(3)




 どんな世界にも、文化にも、形を変えて必ず存在する概念というものがある。

 その一つが、『医療』。


 さて、この世界にも『医療』は、彼こと鹿住ハルの知る光景と近しい体裁で以って存在をしていた。




「うわー……」


 それを一言でいえば、というのが適切だろうか。




 ――清潔感のある白磁の壁面。

 ただし建築様式はやや古風で、鉄筋コンクリートではなく木造の様相である。壁紙を仕切る木枠が、野暮ったくてどことなく懐かしいライトブラウン色をしている。


 また、調度品も木製のモノが多く目に付く。

 ……木材というのは、無機物材質とは一線を画した柔軟なる強固さがある。木材は、硬く在るのではなくしなる・・・ことによって衝撃を吸収し、また寒暖に対しては密度を変えることで劣化を防ぐ。人為的な衝撃に対しては鉄筋と比べればはるかに脆弱だろうが、木材の真価は、経年劣化に対する「生体由来の柔軟なる対応力」にあるのだ。


 翻って言えば、木材を多用する文化というのは基本的に大規模生産の能力に乏しいともいえるだろう。

 加工した無機物材と比べればはるかに手に入れやすいという面でも、「日々の手入れと、長持ちさせること・・・・・・・・」を前提としている面でも、木材の使用率はその文化圏が、「以下にモノを雑に使えるか」を示す数値となりえる。


 さて、それを踏まえて言えばこの世界は大量生産の面においては脆弱に一見見える。

 ただし、それは世界に「魔術がない」場合に限られる視点だ。修繕に魔術という「自然由来の代謝を人為的に行えるメンテナンス法」を用いるとすれば、木材に残る不便は、建築物の支壁にした場合に音を通しやすいことくらいのモノだろう。


 ……というのが、一般的な木材と無機質材の相関として、『医療』の場においてはそこに追加のファクターがいくつも発生する。


 例えば、微細な傷。そして湿気の保持のしやすさによる細菌の発生。

 これらの悪影響を敢えて見過ごしてでもこの世界が医療の場に木製家材を使用している理由は、……やはり、この世界の技術基盤の大前提が「魔術である」ことに由来しているようだ。




「――ヒール!」


「(うわ! 今のナースの姉ちゃんヒールって言った!)」




 戦火による搬送者、……というか殆どはレクス・ロー・コスモグラフとの戦闘で傷ついた者たちなのだが、彼らを癒すのはエチルエタノールによる消毒でも服薬でもなく、もっと直接的で神秘的な手段による代謝の活性化であった。



「(その割にアルコール臭はあるんだよな……。なるほど、魔術のリソースを減らす必要のない部分を非魔術的な手段に依存してるってことか。消毒に魔力リソースを使うくらいなら治癒に魔力リソースを充てられるように。……治療法のトリアージみたいな?)」



 何に魔力を使用して、何には使用しないかのシステムが徹底されているのだ、と彼は分析する。そして、その場合には至極シビアに、魔力対金銭のコストの天秤が計算しつくされていることになる


 医療科学・・と医療魔術・・の最適効率での融和。

 ただしこのシステムの基盤は、あくまで医療科学の方にあるようにハルには感じられた。



「(病院一つの最大MP全員のリソースを数字として出して、それが最高効率で運用されるように医療科学で補填する。その発想は、魔術よりも科学の方に依存した医療の在り方だ。なにせリソースを温存しようって時点で、科学の方が結果的には出番が多いんだから。……とすると、可能性は二択)」



 医療魔術者のいない地域でも人の命が助かるように、医療分野においてのみ・・はこの世界でも科学が発展したのか、或いは『医療科学』が大前提にして唯一の選択肢だった・・・・・・・・・人間が、この世界の医療分野にイノベーションを巻き起こしたのか。


 そして、医療という狭い見地を脱して考察を進めれば、前者と後者のどちらかが正しいかは自ずと答えが出てくる。



「(医療人が助かる術なんてものが人間にとって一番の人質になるってのは、どこの文化圏でも変わらない。医者のことを先生なんて敬称で呼ぶなんてのもそうだし、もっとひどい所でいえば、派閥コミュニティに属していない人間に医療を与えなかったり、或いは派閥コミュニティに属していない人間に医療を与えたこと・・・・・・・・が美談になったり。……強者君主制のこの世界が敢えて頭をひねって弱者を救済する医療概念を発掘したとは考えられない。死ぬ奴は死ねばいい、生き残りたい奴は勝ち馬に乗れってのがこの世界の大前提なわけで)」



