intercept〈03〉
彼、冒険者レクス・ロー・コスモグラフは、
公国の用意した交戦拠点を背に一人、明け方の空を見ていた。
「……、……」
――ふと、背後から人の来る気配がする。
彼はそれで、大方まで『その人物』の心当たりを付けつつも、沈黙してそちらに向き直った。
「レクス。少しくらい休まないと、この後が持ちませんよ」
「……ベアか」
ベアトリクス・ワートス。
レクスの担当監視官であり、気の強そうな表情と、短く切りそろえた髪、気の大きさに反比例するようにちいさな身体で、実は伊達のメガネがチャームポイントの女の子であるが、
そんな今朝の彼女は、どうやら、片手にバスケットを携えているようであった。
「どうせ、拠点には戻るつもりがないんでしょう? こちらで少しでも、おなかに何か入れていってください」
「……あんたの自作?」
「? いいえ?」
「戴こうかな」
「待ってくださいね? おかしいな、ちょっと引っかかるところがあった気がするんですけどどこだろうな」
レクスがバスケットを貰う。
……中身を確認したところ、肉を挟んだサンドイッチがいくつかと、瓶入りの牛乳が二つ。
「ほら、フルフェイスは脱いでください?」
ベアトリクスに言われたからというわけでもなかろうが、彼はそのようにする。
そうして出てきたのは、やや野性味と少年っぽさがある金髪の碧眼であった。
「……ずっと脱いでたらいいのに、どうしてレクスはすぐにヘルメットを被るんです?」
「うん? そりゃーあれだよ。俺が憧れたヒーローが、素顔は絶対に見せちゃいけないって人だったからさ」
「うーん? 分かるようなー、分からないようなー?」
言いつつベアトリクスが、先にバスケットの中身に手を付けた。
それを見て、レクスも手を付ける。
「(もしゃもしゃ)」
「(もしゃもしゃ)」
堅いが、噛み応えとして楽しめるパンである。
中に挟まれている肉は湯がいた干し肉か。それを、マヨネーズのようなソースと幾つかの香辛料が彩っている。
「(ほんと、この世界は飯が旨いな。心当たりのあるレシピが多いのを見ると、それも異邦者の影響の一つなんだろうが)」
「レクス」
「うん?」
「……いい朝ですね(っぽ)」
「………………。」
ベアトリクス・ワートスは、ちょくちょくこういった謎のエラーを起こす。
レクスの方に酒が入っている状況では割とそれが白熱したりもするのだが、今に関しては『お誘い』を受ける訳にもいかない。
「ベア、今の状況を冷静に思い出せ」
「おあ! いやっ、いやぁ違うんですッ、別に発情したとかそういう話じゃなくてですねっ」
「(女の子が発情とか言っちゃうのは発情するよりもずっとアウトだと思うナー)」
と、焦りまくった挙句致命的なフレーズを口走るベアトリクスと、それに気付いても口に出さない漢、レクス。
徐々に沈静化してきたベアトリクスの様子に、彼は一つ話題を振った。
「そういえば、……さっき言ってたエイリィン・トーラスライトって言うのは、知り合いか?」
ベアトリクスはサンドイッチをはもはもしながら首肯する。
「(あざとくしてんなー)…………。」
「(あざといっておもわれてんなーアタシきっと!)……ええ、騎士学校の同期です。いけ好かない女でした。馬鹿なのに凄い強い」
「ば、馬鹿で強い……」
その言葉でレクスが脳裏に思い浮かべたのはただのゴリラだったがそれは蛇足だろう。そもそもゴリラは馬鹿ではない。とレクスは思い直す。
「そのエイリィンさんってのが確か、さっきの鹿住ハルの監視係ってハナシか。そう言えば、もう一人女の子がいたな。ベアはあの娘、見覚えがあったり?」
「いえ、無いですね。何か気になることでも?」
