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「うめェモンだワンな! このカリフォルニアロールとか言うゲテモノもワンよォ!」


「(悪夢が一向に終わらねぇ……)」




 ということで、場所は引き続きグリフォンソール艦隊、飛空艇『竜辰』の客間にて。

 俺ことゴードン・ハーベストはワンちゃんと化したユイと晩酌を共にしている。


 ……ちなみに、どうして彼女こと桜田會トップの悪のカリスマであるところのユイが犬畜生に落ちぶれているかというと、それは彼女の使うワイングラス兼ペットフード皿になんかの呪いがかかっていたみたいだからである。


 聞いてくれ、お手もちんちんも当たり前のようにやりやがったんだマジで。試さなきゃよかった。今俺はコイツに別の芸を仕込みたくてたまらない。逆立ち歩きとか。



「特にこの、マヨネーズってのァ案外コメに合うワン! 生シャケとアボカドと合わせちゃァくどく・・・なっちまうんじゃねェかとアタシァ訝しんだもンだがヨ、食ってみたらァこれが合う! こいつァワサビの一仕事だワンねェ。いやァアタシも、ゲテのモンを舐めてたかもしれねェワン! 入ってんじゃねェかちゃんとヨ、ワサビも侘び寂びもワン!」


「(ワンワンが邪魔で何言ってるか分かんねえ!)」


「……とまァ、感動は置いておくワン。食ってれば食ってるだけ止まらなくなっちまいそうだワンな。……ンでヨ、仕事の話ってェアタシァ言ったが、手前、どのくらい事情ォ知ってるワン?」


「じ、事情?」


「あァ。こうも華やかに監禁じゃァ下々の事情にも疎くなるワンよな? 下界じゃ今ァしっちゃかめっちゃか、戦争がはじまるんだいっつって右に左に火事騒ぎ。その辺の話ワン?」


「ま、まあ聞いてるけど……、仕事ってのは?」


「アタシァこの艦に、まァスパイってことで這入ってきてる……ってのァ手前もさっき察してたことらしいんだワンがな? その仕事だ、手伝えワン」


「あ、ああ。任せてくれよ姉御ワン」


「さっきからなんだいその語尾ワン。……待った、なんだァこりゃ。なンか、頭のこの辺りがムズムズしてきたワン……」


「――あ、姉御!?」



 と、いつの間にやらテーブルの上でワンちゃん座りになっていたユイが、手を丸めて頭をくしくしし始める。


 ……すると、PON☆ と、



「(み、耳が生えやがった!)」



 そう。犬耳である。そいつがユイの耳に生えやがった!

 うわあ姉御の耳が四つになっちまった! それとも元の耳は消えたのか!? 知らねえしどっちでもいい!


 ……などと気軽に絶望していた俺は、



「あー、ムズムズがすっきりしたワン」


「そ、そうか……」



「うー、くるるる」


「!?」



 遂に喉を鳴らし始めたユイを見て、状況の悪辣さにようやく気が付く。



「(いや待て、待ってくれ。これって、……この犬化って、どこまで行くんだ・・・・・・・・!?)」



 そう。その問題だ。


 ……語尾にワンが付く程度ならワンダフルっつってつまんねえジョークで流せばいいだろう。しかし、実際に身体に変異を伴ってしまったらそれはもうガチのワンダフルだ。


 下手をすればこのままマジでユイが雌犬と化して、なんならそのまま俺たち桜田會がワンちゃんトップに据えた生類憐みの組織って羽目になってもおかしくねえんじゃねえのか!?



「(……、……)」



 そんな、一つの平安の世が終わりそうな地獄の風景に思い至った俺は、アルコールっぽくなった脳みそをフル回転で答えを探す。


 ユイの犬化は何としても止めなくてはならない。あのドッグフードワインはまさしく致命的な『毒』であった。このまま桜田會が終わるなんて、絶対に合ってなるものか……!



「(考えろ! 考えろ! 考えろ! ――待てよ、毒? 毒!!)」



 ――ペットとは、人間と比べて食べられないものが多い生物である。

 例えば猫を飼っていた友人は、いつか、玉ねぎのみじん切りを一欠片床に落としただけで悲鳴を上げていた。


 曰く、猫にとって玉ねぎとは一口分が致命的なまさしくの『毒』であり、それを摂取した場合にはゲロを吐いて『毒』を腹から吐き出そうとするのだとか。


 ……ならば、もし仮に。


 ユイが文字通り

 猫にとっての玉ねぎのような毒を食わせてやることが出来れば、桜田會に終止符を打つのかもしれないこの『毒』も、一緒にゲロっと吐き出すのではあるまいか……!?



