introduction_03
さて、
いきなりではあるが、俺こと鹿住ハルはお金持ちである。
――総資産、ざっと八億ウィル。
日本に円に換算すると、ざっくり「×7」で32億円。これは、三時のおやつのうまい棒が三億人分買える金額である。とてもすごい。
そして無論ながら、これらを全て手持ちの現金にしているわけなどもなく。
俺の資産は全てこの世界に存在する「銀行施設」に預け入れている。
というわけで……、
「……、……」
「ええどうも。よくぞいらっしゃいました、カズミ・ハル様!」
エイルと不本意な再会を果たす三週間前の出来事。
或いは、面倒な催事式典から逃げ出した数日後のこと。
――俺はこの脂ぎったおっさん、ダック・フリント氏の揉み手を一身に受けながら、前述の銀行構内の小奇麗な客間にて、貴族趣味のソファに身を預けているのであった。
……ここまでの経緯を、大まかに思い出す。
まず俺は、「自らの目的を思い出して」、それにあたってのプランニングを始めた。
さしあたってはカネである。カネがなくては何もできないし、逆にカネで買えないものなど「自分の心」くらいのもの。
翻って言えば他人の心までであれば等価交換できるのがカネだ。
ということでもっと欲しいので金を増やす。
……調べたところ、この世界の銀行金利はおよそ5%程度。銀行によってもそれなりの差異があるらしいが、ひとまずこの数字は、俺の世界と比較してこそ破格に思える。しかし、
「(額面通りとすれば一年後には1600万の黒字ってんだけど、そもそも『地球』育ち的に、資産をストレートに銀行に預けたままってのが精神衛生上良くないんだよなぁ……)」
特に俺の国などは、マイナス金利だほぼゼロ金利だと言ってはばからなかった世界である。
資産をタンスに突っ込もうがATMに突っ込もうが殆ど変わらないというのを常識として育った俺としては、思考停止で「カネを持ち続ける」というのはちょっと気持ち的に不安が勝る。
……ゆえに俺は、この世界における「投資制度」を調べることにした。
とはいえ、例えばこの手の王道たる「不動産」や「株式」などは、俺がこの世界の「商機への嗅覚」に疎いことから選択肢には入らない。っつうかこの世界に株式会社があるのかからしてちょっと不明だ。
ということで、本命はベンチャー企業 (アイディア勝負の若い会社)への投資、或いはこれを誰かに立ち上げさせる一手である。
それにさしあたり俺は「銀行」サイドに「俺ってば大口顧客だし融資依頼者のデータとか見せてくれないカナー」くらいのノリで話を聞きに行って、
――そして、今に至る。
「……、……」
「喉が渇きませんかな? こちら、もしよければなのですが、エルディの五十年物でございます」
と言って彼、ダック氏がワインボトル(?)のラベルを「ずずい」とこちらに向けてくる。
それから、俺の首肯は待たずにそれを注いで、
「よろしければ、乾杯など」
「……………………あ、はい」
かりん、と。
グラスの縁が音を鳴らした。
……あ、でも旨いわ。
「あの、ダックさん?」
「ええはい。なんでしたでしょうかカズミ様?」
砂糖を牛脂で押し固めたように胸やけのする笑顔で、彼は言う。
「……えっとあの、お願いしたデータを見せていただくこととかってどうでしょうかね?」
「ええ、それはもちろん! ですがその前に、せっかくカズミ様も冒険者として一流になられたのですから、こちらからお祝いの品などを用意したいと存じまして」
「ええ、頂きました。お酒おいしいです。ありがとうございます。データ見せてください」
「どうです、カズミ様。わたくしのお聞きしたところで恐縮ですが、あなたはまだ奴隷をお持ちではないとか?」
「……、」
うわぁ、奴隷制度あんのかよこの世界……。
「ご依頼のデータの方は、ただいまご用意させていただいている最中にございます。しかし少しばかりお時間を頂きたく、私どもとしましてはその内にカズミ様にお祝いの品のご相談をさせていただければと考えております。どうでしょう?」
「……、」
強めの圧に引き気味の俺であるが、しかしながらこれは「銀行」の業務の一環である。
そもそもこのような「人から金を預かる仕事」、つまり銀行や保険会社などは、「人に預けてもらったカネ」を自社で転がすことで利益を捻出する。
例えば銀行であれば「融資の利息」で、保険会社であれば「投資運用」で以って、という風に。
