-06




「交信?」



 そう俺が問うと、胸元の『アイテム』が鈴のように一つ揺れた。


 場所は、未だ山の中腹。

 鬱蒼とした道を選んだために、目的地の輪郭は未だ見えない。



『はい、提言いたします。現段階でパーソナリティからの攻撃を受けていないことには、何か、違和感を覚えます』


「違和感……」


『抽象的になり申し訳ございません。しかしながら、自律的に斥候を作り出せるはずのパーソナリティが山肌に監視を敷いていないということは考えられないと予想します。野生動物の反応と区別が出来ていないという可能性も考えられますが、一旦の考慮をお願いしたく』


「……、……」



 ふと、を俺は覚えた。


 しかしながら言語化は難しく、ひとまずはその『直感』を、俺は胸中に留めて応える。



「すまない。ぼーっとしてた」


『……、』



「考えられるのは二つ。一つはさっきそっちが言った通り『索敵にかかってない』って可能性で、もう一つは『索敵には・・かかってる』って可能性だ。その場合、後者なら納得感は無くもない」


『と、申しますと?』


「頂上にあるのは向こうの迎撃拠点だろ? 迎え撃つ準備がしてある場所ってことだ。俺なら、下手なタイミングで奇襲は掛けずに待ち伏せをしておく。何せその方がコストがかからない。……まあ、俺は連中と何度かやり合ってて、『脅威度更新個体』なんて呼ばれてるらしいからな。向こうだってある程度はこっちの戦力を把握してるはずだ。改めて小粒をぶつける必要もないって判断に至ったんだろうな」



『つまりは、罠を踏み抜きに行くのだ、と?』


「そゆこと」



 これが前世の俺ならば、なにせ無敵の不死身ではないわけで、どう考えたってもっとしっかりと考察をしただろう。それに加えて言えば相手が『人間ではない』というもの考察におけるノイズの一つだ。


 兵器は、神算鬼謀ではなく性能スペックで敵を制圧する。この時点で、俺は俺自身の強みの一つである『直感』を、はっきり言えば持ち腐れにしていると言っていい。



「ただ、確かにいい機会かもしれないな」


『……と、申しますと?』


「こっちサイドは、親玉パーソナリティのスペックも子分のスペックも分かってない。……正直に言えば、向こうのバカげた技術力なら『俺がノーグレスに来た時点で捕捉されている』可能性さえあるわけだ。あそこは上の拠点から一番近いヒトのコミュニティなわけで、警戒はしてるはずだろ? 下手したらナノレベルの監視カメラなんかを作り出してあの街に散布してたっておかしくはない」


『……、……』


。説明しとくと、わざわざこうして身体を晒してまでエサをぶら下げて、それでも斥候がやっぱり予想通り排除しに来ないなら、こっちからお願いしたかった小粒との交戦、『それで向こうのスペックを図るってアイディア』はすっぱり諦めることにする、ってハナシだよ」



 ベルトポーチに差し込んだスクロールに片手を当て、思考で以って起動を命じる。


 すると、まさしく宇宙の真空が俺の周囲を皮膜のように包み込み、光も音も何もかもを相殺し、――そしてその効果が、察するに『散歩』の効果によって



『――、――。』


「(そっちからも見えなくなるのか? ああ、これも聞こえてないか)」



 いや、これは盲点であった。一度機会を見つけて効果を解除し、『アイテム』との意思疎通を行っておくべきだろう。……――と、




「(――――。)」




 はっきりと言えば、



 つまりは、




「(――。いや、なんてこった)」




 有体に言えば、このスクロールを使った瞬間に向こうから件のビーム砲撃を受けた、ということなのだろう・・・・・


 目測で、砲撃の半径は三メートルほど。それがまさしく俺の身体を射抜いて、その超高温で以って足元の土さえ硝子に変えていたことに、――つまりは、景色がただ一瞬で一本道の荒野に様変わりしていたことに、俺は数拍遅れて気付いた。