「……、……」



 それに気づいた俺は、

 ――目前のカリフォルニアロールを掻きこむように全て貪り食う!



「う、うわーやっちゃったぜい! ツマミがなくなっちまった! ワインまだ残ってんのに!」


「な、なんてわざとらしいワン! そこに直れ! 酒の肴ァ大切にできねェヤツァぶち殺してやるワン!(ぐるるるると唸りながら)」




「――待て・・! お座りだ・・・・!」


「(びくッ!?)」




 俺の命令にユイは、実にあっけなく『待て・・』をする。

 嗚呼今、バスコ国の悪のカリスマがテーブルの上で股おっぴろげてステイしてやがる。マジでこんなもん見たくなかったしコイツパンツ紫なのかよ……。



「……あ、安心しろよ姉御。こんな後世に語り継げるような最期を桜田會に迎えさせたりはしねえさ。そこで『待て』だ。ステイ、ステーイ……?」


「な、なにを言ってやがる……!? それよりテメエ! 早く『よし』って言いやがれ!」


「駄目だ! 許したら姉御は俺の股間に噛みつくんだろ? だから『待て』だ。……安心しろよ。ちょっとした用事を済ませに行くだけだからな」


「な、何……?」



「なに、ツマミがねえだろ? ――ワインと言ったら干しブドウ・・・・・だ。くすねてくるから待ってろよ」











 〈break..〉











 完全にブチギレ面のユイから視線を放さぬまま、俺は後ずさって部屋を出て、

 怒り相まっていよいよ肉食獣じみた唸り声を聞きながら、俺はぱたりと扉を閉める。


 すると、――静寂。

 絢爛とした明かりを失った視界は、コンマ一秒だけ目眩むようにして、そして即座に暗闇に適応した。



「(……さてと、脱出成功だ)」



『竜辰』の連中は、揃いも揃って育ちが良い。俺が捕虜としてこの部屋に連れてこられた時には、驚くことに目隠しの一つもされなかった。


 ……まあ事情としては、俺が客賓扱いであるコトやそもそも逃げる必要を感じないくらい豪華にもてなされてたコトなんかがあるのだろうが、それでも備えとは、あれば憂いを失くすものである。

 この艦に来た当時の俺は、ウェルカムドリンクの酒精強化ワインに舌鼓を打ちながら、道中の検分をしっかり済ませている。


 記憶にあるのは、搭乗口からここまで最短距離一直線の光景。途中で見た施設は、搭乗口から直通の王様でも出迎えるかのようなやたらめったらに豪華な広間と、下級搭乗員用のモノらしい居住区の一角くらい。あとは、……今見ているのと変わり映えのない武骨スチームパンクな通路ばかり。



「(一応、どういう道を通ってきたかはちゃんと覚えてるが、……外に行ってブドウを摘んでくるなんてわけにはいかねえか)」



 なにせ飛行中である。監禁身分だという自覚も生まれない歓迎っぷりではあったが、あくまでここは空の密室だ。……あと「犬には干しブドウは食わせちゃいけない」ってことだけ知ってる俺的には生ブドウでも大丈夫なのかとかわからないしな。


 さて、光景はあくまでスチームパンク。目前にあるのは、階下へつながる鋼鉄製の階段が一つだけ。

 客を迎える部屋への通路ゆえか、明かりだけは十分に確保されているようだ。俺の記憶にある分では、他の通路にあった照明はもっと簡素なものだった。



「(部屋を出た瞬間にアラームってことはないらしい。……ユイの狼藉ハイキックが見過ごされてた時点で予想してたが、本気でビップ用だったんだなこの部屋)」



 監視機器の用意がないのは「それさえも失礼にあたる人物」による使用を視野に入れていたためだろう。穿った見方をすれば、「そういう部屋に軟禁するからこそ、豪勢にもてなして逃げる動機を失わせていた」というセキュリティーの側面も垣間見えてくる。


