3-5
ロリの案内で、俺たちは空港内を進む。
空港の、概ねの造りは、俺の世界のそれとほとんど変わらない印象であった。
ロビーがあって、各種手続き用の窓口があって、少し逸れれば、旅客向けの飲食店などが軒を連ねる。
そんな光景に目移りを起こしながらも、俺は彼女に手を引かれて、殆ど見分もできずに受付へと通された。
「なんだよ、そんな急ぐことか?」
「先に済ますこと済ませた方が楽なんです。離陸目前にして何が足りないって焦りたくないでしょ?」
まあここは、
「……」
――敢えて、率先する彼女に任せてみようではないか。
窓口で「切符」を出すと、俺たちはそのまま別のスタッフ(活気あるエントランスだとやたらと浮く感じの燕尾服な執事風)に捕まって、その案内で空港内を横断する。
一般客用の待合を通り過ぎ、ビジネスとファーストクラスの(と思われる)それらも同様に通り過ぎて、
そうして辿り着いたのは、滑走路の片隅であった。
「――ご足労頂き申し訳ございません、カズミ様。こちらが私共の飛空艇でございます」
「あ、ええ。どうも」
なにやら空港内窓口ではなく、ここ、――俺たちが乗り込むモノらしい旅客機の足元にて、手続きが行われるようだ。
周囲には俺たちと同じような客が散見され、或いは旅客機へと短い列を作っている。
また、その旅客機、飛空艇の何とむやみに豪奢なことか……、
「(しかし、迎賓館にでも入るみたいな手続きだな、窓口が違うってのは、管轄が違うってことだろ? ……滑走路を貸し出してる? ってことは、民間機の普及があるってことか?)」
いやまあ、それにしては場当たり的な手続きな気もするが。
……或いは、確かに、『受付を通さない形での入場手続き』は、ある意味特別感があるのかもしれない。
そもそもこの飛空艇が金持ち向けのものであるわけで、この「やり方」はそれなりに「スペシャリティ」を鑑みての一手であるはずだ。
閑話休題。
見分を以って待合の暇をつぶしていると、すぐに俺たちの番が来た。
はてさて……、
「――ようこそいらっしゃいました。そちらはダック・フリント氏のご紹介のカズミハル様でお間違いありませんか?」
俺たちを案内した燕尾服と同じ雰囲気の男が、鷹揚に出迎える。
それにはひとまずで首肯を返しておく。男が、俺の渡した旅券を確認しながら……、
「すると、お連れ様は、もしかしますと奴隷でしたでしょうか?」
「え? あ、……なんかマズいです?」
「えー、申し訳ありませんが奴隷をお持ちのお客様は、『奴隷の首輪』を間違いなくご用意していただく必要がございまして……」
「えっ?(お、おいロリ、奴隷の首輪ってなんだ!)」
「あっと、(……奴隷に『契約した範疇の命令の強制』を行う魔法具です。まさかご存じない?)」
なるほど、そう言うのがあるらしい。
それで以って力関係を不可逆のものにしなければ、こう言った「ちゃんとした席」には入れないということだろう。
……いや言えや。つうかむしろなんでコイツ、首輪もつけずに俺の命令聞いてくれてたの?
俺が言うのもなんだけど結構な無茶振りしてた気がするよ?
「(……分かった。仕方がない)」
「(え? なんでございますか?)」
「(俺に口裏を合わせろ。切り抜けるぞ)」
「(……それマジで言ってます?)」
「(任せとけ)……はっはっは君、奴隷なんかと間違えてもらっては困るな、こいつは普通に私の妻だよ」
「(妻ッ!!)」
「え? でもこちらにはそのような記載は……」
「君ね、妻を連れてくるのに断りがいるか? ちょっとした行き違いだろう? ……それとも何か、私に一人で、女性も連れずにみじめに飛空艇で過ごさせようって言うのかい?」
「でもこれ、あの、奴隷同伴って切符に書いてて……」
「えっ?(真顔)」
「……、」
「えっ(焦燥)」
「はい(猜疑の目)」
「(おっ、詰んだか?)」
「…………あ、あーあー! それね! それはもうあれだ! アレだよアレ! うちの妻は俺のチ〇ポの奴隷だっていう!」
「いぃいいや馬鹿なッ! おい待てよテメエ! ふざけたことを抜かすんじゃねえぞ!?」
「て、てめえ……?(恐縮)」
「おっとこら馬鹿ハッハハお前ちょっと黙れ。とにかくいいかな、こんなに口の悪い奴隷がいるか? いやいない! ほら君、ここでちょいちょいっと書き足せばいいだろう。奴隷同伴って文字の上にチンp」
「おっ、オホホホホすみませんねえ主人はこれあのっ! お酒入ってて! よろしければ中でお水を頂いても!?」
「あ、いや、でもあのっ!」
「何を言うか分かりません! あなた! 私の夫が何を言うか分かりませんわよ!? 公衆の面前で終いには脱ぎますからね私の夫は! というかあなたね、そんなものはダックさんに確認を取れば行き違いが分かる話でしょう!? そんな些事で私たちを引き留めないでくださいまし!」
「ちーんちーんぽーんぽーんちーんぽーんぽーん!」
「ほら見ろ分かったろうウチの主人は正気じゃないんだ道を開けろ貴様!」
「ぉ、ぉおおおおおおお分かった早く入ってください! おい誰か! カズミ様を医務室に運べ!」
/break..