「単純な戦力の話だよ。向こうのハルが言うには、爆竜を地上に落とせるかもしれないってことだったろ? プランがあるのか、そういうスキルのアテがあるのか分からないけど……」
「本当に出来るのか、という話ですか?」
レクスは、沈黙を返す。
それを肯定と受け取ったベアトリクスは、ポツポツと更に話し始めた。
「前代『空の主』討伐戦で、『クラン・ザ・ブローレン』は実際に『空の主』を撃ち落としましたし、それ以外にもケタ違いの地対空スキルを持った異邦者の存在は耳にしています。それどころか、異邦者ではない者であっても、竜種を撃ち落とすような存在は確かにいます」
「……ふぅん?」
「しかしながら、今回呼び寄せた異邦者五名の内、地対空スキルに特化した者は一人だけです」
そしてそれは、鹿住ハルではない。と、ベアトリクスは言う。
「スキルではないのでしょうね。じゃあなんだと聞かれれば、私には分かりかねますが」
「……、……」
レクスはそれを、聞いているのか聞いていないのかも判然としない態度で受け取っていた。
……こういう場合、レクスには何か懸念がある。ベアトリクスは長い付き合いで、それをよく知っていた。
「……レクス?」
「ご馳走様。うまかったよ」
「私が作ったわけではありませんがね」
「…………(だからおいしかったんだろーねって言ったらブン殴られるんだろうなぁ)」
というわけで、レクスは一つ話を変えることにする。
「ベア。アンタはこの依頼を、爆竜を撃ち落として
「……裏、ですか? 異邦者戦力の広告的効果ではない意図がある、と? ……それは、どういった?」
「分からない。直感だ」
――ヒーローの直感だ、と彼は言う。
「案外、ハルたちにはそれなりの苦労をさせているのかもしれない、と思ってさ。俺はその間、待っている事しか出来ない。だからその分、ちゃんと待ってるつもりだ」
「……、……」
「さあ、立とう。竜を待ち受ける騎士としてふさわしい姿で、ちゃんと待とう」
言って、レクスが立ち上がった。それに遅れてベアトリクスもそのように。
立ち上がると、風の感触が一層目立つ。彼らの背を向けた方向、拠点の更にその先、
――彼方の地平には今、朝日が昇っていた。
夜霞が刻一刻と駆逐され、或いはあともう一歩で、「朝らしい朝」になりそうだ。
「ベア、今の時間は?」
「七時よりも少し前くらいだと思います」
「なるほど、……じゃあ」
――「英雄の時間」はまだ先だな、と。
彼はそう言って、彼方の光景を睨み続けた。
/break..
……いやはや、なんかわかんないけど道すがらで馬拾っちゃったぜ。
「(移動楽やわー、すっごい早いし)」
ということでそんな俺こと鹿住ハルは、乗馬経験などなかったけど上手いことニュアンスでコイツを乗りこなし、そして先ほど見つけた爆竜の背中を追跡していた。
……追随する狂信者どもは遥か後方。
ただし、アイツらの索敵範囲を逃れた場合に連中がどこに向かうか分からなかったので、一応はその索敵圏内程度の距離感を維持している。
それに、この速度感なら良い感じに馬も疲れていない様子で都合がいい。
「(あーあ、豆粒みたいにしか見えないわ。離れすぎたかな?)」
先ほど馬車に乗っていた時はどうしようにも引きはがせずにいた狂信者たちだったが、流石に馬そのものの速度には追い付けないらしい。
そんなわけで俺は今、霞にぼやけた朝日を一身に浴びながら、割とリラックスした逃走劇を繰り広げていたのであった。
のだが……、
「(――そろそろ、爆竜の影に這入るか)」
機を感じた俺は、馬の走る軌道を変える。
平坦な地形でも出来る限り高い位置へ。
ひとまずは、――あそこに見える丘でいいだろう。
「……よしっ! お疲れさん! ありがとね!」
俺はそう言って馬の背中を撫でて、そして一息に馬から飛び降りた。
「(うぉっとっと)」