 ならば問題は、俺が見てきた通路が「全て監視範囲外であるのか」という部分である。

 思い返す分だと、「最上級のビップを通せるようなものではない通路」や、不自然な蛇行した案内迂回も記憶に幾つかある。



「(目隠しは出来ないが、信用も出来ない……って采配で、案内されたルートに監視範囲を混ぜてきた可能性は当然考えられる。まずは、脳内地図からそこを掃けておこうか)」



 イメージしているルートのうちで、その危険区域を赤く塗りつぶす。その結果、残る導線踏み入っていい場所は点在としたものになるが……、



「(そもそも、外に逃げるつもりなわけじゃねえんだ。俺が探すのは、あくまで食糧庫だ)」



 予測できる安全地帯監視のない区域へとまずは進みながら、一方で俺は考察をさらに深める。



「(そもそも、大抵のビップは豪華さよりも安全だ。それでもなお監視をすべきではない最上級って言うと、特級なんかが視野に入ってくる)」



 彼らなら、安全など自らの手が一つあればいい。この艦のように「ビップの機嫌都合のために監視体制を一部遠慮する」というのは、言い換えれば相手の都合を、艦の保安よりも優先するということである。それは、ある意味ではこの艦の安全をも相手へのサービスの一環で捨てているとも出来る。


 ならば相手は、単純計算でも「準特級レベルの保有する飛空艦一機」よりも『命の価格』が重い相手である。ゆえにこそ……、



「(この艦がサービス特化・・・・・・の艦だって可能性だ。別に、他所の船にも同様の設備を用意する必要があるわけじゃないんだからな。というよりは、艦一つ一つに役を持たせるために、グリフォンソールは11機で成り立ってるんだろうな)」



 戦力に特化するなら11機ではなく、もっと相手を絶望させられるだけの数を用意するべきだ。オートクチュールであるからこそ、その艦には何か「特化した部分」があって然る。


 機械は、人間とは違うのだ。人間ならば『強い魔法を持つ個』が『強い魔法を持たない群衆』を圧倒するが、同じ値段で1機の『戦闘力特化の飛空艦』と5機の『量産型の戦闘飛空艦』を用意する場合は、人間同士の争いのように強い方が無傷で勝つ・・・・・・・・・なんて状況にはならない。


 ……当然、例えば「殲滅兵器」なんかと「それと同じ値段を出して買える膨大な量の竹やり」などを比べれば話は変わるが、そこにはそもそも武装としての役割の違いがある。

 飛空艦を造る場合に「量と質のどちらを取るか」という前提で考えれば、コストパフォーマンスの一点においてこの艦は間違いなく何かに特化している筈ではある。



「(まあ、11機全てに同様の保安上の問題があるもかもしれないけど、だとしたらそんな馬鹿艦バカフネの搭乗員なんてここでばったり鉢合わせても言いくるめられんだろ。ってことでここは確定。――んで、だとすれば)」



 この艦がおもてなし・・・・・に、……特化とまでは言わずとも多少の安全性リソースを割いているとすれば、艦のスペックだけでなく、内部のスタッフもそうだとは出来まいか?



「(つっても、監視が甘い部分はあってもあくまで一歩部屋を出たら雰囲気はスチームパンクだ。一応、戦闘を視野に入れた高機動運用には耐えうる作りなってるんだろうな。じゃあ、この艦は『戦闘に出張る可能性もある客船』ってことだ。……なんつうか、妙なテーマで設計されてんな。おもてなしに特化したいなら普通にその辺の豪華客艇でも買ってきた方が早いだろうに)」



 ……結果的に11機用意することになったのではなく、最初から11機を用意するつもりだった。或いは、みたいな?




「(――異邦者)」




 聞いたことがある。この世界のどこかには天まで届くような塔があり、そこに君臨するのが異邦者、――ユイのような、異世界から来た人間であるのだとか。


 その「塔」は幾つかの層に分かれており、それぞれを統治するのは異邦者のスキルによってこの世界に召喚された者たち。彼らと彼らの統治する層は、ワザとらしいほどに戦闘に特化しながら、「温泉宿」だとか「廃棄病棟」だとかと妙なサブテーマが用意されているらしい。

 それと同様の「効率度外視の趣味構築」なのであれば、この違和感には説明が付く。



「(なにより、異邦者のスキルってのはどれもこれも採算度外視だ。ユイの『世界観』の変異スキルも、時空召喚スキルだってのにわざわざ召喚時空の座標を固定してやがる。それで履けてるゲタもあってのアレ赤紙一路、潰壊堂中の性能なんだろうが、それでも結局、ストレートな火力ではない)」



 ……と、

 そこで、脳内の地図が行き止まりを告げる。


 目前には平然と道が続いているが、恐らくは、ここを一歩踏み出した瞬間に、俺の脱獄はこの艦中に暴露されるだろう。



「(……というよりも、ここまで当然のように歩いてこれたことこそが、俺の『地図』が正しいって証明なんだがな。とりあえず)」



 ここまでの思考は、一旦打ち切りである。

 とかく、この艦にいる搭乗員は「セキュリティ維持において超一流準特級レベルではない可能性がある」。


 この可能性だけが、俺の任務における唯一の救いである。

 なにせここで干しブドウを入手できなければ、それが桜田會の終わりなのだ。



 ――さあ、行こう。

 これは、俺たちが俺たち自身で何度も守ってきた桜田會の看板を、今宵もまた人知れず救いに行くだけの話なのだから!