 故に、考察でいえば後者。

 勝ち馬に乗れず、この世界の最も巨大なる淘汰作用当たり前からあぶれた弱者を救済したいとによる医療分野の開拓。


 ……というのがひとまずの考察ではありつつ、ハルはふっと息を吐く。



「(……ちょっとエチルエタノールの匂いがしたからってここまでの考察を結論にするのはさすがに行き過ぎだけどな)」



 正確に言えば、……なにぶん、この考察の大前提になるのはこの世界の人民が『相対的に善意より多く悪意を持っている』という仮定である。

 エイルの様な、「騎士という在り方がかっこいい」というだけで命を捨てて本気で『淘汰されるべき弱者』を救いに行くような人間がこの世界にいて、そして実際に圧倒的強者レクスへの無抵抗という民意を力づくで曲げて見せた例を思えば、この世界の善意の総量は結論を出すには早すぎる。



 さて、彼はゆえに、考察を切り上げて視界に意識を戻す。

 ――改めての。この場に、先ほどまで朝食をともにしていたレクスが同席していないのは、単純にこの惨状を作り出した犯人をここに連れてくるわけにはいかなかったからという点である。



 ならばさてと、この場に鹿住ハルがいる理由とは何か?

 それは、――俗にいう、お見舞いであった。









「あ、ハルがいるデス」


「……おー。ミイラみたいになってんな」









 病院のエントランスにて。

 ヒトの導線の邪魔にならない位置で立ちぼうけをしていたハルのうなじに声がかかり、それに彼は気軽な皮肉を返した。


 そこにいたのは、点滴を松葉杖代わりにした少女、エイリィン・トーラスライトである。

 服装は、ベットのシーツを織ったパジャマみたいな白一色。露出した肌は右目の付近のみで、それ以外はものの見事に全て包帯でぐるぐる巻きにされている。


 銀髪だったり白磁の肌だったりとただでさえシルバー寄りの体色をした彼女だが、こうなると本当に白一色である。




「……、それキミ、歩き回って平気じゃなさそうなんだけど」


「見た目だけです。おじいちゃんのポーションとエリザのスキルで、正直全快してるんですけどね……」



「……?」


「……おじいちゃんが課金したんです。万全に治るようにって」




 それでミイラのコスプレか、とハルは納得をする。

 ただし、……いやそれでミイラのコスプレって何なんだ? と改めて気付いて納得を撤回するが、どうあがいても埒が明かなそうなので疑問はすべて捨ておくこととする。




「ほかの連中はどうだ? レオリアも一緒にレクスにボコボコにされてただろ? それにグリフォンソールとぶつかってたサクラダとか逆条の方も、まだ様子をみれてないんだ」


「まず、……驚くべきことに、この戦争で出た死者は一人もいません。後遺症が残るような重症者もです。ハルが心配してる人限らず、この戦場にいた人で後腐れそうな人は誰もいないみたいです」



「……、……」




 大衆において、グリフォン・ソールの戦場については通信での報告のみでの把握となる。

 故に、広報を得た大衆がこの軽傷・・をどう解釈するかと言えば、――まずは手加減か、そうでなければ実力が高い水準で拮抗していたからこそ『後遺症』を残すような悲惨な戦闘にはならなかったということも考えられるだろう。


 一方、ハルが実際に直視していた戦場は違う。レクス・ロー・コスモグラフは、あの場においてはっきりと全員の格上であった・・・・・・・・・。そのように、あの人物は振る舞っていたはずだ。




「……手加減してたとは思えないけどなぁ、あいつ」


「少なくとも私と戦ってるときは殺すつもりだったと思いますケド……。……あー、いえ。……どうなんでしょうね」




 ヒトが容易に死ぬほどの兵器こぶしを彼は振るっていた。実際に、エイルがあと少しでも実力不足であったなら彼女は死んでいただろう。或いはもう少しシシオの参戦が遅かったとしてもだ。


 ただし、それら全ては仮定である。

 天を割り、風を捲き、地平線までを粉微塵にするような一撃を数度受けてなお生き残ったエイルは、……だからこそ、自分がだれか・・・の恣意を以って生き残った可能性を無視できない。つまりは、――文字通りの手加減を。




「……、……」




 エイルの表情に、何やら煮え切らぬものをハルは認めた。

 彼女の思いは、理解はできる。死闘にてなお手加減をされていた可能性に、彼女は歯がみをしているのかもしれない。ただし、




「…………、まあ、手加減はしてなかったよ。確実に」


「そう、ですか……」




 ただし、ハルからすれば彼女の苦悩は無意味なものだ。

 なにせ、……レクスがしたのは手加減以下の、であったはずであるゆえに。




「……、……」


「まあ、……元気ならよかった。とりあえず、」




 他の連中のとこに案内してくれよ、とハルは言い、

 ……エイルはそれに、小さな首肯を返した。




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