ということで飛空艇の医務室。
ただし、医務室というには少しばかり豪華が過ぎる。
病院一等の個室のようなその部屋にて俺は――、
「……、(痛恨)」
「……、(ごみを見る目)」
「…………、(しにたい)」
「……………………、ちーんちーん」
「やめろォ! 認めるよどうかしてたよ! だからやめろ!」
スタッフから吐くほど水を飲まされた後、面会謝絶を解かれ入室したロリの前で正座をしていた。
……いやホント、焦りって怖い。人に一番理性を手放させるのが焦りだね。ホント要らない感情だって思うわ。捨てたい。
「先ほど、ダック様との連絡がついたようです。どうやら口裏を合わせてくれたらしく、ひとまずは無事、入艇の許可を頂きました」
「……はい」
「しかしながら、『行き違い』の話とは別件で、私たちはすっかりモンスター扱いです。この部屋を一歩でも出れば全スタッフがこちらを睨みつけることでしょうね。如何になさいますか?」
「……目を伏せて歩く?」
「……はぁぁああああああ(クソデカ溜息)」
「(奴隷の態度じゃない。ぜったいちがう)」
「それで? どうなさいますか? ほとぼりが冷めるまでこちらでお休みになられますか?」
「………………外行く。気になるもん」
「そうですか、では」
と、彼女に手を差し伸べられて、俺はそれを取る。
やはり彼女は、こういった所作が似合う。
彼女には、初めて会った時から「まるで奴隷ではないような」気品が伺えた。
が、口には出さない。俺はそのまま、彼女にひかれて医務室を出た。
「……、いや、いつまで握っておられるおつもりで?」
「うん? え? 放すべきなの?」
「おっと怖いぞ? 逆にどうして放さないべきだとお考えになったのです?」
「いや、なんかさ。貴族って社交界でそうしてるイメージない? 手を繋いで優雅にさ」
「…………
違ったみたい。
っていうか一応俺なりに
……っていうのはまあ、閑話休題として。
飛空艇内の通路を、俺たちはのんびりと歩く。
「(……マジでむやみに豪華だな)」
まず初めに目につくのは、天井から床の際までが一面ガラス張りな壁である。
そこから旺盛に取り込まれた日差しが、白と黒檀色を基調としたシックな通路を照らしている。
また、そこかしこに置かれたインテリアは赤と金をあしらったものでほぼ統一されていて、それが空間の高級感に一役の働きを見せていた。
「どうやらここは、飛空艇後部の外周通路に当たるようですね」
「外周通路?」
そこ、とロリが通路一角を指さすので、俺はそちらに目を向ける。
と、あったのは、
「……見取り図?」
的なやつである。
そこから確認する感じだと、ここは半スタッフ向けな一角であるらしい。
医務室以外にも調理室やレストルームなど、一般客には用のなさそうな名前がそろっている。
また、確認する限りだと最後部が貨物室と各種機関室であるようだ。
前半身部には客室だなんだがあって、最前部に据えられているのはパーティーフロア的な運用の大広間だ。
それらが楕円型に、
ざっくり捉えるなら、楕円形の尻から頭に行くほどに、内部施設が客向け寄りになっていく感じだろうか。
「荷物は、ロリの方でスタッフに渡しておきました。武装やスクロールなどの危険物は貨物室に、それ以外のものは客室の方に運ばれたようです」
「あ、そうなん?」
「もしよろしければ、本格的な散策の前に客室を確認しておきませんか?」
「あー、それもそうな」
後部がスタッフ用、前部が客用ということで、
俺たちは雲の流れに逆らう方向に歩き始める。
「……なあ、スタッフと行き違ったら脱走囚扱いされるとかないよな?」
「たぶん、どこ行っても『自粛しろよー?』って視線で訴えられるくらいでしょう。毅然としていれば問題はない」
「ああ、こんなに天国が近い場所なのに針の筵なのか……」
自業自得なだけご主人様はマシでしょ? と彼女。
「ロリなんて身に謂れのないチ〇ポ奴隷扱いです。流石ご主人様は奴隷の凌辱の仕方を心得ておられますね」
「……チ〇ポ奴隷とか言っちゃうのか」
「スタッフがいないのは、なにやらの集まりで客が最前部のエントランスホールに集まっているためでしょうね。給仕に皆出払っているのでしょう」
「……集まり、ねえ。ちょうどいいや、まだ体調が振るわないってことにして、それはフケちゃおう」
「……向こうもその方が気が楽でしょうしね」
「……、……」
……とにもかくにも、まずは客室の確認だ。
俺は、罵詈雑言に傷ついた心を大空の純白で洗い流しながら、ゆっくりのんびりと日向を享受し、通路を進んだ。
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