(02)




「苦ッがいなぁ!!!!!!」



 ……なんてユーモラスな悲鳴を挙げる北の魔王カルティスを眺めつつ、


 私ことリベット・アルソンは戦闘演習場の片隅にて、「ぽかり」とかいう不可思議な名前の美味しいジュースを頂いていた。



 ちなみに彼は今、ティアが持ってきた『世界樹の葉』なる霊薬を食べているところである。

 これは、彼女曰く「一日に一枚しか持つことの出来ない神の薬で、致命傷一歩向こうの傷だろうが癒せるチートアイテム・・・・・・・」なのだとか。服薬には経口摂取のみが有効で、……実のところ私も今日までに幾度となくお世話になっているのだが、いやはやこれが実に苦い。



「あ、……あの、大丈夫?」


「|あぇ(え)? |ぇあ(あー)、|あいおうぅ(だいじょうぶ)……」



「……なんて?」



 ――あの演習が終わって、


 まず初めに膝を折ったのは、まさかの魔王カルティスの方であった。その身体は殆ど三等分の状態で、常人なら「膝を折るなんて暇があれば死んでいる」くらいの致命傷である。それから他方私の方は、


 ……これまた信じられないことに全くの無傷。あの「感電死」を経たとは思えないほどの綺麗な身体で、なんなら戦闘を始めた時よりも快調な気さえするくらいだ。



 それ・・が、『神の防衛機能セーフティを能動的に行使した状態である』と、


 彼、魔王カルティスは先ほど、……それだけ言って気絶をしたのであった。




「あ、あれ? ……今何時?」


「おやつの時間くらいだよ! あんた、なにもおぼえてないの?」




 世界樹の葉のあまりの苦さに目を覚ましたと見えるカルティスが、まずはそんなお約束な感じの一言を言って、ティアに苦笑されていた。



「おどろいた! あんたが死んでて、りべっちは無傷! あんた、よわくなったのね!」


「いやいやいや、さっきまで私のが死に体だったんだよ。……なんか治ったんだけどもさ」



「なんか治った? ひとの身体って、なんか治るものなの?」


「そうじゃないんだけど。あのね、実は……」



 私は言う。




「――ようやく、戦う準備が出来たんだ」


「まあ!!」




 妙に気恥ずかしくなりながらの言葉に、それでもティアは、両手を口に当てて驚いてくれた。




「かみさまの力をてに入れたんだ! じゃあお祝いだ! お祝いだよね! ありとあらゆる肉をもってくるよ!」


「そんなにたくさんお肉いらないけど、……まあ、時間と心配をかけてごめんね。これで私も――」



「うん! めでたいことはいいことだ! !」


「………………お?」



 いきなり元気に介入してきた魔王カルティスの、。それを聞いて私はどうしようもなく彼の方を見る。


 するとそこには、……先ほどまで死ぬ間際だったヒトのソレとは思えない笑顔があった。



「……な、なんて?」


第二ラウンド・・・・・・。要領を忘れる前に身体に覚えさせておこう。多分君は、



「え、や、……あの、正直、いきなりだなぁって思うんだけど」


「リベットさん。――?」



「……、……」



 どことなく弛緩した雰囲気の演習場に、ほんの少しだけ怜悧な空気が混ざり込む。

 ティアは、……可愛らしく頭の上に疑問符を浮かべるだけであった。彼の言葉の意味が分かるのは、――つまり、彼と私だけだ。



「トラウマってのは、可能な時に貪欲に清算するべきものだ。無理をしてでも、カネを払ってでもね」


「……、……」


「分かるとも。針の筵トラウマを自分の意思で無理やり踏み抜くには、勇気だけじゃない。それともう一つくらいの動機は欲しいよね」


「どういう、意味?」


「君は、?」


「!」



 ふと、

 私は先ほどの戦いのことを思い出す。



 あの時私は、ありとあらゆる思索を巡らせ、その果てに勝ちの可能性を見出し、それを目指し進み、その最中には「感電死」さえしかけた。――そして結果的には、勝利と「成果」を収めた。


 思い出すのは、その試練くつう成果けっかの間のことだ。

 あの極限状態の中に私は、それこそ走馬灯でも見るかのように私自身の『根幹』を直視した。



 それは、である。

 旅を経るごとその『気持ち』は輪郭を失って、風化するように摩耗して、少しずつ弱くなって、やがて、



 だけれど、

 確かに私は、一番初めに――、



「『それ』は、リベットさん。きっと大切にすべき感情だ。蓋をする努力をするくらいなら、蓋をしない方法を見繕う努力をした方がいい」


「……、……」




「死にたくないから戦う。、ってのもまあ、別に間違いじゃないとは思うけどね。だけど、リベットさん。


 ――理由や動機に背中を押されたんじゃなく、何かの『清算』のための旅に出て、負けて終わったヒトのことを俺は知らない。この世界は、ヒトは、そういうふうに出来てる」



「――――。」




 魔王かれは、言う。



。その感情は尊いものだ。君の背を押す人間ばかりではないだろうけど、君の背中は見る者に必ず英雄譚を物語る。宿命の清算とは、そういうことだ」



 だから、と彼は、



予行練習だ・・・・・。まずは、俺に刻まれた恐怖を清算して見せろ」



 そう言って私に、

 ――掌ではなく、その剣を、やさしく私に向けたのだった。



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