3-3



『皆様、

 ――まずは、今日のようなお日柄にわざわざ集まって頂いたこと、ここに感謝を』



 拡声されたその言葉に、

 ――大地が揺れた。


 雄たけびが、黄色い歓声が、「アイラブ女神!」とそう叫ぶ。



「……、……」


『ご存知の方もいるかもしれませんが、本日のこの異常気象につきましては、私どもも心を痛めております。ゆえに、ある程度の保証金は、こちらからご用意させていただくつもりです』


 ――太っ腹ぁ! と、

 ――素敵抱いてぇ! と、


 そんな方向性の声が幾つも響いた。


「……、……」



『ですので……! みなさまも、もう御察しでしょう。今日は、――ゲリラで実質休日です!』


「「「っわぁーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」」」



 ひときわ大きな地鳴り。幾層の指笛がそれを彩る。



『さあ楽しんでいきましょう! 打倒クソ裏ギルド杯チキチキ雪合戦・プレゼント・バイ・メルストーリア公国!! みなさん! ちゃんと私に賭けてくれたんでしょうねぇ!!』


「「「女神めーがっみ! 女神めーがっみ! 女神めーがっみ! っふぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」



 なんて騒音の直下、

 ステージ袖で待機していた俺たちは――、


「……ねえエイルさん。なんなのコレ?」

「……カリスマ統治の極致じゃないですか? 人民が幸せそうならまあ間違いじゃないデスし」


 視線は斜め下に向けたまま、どんな顔でその演説を聞けばいいのかもよくわからずに、そう呟き合っていた。











 ――と言うわけで、イベント開始である。


「……、……」


 時刻は、昼食時から更に一回りした頃のこと。


 舞台に上っての参加者紹介は、俺的にはただすら心を殺して時間が過ぎ去るのを待っていただけのターンだったので割愛するとして、現在総勢12名の参加者は、みな一度舞台袖へと退避していた。


「いやはや素晴らしい興行収入ですな! それもこれも全て桜田會さんと公国さま協力のおかげ! ありがとうございます!」


「(こいつ、目がハートマークになってやがる! あの馬車で聞かされた崇高な理念は何だったんだ畜生!)」


「いやァしかしネ。わかっちゃァいたがトンだヒール扱いだァ、アタシらァヨ?」


「(そりゃそうだろ。あんだけ観客に啖呵切った挙句マイク床に叩きつけやがってからに……)」


 先ほどの舞台上では、桜田會登場シーンのブーイングがそのまま「桜田會VS観客」の呷り合戦に発展した挙句、ユイが代表して「クソイ〇ポがよォ!」とか「ファ〇クファ〇クファ〇ク便所野郎どもォ!!」とかエゲつない顔で喚き散らして、遂にマイク音量が観客の罵声に負けたってトコロでマイクぶん投げてハウリングである。耳キーンなったわ。


「……つーかセンセーもセンセーだなァ? あのヨォ、『打倒クソ裏ギルド』ってなァなんだヨ?」


「あ、いえね。腫物扱いするのは逆効果だと思いましたもので。事後承諾で申し訳ない……」


 ――私も流石に、歓声で舞い上がって口走ったところもございます。

 と、彼女は続けて、


「しかし、――しかし私は謝りません!」

「(あれ? いま謝ったくね? 申し訳ないっつって……)」


「勝者が正義! 敗者が悪でございますな! 撤回させたくば、勝って言うことを聞かせてみればよろしい!」


「なるほどァ? いいネ、お上の言うことはいつも分かりやすくて助からァな?」


 ぱちぱちと、両者の視線に火花が散る。


 ちなみに燃え盛ってるのはレオリアとユイの両名のみであり、各々のフォロワーはどうしていいか分からずみんなでわたわたしていた。

 と、そこへ、


「失礼いたします、みなさま」


 と、やや張った声が投げかけられる。

 見れば、どうやらスタッフの人が待機室に入ってきたところらしい。


「ただいまより、今回の雪合戦についての最終確認を行います。さしあたりまして、皆さまにはこれをつけていただきたく存じます」

「?」


 と、彼が取り出したのは、……ぱっと見イヤーピースっぽい感じの物体である。


「こちらは、『雪玉当たったら大音量アラームくん』でございます」


「なんて?」


「……『雪玉当たったら大音量アラームくん』でございます。名前はまあ、あの、アレですけどしかし! 彼の高名なゴブリンスr、ブレイカー様より頂いた品でございます! 性能は確かかと!」