せっかくの速度を殺してしまうのももったいない気がして、俺は慣性を出来る限り殺さないまま走り出す。
不可視の力で背中を押されるような感覚で以って俺は速度に乗り、そしてそれが少しずつ、俺本来の全力疾走の速度まで落ち着いていく。
「(さっきの馬は、……よしよし、逃げてるな)」
あばよ相棒! と胸中で叫ぶ。そしてそのまま更に奔る。
先ほど気付いた「永続の無呼吸運動」も試しに使って加速を続けると、
――実績解除。スキル、加速〈Ⅲ〉を獲得しました。
――ステータス、スキル項に反映。ステータス値が上昇しました。
との「世界の声」が聞こえる。
……ステータス値が上昇、というのは聞き慣れないフレーズだったがなんとなくわかるので捨て置くとして、
「(明確に女の声だったな。機械音声じみた無感情っぷりだったけど、でもあれは、確実に肉声だ)」
俺は、未だ正体不明のモノの方について考えを巡らせる。
……例えば、ステータスやスキルがシステムライクに出力されるのはまだいい。
俺の世界の「摂氏百度」が、「水の沸騰する基準点にキリ番をあてがったもの」であるように、「具体的な到達地点をネーミングしたもの」とでも考えれば筋が通る。
「水が沸騰する基準点が摂氏百度」であるのと同様に、俺の「この速度で走れるという基準点」が「加速〈Ⅲ〉」なのだろう。そう考えれば何の違和感もなく、これはただの「人の観測と、それに対する定義付けの問題」だ。
ゆえに、ここは良い。しかし、
……「世界の声」なんてモノに妥当な解釈があるだろうか?
「――――、」
これだけは確実にナニかの意志が働いている。そう考えていた俺は、先ほど確かに、「世界の声」に肉声特有の音の鳴りを感じた。
ただの好奇心で藪蛇までを突くつもりはないが、しかしながらここまでの確信だけでも、俺としては満足であった。――「世界の声」は、意志あるものによる意図のあるシステムである、と。
「……、」
さて、
それでは仕事に戻ろうか。
なにせ、――そろそろ丘の頂上だ。
「……、……」
そこは、決して高い丘ではない。
或いはいっそ平原の起伏の一つとさえ言ってしまってもいいだろう。それでも、これだけなだらかな平原にあっては高さも際立ち、爆竜の飛ぶ姿が、一段階近く感じられる。
爆竜の、
――その横顔が、かすかに分かる。
鱗は土気色を帯びていて、しかし微かに赤く、またその細部が苔むしている。
それになんだか、全体的に平べったいような印象だ。竜と亀を足して、更にそれを軽くぺちゃんこにしたような鈍らな姿。それが彼の爆竜の全容であった。
「…………、さてと」
スクロールを地面に「刺す」。
そして詠唱を脳裏に反芻する。
……これらの手順はスクロール作者のエイル自身から堅く言い渡されたものである。どれか一つでも疎かにすれば、俺の望む結果は導けないのだとか。
「(とか言っても、実際一番重要なのは射角なんだけどな)」
あとは、スクロール起動にあたって確保すべき推力か。ただ、こちらについては、起動詠唱から思念によるゴーサインまでに「理屈抜きで分かるもの」らしい。
……いや、俺的にはその「理屈抜きで分かる」って部分の理屈を聞いておかないと安心できないのだが、なにせ先ほどは時間もなく、納得する他になかった。
ゆえにオールグリーンとしよう。
軌道計算はひとまず適当に。詳細な調整は詠唱からゴーサインの間に行おうか。
さしあたって、俺は「起動」と呟いて、
「――なんだ、これで良さそうじゃないか」
そのまま、思念によってゴーサインを送る。
……神器粗製、レプリカ・ザ・グングニル、と。
そして、
「 」
――天穿つ巨人の槍が、丘の切っ先から朝空を突き抜けた。
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