 ……と、それに気付いたのちに俺は、実に今更過ぎることに思い至った。



「(音が聞こえないんじゃあ、カフからアラームも聞こえないじゃねえか……)」



 ……はっきりと言えば、自覚する限りの俺の胸中に焦りのようなものは存在しなかった。


 それほどまでにこの砲撃は察知できず、ゆえに恐怖を煽ることも出来ないということなのだろうが、そのせいだろう、俺は奇妙に危機感の欠如した感情で、胸中で一つそのように嘯く。



「(……、)」



 果たして、それ以降にはやはり『小粒』なんかが現れることもなく、


 俺の道中は舗装されたガラスの路によって、隠形を解除した後も、むしろそれまでよりもスムーズに進んでいった。
















 ../break.
















「……、……」




 かつり、かつり、と。




「聞こえてるか?」


『聞こえておりますし、見えております。ハル様』




 急増のガラスの路が俺の足音を増幅する道中の果て、唐突に足音が、『別種の音』に代わる。



 見れば空は、青い曇天の色をしている。

 それに今更になって俺が気付いたのは、景色が突然に拓いたためである。



 ――天頂。

 それは、山の上部を刃物で切り離したかのように、全くの脈絡もなく俺を迎え入れた。



 山脈の傾斜がいきなりゼロとなって、その向こうに広がるのは天空とどこまでも平行な広大たる鋼の大地である。




?」


『……、……』




 


 まさしくそう表現する他にあるまい。下調べで確認していた「天井を取っ払った生産工場」のような光景が、


 全く無隆起のなだらかなコンクリート色が目前に手広がり、それは、果てまでの目算を立てるのがバカらしくなる程の彼方まで続いてる。……仮に、本当に山一つの中腹以上を切り飛ばし断面をなだらかにしたなら、確かにこんな光景にはなるだろう。


 ……とはいえ、その表皮をコーティングするのは、硝子舗装よりもずっと怜悧な金属質の床であるが。



「考察は? なにか、この状況に対するアイディアはないか?」


調



「………」


『……、……』




「なあ」


『はい』





お前は味方だよな・・・・・・・・?」


現段階では・・・・・





 その返答で以って、俺はひとまずの思考を取りやめる。

 これは、調に違和感を覚えたためだが、そもそもを言い出せば、元来この調査は俺の無敵スキルを根拠に俺に依頼されたものである。違和感直観を具体的な何かしらの形に断定する段階では、まだない。



 さて、ならば先の「現段階では」という返答についても、『俺が依頼を放棄し、それによってこの依頼の秘匿性を損なう場合を加味している』とすれば言葉のニュアンスに違和感はない。ならば、クライアントに言われた通り、調査に従事する他にないワケだ。



 まず確認できるのは、やはりどう見ても完全になだらかな金属舗装の床。

 それが山一つの直径で以って彼方まで続く光景と、しいて言えば今日の空模様であるが……。



「(でも、だったらさっきの粒粒子砲じみた攻撃はどうやって用意した? 微粒子レベルの機器であれだけのビームを打てるようなトンデモ科学生まれなら可能なのか? ……いや、そもそもそれなら事前調査で得た『生産拠点』だって必要ないはずだし、パーソナリティ自身だって目視できるサイズの身体を持つ必要はない。間違いなく、ビームを撃つには『ビームを撃つ砲台』が必要なはずだ)」



 それを前提に考えるなら、元々はあったはずの拠点がそっくりそのまま消えたか、或いは事前のギルドからの提供画像に致命的な虚偽があった場合である。



「(しかし後者は、どう考えてもメリットがない。ギルドが少しばかりキナ臭いのは分かるが、それでも無差別無理性のバーサーカーが人類に宣戦布告をしたなんて状況じゃ流石に手を取り合うを得ないよな? 何らかの荒事がギルド内で予見されていて、それにあたって手綱を握るのが難しい暴れ馬の自立兵器を何とか鹵獲するために嘘を? ……いや、これもないか。俺に嘘を吐く必要は全くない。むしろ相応の値段を提示されたら俺の方から力になるだろうし)」



 では、ギルドが予見していない可能性であった場合はどうだ?

