なる魔術は、……なるほど、そのままの名前ではなく、その術式の元になった術式の記載がある模様ですね」


「ええ。なんで解読にも時間はかかるかと。そんでもってわたしはその作業にはお邪魔にしかなりません。のでちょっと横になりますね」


「うわ床に! ……ま、まあナイス功労者です! 急いだ貰いましたので1分28秒後に、その資料が手元に届く模様です皆さん! ……あ、悲報です! 全1500ページ平均で28冊あるそうです!」


「……アタシも横になっていいかネ」



「――いえ。皆さんの力をお借りできるなら、そう大変な作業にはならないはずです」



 ……後方に控えた桜田會に酒をパシらせる際だったユイが、エイルの言葉で向き直る。



「魔術史というなら、その概ねは歴史でしょう。読み飛ばせばいい。その上で、私たちが本から抜粋するのは『超一級の大規模魔術のみ』です。私が把握している内でいえば、その数は4桁には届きません」



 その上で、と彼女。



「詠唱の代替。つまりは、任せる相手・・・・・がいる。……私たちは王城機構なる魔術体系の正体と、それを司る『戦場外部の詠唱入力者』の正体を探る。必要なのは労力ではなくアイディアです。皆さんを、私は頼りにしています――」



 そこで、

 ――ふと、『悲鳴』。


 否。それは悲鳴ではなく、それによく似た『音階』であった。



「……、……」



 それを聞いたエイルは、言葉を一つ付け足した。



「ヒントは、です。王城機構なる魔術の発動はこれで4度。そのたびに聞こえるのがこの音だ。……この無力化が、私たち負傷退場者の仕事です。――さぁ、気張っていきますよ!」











/break..












 この戦場における、3度目の王城機構魔術

 それをアダムは『NO.11』と呼んだ。



「――――ッ!」



 俺の起爆術式によって虚空に舞い上がった二人。彼らは今、――重力に捕獲されぬまま、虚空にて停滞をしていた。舞い上がる粉塵も、打ち上げられた草の欠片や石、土壌の一つがそのまま。



「(無重力化? ……いや、なんだ? 下がってこないだけ・・・・・・・・・?)」



 つまり、上昇はするのだ。打ち上げられたすべてが慣性に逆らわず上へ上へと舞い上がる。アダムは、少し離れた場所に浮かび上がってもがくレクスに銃撃を放ち、その威力の分だけレクスはさらに上昇する。



「(……、なるほど・・・・)」



 俺が、ふと踏み出した足。それが、

 階段を上るように上へ上へ。虚空を踏んで上昇することは出来ても、下降ができない。



「(下降という概念の無力化、みたいなことか……)――ッ!!?」


「『王城機構_Np.9』」



 再び、世界の暗転。

 そして気付けば俺の視界いっぱいには空がある・・・・


 否。状況が入れ替わったのだ。

 先ほどまではアダムが飛んでいたはずの場所を、今、俺が飛んでいるのである。



「(散歩スキルで無効化できるか、コレ――ッ!)」



 仮にこれが、下降という概念そのものの否定だとしよう。その場合俺は、楠に移動そのものを世界から抹消されたときのように、――スターゲイザーのスキル効果のように、になる。ならばこの状態で以って俺の『散歩』は成立する。俺の無敵は、『この不自由な状況で以って最も自由である』と定義される。


 やはり、散歩スキルは成立しない。虚空を俺は、慣性で以ってゆったりと浮かび上がる。



「……、……」



 視界の下。地表に立つアダムは、ただまっすぐに俺たちを見ていた。

 俺は、――このどうしようもなく手詰まりな状況において、




『もういい! よくわかんない! 長くて言葉が難解!――「神器生成レーヴァ・テイン」!!!』



 エイルのブチ切れたっぽい絶叫と、巨大な建物一つをちょうど細切れにした時の様な壮絶な音をカフ越しに聞き、――そして重力が復帰した。











/break..











「(ふーっ! ふーっ!)」


「みろヨおォい! こりゃァ豪気ィ! 豪快だねェ! ダハハハ!!」



 メル王都。さっそく一冊目が届いてきた私立病院のとある一室にて。


 ユイが楽しそうに言った通り、――その部屋から見える景色の向こうでは、メル王城に巨大な剣が突き刺さっているのが見えた。



「…………あー、こちらレオリア。ワンちゃん諸君、戻ってきていいぞ」


「最初っからこうすればよかったんだ! うるっせえんですよパイプオルガン! 近隣住民の迷惑を一番に考えろ王様なんてモンは!!」
















/break..
