「…………。」


 ゴブリンブレイカーとは、俺的には妙に懐かしい名前である。


 そう言えば確かにアイツは、この手の発明品で成りあがったって話だし、俺と一緒の飛空艇に乗ってたってことは、彼もこの辺りに来ていてお声がかかったということだろう。


 ちなみにそのイヤーピースと言うのはスタッフ氏曰く、名前の通り『雪玉が当たったら大音量でアラームが鳴る』というアイテムらしい。その他脱落者が出た場合のアナウンスや、自陣の人間との交信なんかも可能とのこと。


 ……あと謎の君付けは、あれがイヤーピース型のゴーレムだからとのこと。そう言えば確かにアイツ、ドローンも甲冑も全部ゴーレムって呼んでたし、今回もそう言った彼なりの性癖ヘキなのだろう。


 ということで受け取る。

 またスタッフくんの方は、俺たちにそれを受け渡しながら、


「各勢力代表の方には、こちらも」


 と、折りたたんだ紙も同様に配る。


「そちらは、当雪合戦会場の地図となっております。ストラトス領勢力様と公国勢力様は、それぞれフラッグの配置を、一緒に渡しましたシールで決めてください」


 ……いったん回収し、指定位置に私どもの方がフラッグを用意しました後、こちらの地図をお返しいたします。とのこと。


「……だってよエイル?」

「ええ、了解です」


 なお、この手続きは既に確認していたことである。先ほどバスケット氏に促されて「雪合戦会場」に足を運んだ際に、「今のうちに地理を把握しておいてほしい」とのお達しと共に聞いた内容だ。


 そんなわけなので、俺たちは滞りなくシール四つを打ち合わせた位置に張り付け、スタッフ君に地図を返す。


 また、レオリアもそのようにした後、


「一応、こちらにフラッグの現物を用意いたしましたのでご確認ください」


 と、用意していた荷物の中から短い棒を取り出し、それを「シャキン」と伸ばして立たせた。


 ……高さは、俺の胸元よりも少し下くらいだろうか。シンプルな鉄の棒チックな見た目で、フラッグと言うだけあり旗が掛けられている。


「ただいまの旗の色は白ですが、実際にはレオリア様が青、公国様が緑となっております。なお、こちらへの魔法的干渉は、他勢力のモノにのみ可能です。自陣の旗を魔法などによって強化するのはご遠慮ください。加えて、フラッグの初期位置からの移動なども、ルールで禁止とさせていただきます」


「ふむふむ」


「それから、フラッグの奪取は、別勢力のイヤーピースを付けた人間が触ることによって完了します。それにあたりましてこちらは、会場の雪オブジェクトの破砕によってフラッグが埋没する可能性を考慮いたしまして、『発熱機能』が用意されていますのであしからず」


 ……触ってみると、確かにしっかりとした暑さを感じる。

 まあ、雪合戦ってことでみんな手袋はする予定なので、布越しであれば火傷などの問題は無かろう。


「では、私共からは以上です。何かご質問などはございますか?」


 ない、と向こうの代表二名が答えて――、


「それでは皆さま。これより各勢力、予定陣地への移動をお願いいたします。……まずはレオリア様。外に控えたスタッフがご案内いたします」


「よっし! 行こうか諸君!」

「嗚呼、姐さんが張り切ってるぜぇ」

「こりゃ碌なことにならないよ絶対……!」

「腕が鳴りますな! さらば皆さん!」


 まずはレオリアらが部屋を後にし、


「では、桜田會様」


「オウ、テメエらナメたフォーム見せたらぶっ飛ばすからヨ、気合い入れて腰使って雪玉投げンぞオラ!」

「それよりも待機中に観客から何投げられるか気が気でねえっすよ俺ァ……」

「兄さん私の前歩いて兄さん」

「え? なんで?」

「……そりゃ、的だけはデカいからじゃないすか?」


 ぞろぞろと、桜田會の大所帯も続いて後へ。

 一気に人口密度が下がった待機室にて、はてさて、


「――では、お二人は私に」


「……、……」

「……、……」


 予想外に、割としっかりした、静かな緊張感がふわりと立ち上る。


 俺たちは一様に、黙してスタッフの誘導に従う。

 ステージ地下にあるその通路にて、少しずつ、行けば行くほどに、外の歓声との距離感が狭まる。


 俺は――、


「(エイル? ねえエイル)」

「(なんですか? というか妙に大人しいですね、緊張でもしてるんですか?)」


「(いやね、……これで完全に外様な俺たちが勝ったら、観客の空気どうなるんだろうってふと思って)」

「(…………。考えない方向で行きましょう。ベストを尽くせばいいんですきっと……っ!)」



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