……ちなみに上記の銀行などは、こういう理屈でやってるので「預けてもらったお金無くなっちゃったので引き出せません」っていう展開が一番怖くて、ゆえに「倍返しされるくらい阿漕な融資審査」だったりするのだがこれはまごうことなき蛇足である。
閑話休題。
とにかく、こんな事情があるので、
ゆえに、ひとまず接待を受けてみるのはある意味俺の義務とも言えよう。
「……奴隷には、あまり興味がありませんケドね」
「おっと。そのご様子だと、奴隷という言葉にあまりいいイメージをお持ちではない?」
「……、ええ、まあ」
奴隷と言ったって千差万別。それは分かる。
俺の世界にしたって奴隷という言葉は、時代の変遷に移ろって「鍬引きの
しかし、……どうにも、
不謹慎な言い回しになるが、俺は「奴隷側のメンタリティ」が好きになれない人間であった。
「なるほどごもっとも。『裏ギルド』に流通する性奴隷などは不信心の極み! 全く以って汚らわしい!」
ダックが俺の言葉に強く同調する。
わざとらしさ甚だしいとは思うが、これもまた、彼の業務の一環である。
「しかしながら此度は、カズミ様にもご満足を頂けるような奴隷を準備しておりますとも! どうですかここは一つ、彼女の顔だけでも見てはいかれませんかなっ?」
「……、……」
……どうやら、ここで俺が首肯一つでも返せば、それで滞りなくこの会談は終わるということらしい。
そもそも、俺が彼に依頼したのは「この局内の一支部から資料一つを持ち出すだけの作業」である。ハンコを幾つ押すようなものでもあるまいし、催し一つ分の時間などかかるわけがなかった。
俺はゆえに、仕方なくではあるが首肯を返す。
それにダックは鷹揚に頷いて、柏手を一つ打った。
「……、……」
「さあ、それでは一つご紹介をいたしましょう。とある筋から買い取った『調教済みの奴隷』でございます。彼女と一つ言葉を交わせば、きっとカズミ様も『調教』を気に入っていただけるものと確信しておりますとも!」
と、その言葉を待ったようにして、――小奇麗な室内にノックが響く。
そうして、扉を押して現れたのは、
「……。」
「――初めまして。カズミ・ハルさま」
そんな言葉をあどけなく言う、……ロリであった。
/break..
――それは、ロリだった。
見事な赤のドレスに身を包むロリ。そのぱっと見に、奴隷という言葉はあまりにも似つかわしくない。
所作一つには芳醇な気品が立って、光の照り返しによって青くも見える長い銀糸の髪が、はらりと落ちるたびに花の香りを撒き散らす。
しかしながら、……ロリであった。
「――おいダック貴様」
「は、はいあの、カズミ様?」
「なんだテメエコラ、俺がロリコンに見えるかコラ」
「え? だって性奴隷は気に食わないって……」
「それとこれとは話が別だ馬鹿野郎。ロリと奴隷を足して二で割ったらとりあえずナニ奴隷であっても主人は変態だ、違うか?」
「いや、お待ちくださいあの、彼女は……っ」
「――私は成人済みです。ご主人様?(にこっ)」
ふわりと、……空気が氷結する。
それは、
買い取り主のダックをして身を凍らせるような笑顔であった。
……いやこれ、これが「俺が気に入る調教」だっての?
調教されてんのこのおっさんなんじゃねえの?
「(い、いやまて。この世界の成人ってのが二十歳とは限らないのか……?)」
戦慄する俺の、
……その思考をまるで読んだかのように彼女は言葉をかぶせる。
「――お初にお目にかかります。ご主人様? どうか私のことは、ご主人のお好きなように及びくださいまし」
「(びくびく)」
……と震えているダックを横目に、俺は、
「……じゃあロリで」
「ご主人様、別ので(にこっ)」
ちょっとふざけてそう言ってみると、彼女はそんな風に、「丁寧」に返した。
……あ、ダメだ。
これちょっと楽しい!
「ダック。こらダックおい」
「は、はいっ? いや申し訳ございませんでした! 今すぐ彼女は引き払わせて……」
「いや違う。彼女じゃない、あの子にはちゃんと、ロリって名前があるだろう?」
「……はっ?」
「…………(にこにこ)」
「そう言うことだダック、気に入ったよ! 御社とは末永くよろしく頼むぜ! ――それにお前もな、ロリ!」
「(にこにこにこにこ)」
「――お、おいだれかっ、早くカズミ様に資料を持ってこい! そんでもってお引き取り願えっ!」
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