 〈break..〉











「(ふっつーに誰にも気づかれなかった!!!!!!)」



 ということで食糧庫に到着。

 道中のスニーキングは、マジで考えられないくらいスムーズに進んだ。


 ……というのも、なにやら艦の人員が、とんでもない超大物をもてなすとかで全員死ぬんじゃねえかくらいの総動員で忙しくしていたのだ。試しに『脳内地図』のレッドゾーンにちょっと踏み込んでみてもノーリアクションだし、なんなら一度ガッツリ搭乗員と眼があったんだがその時もスルーされた。そいつは死んだ目をして俺を一瞥してからすぐに向こうに走っていった。なのでワンチャンと思って「干しブドウ探してるんだけどー?」って聞いてみたら「向こう!」って雑に指差しで方向だけ案内された。警備がザルとかそんなレベルの話じゃねえなマジで。



「……とにかく、ミッションコンプリートか」



 多分必要はないんだが、俺は一応で声を小さくして呟く。

 なお、食糧庫の方は、これもまた見事にソールドアウト状態である。


 光景のイメージとしては大規模収容の馬舎なんか近い。魔力制御によって温度を制御されたスペースの内には、簡単な衝立で食料ごとの小部屋のようなものが確保されていて、そこいらの大抵がもぬけの殻である。


 外では、戦争前夜みたいな喧騒と怒号が行き交っている。一応でスニーキングっぽいことを続けつつも、「多分丸くなってカボチャのモノマネとかしてたらスルーされるだろうな」と思っている俺は、腰を落としてるだけの遠慮ない足取りで食糧庫の中身を検分する。



「(くず肉……、形の悪い根菜……、この辺りはブロード用の野菜の切れ端か。セキュリティはザルだけど食品管理はしっかりしてるんだな。室温制御もそれぞれのフロアで微かに変わってるのか)」



 本棚のように並ぶ空っぽの食品棚を眺め、干しブドウを探しながら歩き続ける。

 ドライフルーツは、……保存的には常温で良いのか? とすると、あまり寒くはない方を目指すべきなんだろうが……。


 と、――そこで、






「――動くな・・・。……喋るなよ? 何もするな。喉に刃物を当てているのが分かるな? お前が命を捨てて大声を上げる前に、私はお前を殺すことが出来るぞ(もぐもぐ)」


「ッ!?」






 俺は、――あろうことか背後を取られて、俺とは違ってちゃんとスニーキングしてたっぽい何者かから喉元にナイフを突きつけられた!


 ……待てよ? もぐもぐってなんだ?



「(敵じゃないよのジェスチャー)」


「なんだその動きは……? 踊ってるのか?」



「(片手をワキワキさせて喋らせてくれのジェスチャー)」


「……喋らせてくれということか? ……あれ? あ、もしかしてこの艦の人じゃない?」



「(この艦の人じゃないよのジェスチャー)」


「なんだそれは、踊ってるのか?」



「踊ってねえよ! なんなんだよ踊ってるのかって質問! そうだよって答える訳ねえだろ!! とりあえずよく知らねえが俺はたぶんお前の敵じゃない!!」




 さて、背後に感じる胸の感触を鑑みるに、俺を拘束していたのはどうやら女性である。


 加えて言えば、何やら声に聞き覚えが……? などと思いつつで改めて振り返ると、そこには、




「――お、お前! 逆条の『白銀』じゃねえか!?」


「………………、そっちは、だれだっけ? 待って、覚えてはいる。ここまで出てるからホントに」




 ――逆条八席の次席であるずぼらYシャツ・・・・・・・女子、『白銀』のマグナ。


 彼女が、……一応死闘を繰り広げたはずの俺を思い出そうと、実はパッと見よりもあるっぽい胸のあたりに手を当てて、そこにいた。



 ……あ! あとコイツジャーキー食ってやがる! 口の端からさきっぽ出てやがる!



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