 



「(その場合は、さっきの攻撃の出所を考える必要がある。……というか、なるほどな。これは確かにあまりにも軽率だった。俺は現状じゃ、あのパーソナリティが吐き出した光線をの確認を怠っていた。というか、撃てて当然だよな。機械なんて『同じスペックのモノを量産、ないし再生産すること』に価値があるんだから、……しかしだ。それならやっぱり砲塔がいる。――)」



 ああ、そうとも。

 俺はその時、まさしく思考に埋没していたのだろう。それこそが、
















「は?《・・》」
















 



 否、それは錯覚で、天地は正常に作動していた。だからこそ俺は身体のバランスを崩す。……そもそも、俺は気付いていたはずであった。この状況が、この拠点ダンジョンが、まさしく誘い込みの罠であることを。これを失念していたのは、俺が、ここまでに思考を放棄してしまっていたからに他ならない。



『アイテム』の音声は俺を最上級の斥候と称したが、確かにその通りだ。俺は死ぬことがないから、危機感で以って思考を行う事が不可能である。

 ゆえにこそ俺は今日までに、「罠の只中に合ってもなお客観的に罠と、それを張り巡らせた意図を俯瞰して考えるクセ」のようなものを得ていた。それはつまり、《・》《・》《・》《・》《・》《・》《・》《・》《・》《・》《・》




 




 思えばそれは、敵を『スペックだけで戦闘行動を行う機械』だと考えていた時点で不可避だったのだろう。




 ――




「う、ぉッ!!!???」




 ただし、その規模は桁違いである。落とし穴とは対象の自重を以って薄い床板を踏み抜かせるものであるが、これは違う。



 ――爆雷。

 それと共に地平線まで続くような平坦な山頂が一瞬で以って崩落する。



 俺は暴力的なまでに足元をブチ壊され、その結果当然のごとくして重力に捕まる。その圧倒的すぎる光景の変遷に、俺の思考は正気を手放す暇もなく機械的に視覚情報を受け取っていた。


 まずは、先述の通り、平坦荒涼たる山頂がすべて爆発によって床を抜かれていた。

 爆風の方向は下部。つまりは、この山頂の金属舗装の直下には敷き詰められるようにして機雷が、しかも直上の人物への攻撃を目的としない逆方向に向けて取り付けられていたわけである。



 更に言えば、直下。俺が崩落する方向。



 そこには、が広がっていた。





「(なん、だ!?)」





 モグラが地上を透いて見た光景、と言えば印象が近いだろうか。

 家屋のあるべき部分が凹んで、逆に通行道路であるべき部分が凸型にせり出している。その奇怪たる様相の迷路は、目算ではあるが、




「(――ああ、そういうことか)」




 自由落下の重力に捕まってなす術もないまま、俺はこの状況を、を理解する。



 そして、――響くブザー音。それにつられて俺が周囲を見ると、







「    。」


 
















_
















 見れば、それらは全て、俺が先に資料で確認していたドローンであった。

 いや、それ以外にも幾つものシルエットが、落ち行く俺を見下ろしている。首のない馬。上半身がやけに大きなヒトガタ、自立する台車、見るからに敵性生物を害するために生まれたような、暴力的な形をしたナニカ。



 それ以外にも、幾つも幾つもが俺を見て、


 ――そして、






『コレヨリ、対001特記指定個体攻略拠点ダンジョン、「カズミハル・レポート」ノ全稼働ヲ開始シマス』





 それら幾千の目が、正体不明の光線を俺に向けて照射し、




























『特級依頼_

 【H級迷宮:カズミハル・レポート】_攻略開始 』









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