 ――王城機構。

 それは、王城一つを巨大な魔方陣に見立てて術式の詠唱行程を代行させて行う、即時発動の超大規模魔術である。


 ただし、魔術式を描く『モノ』自体に縛りはない。文字でも、魔力線でも、或いは音や匂いや触り心地でも構わない。その『感覚』が持つ【意味】が形を成していたのなら、どうあったとしても魔術は当たり前に成立をする。


 故にメル王城では音を頼った。王城内部に反響する音階で魔術式を描き、足りぬ分のインクは反響で以って満たし、逆に不要な音があれば、それは城の外へ放出する。その結果王都に鳴り響くのが、先ほどまでの悲鳴じみた不協和音である。


 この世界には大別して二つの魔術行使の手段がある。すなわち、口頭による詠唱か、ほかの全ての方法による式の記述。口頭詠唱の強みは魔術の即時発現にあるが、一方でこの口頭詠唱は、詠唱そのものが難解であった場合に成立が難しくなる。口を経る詠唱も、或いは思考のみで成立するようなモノであっても、間違えばイチからやり直しである。それに対し記述であれば、魔力を流すまでなら何度だって書き直してよい。


 そのため、現在に残る記述式魔術は概ねが大規模効果を成すためのモノである。巨大なキャンバスを一つ書きつぶして先に詠唱式を用意しておけば、ありとあらゆる魔術は即座に成立をするゆえに。


 さて、――それを前提に、巨大なキャンバスを消耗すること自体を嫌がった場合にはまた別の手段が必要となる。文字をキャンパスにインクで書くから、巨大なキャンパスを一つ一つ消耗していくのだとすれば、その代わりに光や音を使う。これを以って現代魔術では、一つのキャンパスを複数回利用する術が確立されている。


 ただし、問題はその難易度だ。文字を書き起こすなら『情報』を情報として成立させることにはほとんど苦労がないが、例えば『音』。これは難易度として一線を画す。


 なにせ『音』とは、調度品一つの熾き方で響き方が変わる。故にメル王城においても、雑音の放出という工程は必ず必要になる。


 さらに言えば、その調律。

 一部のズレもない音階で以って、『音』で以って術式を成立させるには、当然ながら弦の一つにもズレは許されない。


 ――これが、アダム・メル・ストーリアの使用する術式のタネである。

 広大な城内を余すことなくキャンパスとして活用することで三次元的な『音の記述詠唱』を行い、現象として為す。だからこそ彼は、デメリット無しで距離無制限の転移や、状況の交換という形での運命の完全操作や、『下降』というこの世界の源泉に根付いた概念の部分的否定などを行使できた。


 ――ただし・・・

 当然、




「(――状況を説明しろ、ジャンヌ・ダルク・・・・・・・・)」




『承認。王城機構中枢へのアクセスを行いました。以下、返答となります。

 ――おしろが、ぶっこわれた』




「(……何かの間違いではないのか? …………え、本当に?)」


『返答音声に追加。

 ――やろう、ぶっころす』



「(……………………。そっちは任せたとジャンヌに伝えてくれ)」


『了解しました。ご愁傷さまですアダム。王城の損壊率は87パーセントとなります』


「(いいよ言わなくて……)」











/break..











 メル王都にて。


























 さあ、

 ――夜の幕開けだ・・・・・・

















 或いは朝の、それとも真昼の幕開けかもしれない。ただし、どれにしても構わないだろう。人にとって一番美しい時間が、一番謳歌をすべき時間が始まるのだ。


 ――すなわち、【問いと返答】。


 王城が崩れる。それは朝に浴びるシャワーのように諸君らの目を覚ます。心地佳いはずだ。それは本能である。諸君らは、肉体を脱ぎ捨てるような心地よさに、今、さいなまれている。


 身体を捨てるか? それもいい。或いは身体にこだわっても構わない。創世の神はそれら全てを認めるし、仮に認めなくても諸君らは好きなようにすべきなのだ。なにせ創世者は、それがみたいのだ。君らも好きにしたいのだろう? ならば、佳いではないか。世界を謳歌しよう。


 王城が崩れる。崩れていく。そこにはぽっかりと穴が開く。あるいは孔だ。その口はそのまま、惑星という肉体の内部へとつながるのだから。


 王城が崩れる。崩れ落ちる。


 そして内部が露出する。傷口のようでありながら、それは、みずみずしい果実をカットした断面のように美しく日差しを照り返すのだ。諸君らは見る。それこそがこの世界の【最果て】。ただの瓦礫の山積の内側には、嗚呼、世界の答えに至るパーツの一つが転がっていたのだ。


 王城が崩れて、――崩れた。

 瓦礫が、全て崩れ終わったのだ。故に【彼女】は、姿を現した。


 嗚呼。

 嗚呼!!


 これを以ってメル・ストーリア王都は、


 ――喝采をしたまえ! 寿ぐが佳い! ここは、イマ、この瞬間をもって!!





















 『メル・ストーリア王都が、【領域】と化した!!!!』





















「ふさしぶりの、 ひざし 」



 王城が崩れ落ちた孔。

 そこから現れたのは【女性】であった。


 豊満な身体にまとうのは黒紫のドレス。

 黒く輝く長髪と、汚れを知らぬ真っ白な肌。

 そして、こめかみの位置に生えた、二つの巻き角・・・



【彼女】は、家屋の一つに手をついて押しつぶし、更に一つに肘を置いて上体を露出させる。


 大地に膝をついて孔から這い上がり、そして額に掛かる雲を、指先で払う。




「まぶしい なあ

 ……。 それじゃあ、きみたちに 問うよ。」








 【問:ヒトは、ヒト類のために、より素晴らしきモノを滅ぼすことが出来るか?】







 

 ――さて、これを以って【領域:絶対悪性生命】は産まれ墜ちた。



 さあ、ヒト類諸君。

 君たちの【返答】を、その美しさを、気高さを、泥臭さを、世界は大いに期待している!



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